陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「Running, Running Heart」act. 18

2011-02-21 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは


今しもけだるく崩れ落ちんばかりの気持ちで、ヴィヴィオにもたれかかっている。そんなようにすら見えるはやては、聖なる神の御子に許しを請わんとひざまづいているも同然だった。そのはやては、ようやく気づいたのだ。自分の手首に通していたストラップからぶらさがるかの機体が、まるで持ち主の怯えを伝染させたかのように、異常に振動していることに。

あの穏やかな日常に割り込んできた不吉な、あまりにも、不吉な放映に注意を奪われて、すっかり耳遠くなっていた執拗なそのコール音が、じわじわとよみがえってきた。
依然として、それは鳴り響いていたのだ。この事件においてもはや、何も手がかりを掴めえなかった八神捜査官の手のなかで、それは発信し続けていた。あたかも、途切れた相手といまふたたび繋がりつづけることを宿命づけられたかのように。そして、それはその時期を見計らったかのように、持ち主にさらなる恐ろしいニュースをもたらすだろう。

はやてはヴィヴィオをそっと引き離すと、背を向けるようにして端末を手元へたぐり寄せた。
もはやそれは用を果たさない。無念で伏し目がちになった、はやてが驚きのあまり目を見開いたのは、通信端末をそっと閉じようとしたせつな。プッ、と通話が繋がった音が聞こえたのだ。
あまりに唐突だったので、その瞬間というもの、はやての心臓は、後ろから思いきりその裏を狙って突き飛ばされたかのように、どくり、と鳴った。通話機能しかついていない端末だから、相手の正体を声で推し量ることしかできない。だが、はやてはそもそもその相手の容姿を求める必要などなかった。その相手はそもそも彼女のよく知る存在でなければならないからだ。

「もしもし?」
「………」

今さら、”彼女” と連絡がついたところで何になろう。
”彼女” がこの痛ましき事実を知ったらば、いったい、どれほど嘆き悲しむだろうか。今から時を遡ること十数年前、かの先代リインフォースとの胸の引き裂かれるような訣別を、我がことのごとく悼みいってくれたあの聡明で頼もしい、あの”彼女”が。
だが、はやては残されたヴィヴィオともども、これから自分の失態が招いた事の顛末を、いずれ語って聞かせねばならぬのだ。何ごとも覚悟は早いほうがいい。

空気の味を確かめるかのように、ひと呼吸、ふた呼吸とおく。
それは、いつも怜悧に捜査にあたる自分に課してきた度胸の仕度だ。十まで深く胸に息を吸いこんで、いざ、相手の声にじっくりと耳を傾けた。

相手は喋らない。思わず、通信端末の探知がとらえた受信先を確認した。
そんなばかな…。見間違えたのかと思いなし、全身すべての焦燥がそこに集まった指先でディスプレイを何度もなんどもなぞる。いんや、ここはじっくり腰据えて、落ち着こう。これは根比べだ。ひょっとしたら、うっかり紛れこんだ、勘違いの声なのかもしれない。

だが、はやては重すぎる沈黙にあえいだ。
ついに痺れを切らして、こちらから相手を耳もとへと誘い込もうとしていた。見えない相手とのかけひきという捕り網を張り巡らすこともなく。

「もしもし。そちら、どちらさんで?」
「……」
「聞こえてますか? 私は…」
「……私は…『彼女』の新しいマスターだ。よろしく、八神はやてくん」
「なんや…て?!」

それは、明らかにはやてが期待した声の主ではなかった。

相手がこちらの正体を知っていたこと。
その不気味な声の主が、とんでもない事実を暴露したこと。
そのふたつによって、いつも小賢しいほどよく働きすぎるはやての頭の中が、まるごと塩漬けされたように固まってしまった。

八神はやての背中を、ぞくりとした悪寒が走り抜ける。続いて、幾筋もの冷えきった汗がたらたらと流れていった。
じっとりと汗ばんだ手からは、通信端末がするりと抜け落ちていく。端末は床に転がって横向きのまま、紅い光線を発し、それを受けた黒いミニカーが猛烈ないきおいで逆走して、端末にぶつかってきた。ぶつかった拍子に、端末は弾け飛び、不吉なその黒い車はコントロールを失ったがごとく、棒立ちになってくるくると廻りつづけていた。ヴィヴィオはしゃがみこんで、その様子を愉快げに眺めていた。はやての脳裏に考えまい考えまいとした、不吉な映像が浮かび上がった。

──一台の黒い車が大通りを逸れて、猛々しく炎の逆巻くなかへ突っ込んでいく。
やがて、壁を突き破るかのように炎から決然と飛び出した黒い車は、熱で歪んだ金属らしいぎとついた軋みを立てながら、車体の後ろのバンパーが剥がれ、爆音とともに焦げ付いた後部座席が無残にもあらわになる。ドアやら窓の隙き間からは煙があがり、舐めつくすような炎は車体の天井まで覆いかぶさらんとする。やがて跳ねあがり呑み込もうとする獰猛な炎は車体の後部に噛みついたまま、豪壮な飾りをつけた神輿と化し、その黒い車はひたすら帰ることのない道を駆け抜けていく。そんな不気味なほど暗い映像が、なぜか頭のなかをぐるぐると舞いつづけていたのだった……──。


【第五部につづく】



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