陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「ザ・フィクサー」

2021-11-19 | 映画───サスペンス・ホラー

2019年4月、池袋で自動車が暴走し母子二名が死亡、九人が重軽傷を負うという痛ましい事故がありました。
90歳になる被告は、旧通産省の幹部。アクセルの踏み間違いではなく、車両の故障を頑なに主張。この2021年9月2日におこなわれた東京地裁で下されたのは禁錮5年の実刑判決。検察の求刑は過失運転致死罪の上限にあたる禁錮7年。それよりも軽い。この判決、皆さん、どう思われますか? 未来ある若妻と幼い子を奪われた夫の無念やいかに。

この事件、高齢ドライバーへの技能検査の基準が厳しくなるとともに、上級国民への温情だという批判もちらほらありましたね。エリート人間の挙動はとかく耳目を集めやすいものです。一般の会社員ならば、死亡事故を起こしただけでもう失職させられますし。

今回ご紹介する映画も、そんないわくありげな上級国民が主人公。
2006年のドイツ映画「ザ・フィクサー」は、エリート男性が、ある事件をきっかけにして、人生の坂道を転がり落ちていくサスペンス。

ザ・フィクサー [DVD]
ザ・フィクサー [DVD]タキ・コーポレーション 2008-08-08売り上げランキング : 117817Amazonで詳しく見る by G-Tools


ニューヨークの大手広告代理店バーク社に勤めるエディ・シュナイダーは、持ち前の機智を生かして大口の取引をとりまとめたことにより、社長令嬢ジュディとの結婚も間近に控えている身。しかし、じつは他に付き合っている彼女(しかも人妻)がいます。彼のその事実を知るのは、同僚で清い関係の親友アンジェリーナのみ。
ある日、ジュディの兄アンソニーがアンジェリーナをむりやり襲ったことが露見。アンソニーはエディの浮気をゆすりのネタにして、強姦を偽証するように迫り…。

社長の息子であり、しかも部下であったエディに出し抜かれ、しかも、将来会社を乗っ取られるライバルであるエディのことが許せないアンソニーは、嫉妬心から彼女を襲ったわけですね。なんとも鼻持ちならない相手ですが、エディも女遊びが嵩じてすねに痛い傷を持つ身。いずれバーク家に婿入りするはずのエディは、親友であるアンジェリーナへの同情と、保身とのあいだで揺れうごいています。やり手の弁護士パートを雇ったバーク家は裁判に勝つために、当然ながら、エディを抱き込もうとする。

法廷でアンジェリーナにありもしない不利な証言をするエディ。
しかし、エディに裏切られたアンジェリーナも黙ってはいません。さらに痛ましいことに、アンジェリーナの精神錯乱した過去(冒頭に描かれている)まで暴かれてしまう。浮気が露見したジュディとは破局を迎え、エディは会社を解雇されてしまいます。けっきょく体よく利用されて捨てられただけなのですね。脅迫されて偽証に走ったことを打ち明けても、ジュディの愛が戻ってくるわけではない。

アンジェリーナの守護神として出没する黒人の警官は果たして誰なのか。
それは頼る身のない彼女が生み出した妄想なのか。しかし、女は黙って暴力に耐えるほど弱くはない。ある意味、小気味いいとさえ思える復讐が果たされたあと、その牙はエディにも向かいはじめることは予想されます。もちろん、それは血で血を洗うものではなく社会的制裁によって。

ゆいいつ救われた点といえば、彼女の罪を知っていながらあえて庇った修道女の存在。前半では宗教の無力さに嘆きたくもなりますが、彼女がいう「普通に生きる権利」は当然の主張のように思える。あえて罪を被ったエディは、今度は訴えられる側に。さらに、ジュディが驚きの告白をしたことで裁決は意外な結果に。

冒頭から陰惨な場面があるのでうんざりましますが、最後にはなんとも胸のすく結末に。けっきょく、痛みある者を救うのは痛みを知るものだけ。出世欲や名誉心からも解放され、人間の良心によって救われる。小さな嘘から人を陥れることの怖さをうたったふしぎなサスペンスです。「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」のティル・シュヴァイガーだけあって期待していました。評価は別れそうなB級サスペンスといえますけど。ただ、「グリーンマイル」で好演したマイケル・クラーク・ダンカンの存在がまったく謎に包まれたままなのが惜しいところ。

監督・脚本はレト・サリンベーン。

(2011年9月14日視聴)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« あれからの神無月の巫女、こ... | TOP | ★神無月の巫女二次創作小説前... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 映画───サスペンス・ホラー