陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

書評『かがみの孤城』

2020-09-09 | 読書論・出版・本と雑誌の感想

今年の夏休みは、コロナ禍でなかなか大変だったと聞いています。
テレワークや在宅勤務を強いられた方、職を失ってしまった方。家庭にいる時間も長くて子どもと向き合う時間が多いかといえばそうでもない。子どもは子どもで新学期から遠隔学習を強いられたり、授業がないまま課題だけ自習したりする日々。ご家庭での教育も、親御さんは大変でしたね。私は参考書さえあれば、自宅でどんどん勉強するタイプだったので(ひとに教わるのが好きではない)、むしろ教室に通わなくていい状況は大歓迎なのですが(笑)

さて、秋は読書がすすむ季節です。
今年の夏場はなにかと忙しくて、あまり本も読めず、しかも恒例の読書考察シリーズもあまり更新できませんでした。

たまには、書評でも載せてみよう、ということで。
自分の経験に照らした名著を紹介いたします。辻村深月の本屋大賞受賞の話題作『かがみの孤城』です。

不登校中の少年少女たちが鏡の中の世界と現実を行き来、同じ仲間と鍵を探しあう。鍵を探しあてると、その人にだけ願いが叶う…。抜け駆けして鍵を探す者、牽制する者、このまま鍵を探さずに居心地のいい時間を共有したいと願う者、それぞれの想いが絡み合い、ある日、掟破りの事件が起きてしまう…。

大人が読むとたわいない、思春期の悩み。
だが、子どもにとっては大きなつまずきでもあります。いじめの被害者だと憐れまれたくはない。そんなか細い自尊心さえある。ゲーム世界のようにリセットできたら、あいつさえ消えてくれたら。学校という狭い世界さえ飛び出せたならば。どんな無邪気な子供でも、そんな望みを抱くことがある。ままならぬ現実のために、仲間を裏切ったり、協定を結んだり、子どもらしいずる賢さもある。ここにあるのは、少年漫画のような純粋な少年少女ではなく、かなり生々しい感情の持ち主たちなのです。

集まった七人の子どもたちが同じ中学在学で、しかし、なぜか、生活風景がかみ合わなかったりもします。その謎については、ネタバレを知っていたものの、最後は涙なしには読めないでしょう。
終盤の、鏡に閉じ込められた仲間を救うためにとった主人公の行動力に乾杯します。成長するって、こういうことなんです。自分が誰かを救える側になれるということ、差し伸べられた手を、誰かのために差し出せるということ。

SFものにありがちな設定の組み合わせといえなくもないが、「情けは人のためならず」ということわざを思い出す。私たちは優しさのリレーをしながら生きているのですね。

作中に出てくるカウンセラーのセンセイは、教育学部出身である作者の理想像なのかもしれない、となんとなく感じました。

この作者さんの文章は、あまりてらいがなく、中学生でも読みやすい。
日本の近代文学などを愛読していたりするとやや物足りなくなく感ずるかもしれませんが、現在の売れ筋の作家さんの本は、たいがい文章がなめらかで万人向けです。読書離れがすすむ若い世代ウケをよくしているのでしょう。しかし、心理描写がなかなか秀逸ではありますね。私は映画化もされた『ツナグ』が好きでした。

本作は2019年から漫画化もされているようですね。
アニメ化されてもおかしくはないお話。どちらかといえば、実写で映画もしくはドラマで観てみたいものですね。

長い人生、時には失敗したっていい。
学校に行けなかった過去の自分にぜひとも読ませてあげたい夢の小説。10代の時にこの小説に出逢っていれば、私も、もっと立ち直りが早かったかもしれません。夏休み明けに復学できた私は、そんなことを思うのでした。


読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。



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