RADIX-根源を求めて

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橋渡しのナラティヴ~エドワード・サイード、イラン・ペパ、そしてマルチン・ブーバー

2012-06-30 16:57:05 | 社会批評・評論
数年前に亡くなったパレスチナ系のディアスポラであるエドワード・サイードの死を知った時のユダヤ人の歴史家パペの言葉が想いだされます…
「私のようなイスラエルのユダヤ人にとってサイードはシオニズム国家で成長すると言うことの闇と混乱の中から私たちを連れ出し、理性と倫理、そして良心の岸辺へと導いてくれる灯台であった」

サイードは和平の妥協案である(イスラエルがガザ地区とヨルダン河西岸から撤退する交換条件にパレスチナ側がイスラエルを承認する)と言う民族分離の姑息なオスロ合意に反対して代わりにユダヤ人、アラブ人ともに等しい権力を持つ新国家の建設を主張しました。
ユダヤ・アラブ両民族を分断したのがシオニズムと言う教条・ドグマだと思います…。
良心の岸辺へ導いてくれる灯台、サイードは敵対するイスラエルの人々からも尊敬された存在でした。
3・11以前の1月29日に書いた私の記事の一部を紹介します…長く難しい内容の記事ですが読んで下さい。
サイードは力を持たない人々の立場に立って世界の困難と向き合い、真実と大きな理想を求める知識人として一貫したメッセージを発し続けていきます。………省略………「知識人の声は孤独の声だ」

「それでも知識人が果たすべき責務は、力の及ぶ限り真実を語り続けることだ」「他の民族がこうむった苦難も人類共通の苦難として受け止めなければならない」

「君主ではなく、旅人の言葉に鋭敏に耳を傾けなければならない」。
「大切なのは、ものごとをただありのまま見るのではなく、それがいかにしてそうなったかを見ることだ」
「いまが困難な冬の時代だからこそ、厳しい冬の精神を持たなければならない」

生まれ故郷のパレスチナの国と民族を思いながらも敵対する民の迫害の歴史にも目を向け続ける真摯な姿勢は尊敬に値します。

サイードは日本の大江健三郎さんと盟友関係の人でした。
安易に春の到来を待ち望み、希望を語る前に必要なのは「冬の精神」で困難に立ち向かう勇気ある行動・言動なのです。
1947年と言う年はシオニストから見たら記念すべきイスラエル建国の年ですが、パレスチナの人々から見たら大厄災(=ナクバと言うのですが)の年になるのです。このような不毛なユダヤ人とパレスチナ人の対立関係と言う図式で事態を憂慮するのではなくて…ドグマと国連の名前の下に覇権国家の利権の都合で造られたシオニズム国家イスラエルと言う観点で鋭く批判する観点は参考になります。
サイードを紹介した以上はイスラエルに住む反シオニズムのユダヤ人イラン・パペについても少し書きます。
彼はシオニスト主流派の責任を明確に追及して、パレスチナ人の民族としての存在を否定しつづけているという点で、現在イスラエル国家がおこなっていることは一貫して「民族浄化」であると批判しています。
パペの主張はイスラエル批判にとどまらずどうすれば未来を構築できるの提起をしています。サイードと同じ視点で安直な「相互和解」論に走らずに、具体的かつ批判的な対話の実践による試行錯誤から「橋渡しのナラティヴ(bridging narrative)」を提言しています。
ナラティブとは、対話とか語り合うと言う意味の言葉です。
彼はシオニスト主流派の責任を明確に指摘して、パレスチナ人の民族としての存在を否定しつづけているという点で、現在イスラエル国家がおこなっていることは一貫して「民族浄化」と言う犯罪であると批判しています。パペの主張はイスラエル批判にとどまりまらずに、どうすればパレスチナの地に展望のある未来を構築できるのかに言及します。安直な「相互和解」論に走らずに、具体的かつ批判的な対話の実践による試行錯誤から「橋渡しのナラティヴ(bridging narrative)」を提言します。
しかしそのためには、何よりも優先することはイスラエルのユダヤ人マジョリティが、自らの特権性・加害性を認識し、それを乗り越えることをパペは求めています。それをして初めてパレスチナ人との対話への扉が開くのです。パレスチナ人に対しても、旧来の党派中心的なナラティヴを批判し、真にユダヤ人・パレスチナ人双方の「民衆」が共有できるナラティヴを、共同作業によって模索できる、とパペは語ります。なお、私がこの分野に詳しいのは私の専門分野知的障害者支援に関係しているからです。

そして、2人に多大な影響を与えたであろう先駆者マルチン・ブーバーについても述べてみます。
20世紀ユダヤ教の良心の象徴、思想家・哲学者マルチン・ブーバーは生涯を通じて誠実に信仰に生き続けました。
「政治的シオニズム」国家イスラエルで死に至るまで彼は他民族・異教徒を排除し迫害ををし続ける「政治的シオニズム」を一貫して批判し続けたのです。
「信仰としてのシオニズム」とは異質な「政治的シオニズム」を告発し続けたのです。彼にとって、パレスチナの民は自己の中の「我」の存在の根拠を支えているかけがえのない「汝」としての存在だったのです。

【注記】マルチン・ブーバーは、人間の世界に対する態度が人間の語る根源語の二重性によって二つとなることを指摘している。根源語の一つは〈われ‐なんじ〉、もう一つの根源語は〈われ‐それ)である。
〈われ‐なんじ〉の根源語がもたらす世界は、関係によって成立する世界であり、人格的存在を現実化するのに対して、〈われ‐それ〉の根源語の世界は分離によって、個別存在が主張される世界を現実とする。
したがって、〈われ‐それ〉の世界では、〈われ〉は経験と他者・事物の利用の主観としての自己のみを自己として強く意識する。
それゆえ、〈われ〉は〈他者=なんじ〉をたえずこのような対象化することを通して他者を分離して「モノ」化し、「目的語」化し、所有の対象とする。このような〈われ‐それ〉の関係が「病める時代」としての現代社会を照射している。〈われ‐なんじ〉の関係の復権こそが私たちの課題だと思う。

次のブーバの言葉は41年前の若かりし日の21歳の私の心を捉えて放さなかった言葉でした。
「ひとりひとりは、いまだかつてこの世に存在しなかった独自の存在である。したがって、自分にしか果たせない使命を持って、この世に存在しているのだ。もし同じ存在があったとしたら、この世に私が今いる必要はない」

難解なブーバーの著作を読む前に次の斉藤啓一さんの下の書籍を読んで下さい。
目次を見るだけでも、その箴言は心を震わせる何かを秘めているように思えます。







平和の哲学者があなたに教える、幸せな人間関係への道。
ユダヤ人でありながらもイスラエルとアラブの和解のために生涯を捧げ、両民族から等しく尊敬された、偉大なる「平和の哲学者」マルティン・ブーバー(1878―1965)。他者と自己のうちに等しく「神」を見出す《我と汝》の思想は、アインシュタインをはじめ多くの偉人からの共感を得た。


【目次より】
1――苦しみは人生の真理が姿を変えたものであり、神があなたと一緒にいるという合図である。
    《ブーバー哲学の核心〈我―汝〉の関係》

2――真の人間性は、利害関係のない人や、立場が下の人に対して、どのような態度を取るかでわかる。
    《人間を孤独にし社会を殺伐とさせる〈我―それ〉の関係》

3――人は成長するほど孤独になっていく。しかし、孤独になるほど真の出会いは近づいている。
    《ブーバーの思想形成に大きな影響を与えた母親喪失の体験》

4――真理をつかむには、権威ではなく魂の声に従え。真理を伝えるには、単純素朴な事実のみを語れ。
    《父と祖父母からの影響。少年時代の出来事》

5――秩序も生きる意味も存在するという信念が、苦難を乗り越える際の大きな原動力となる。
    《ブーバーの頭を悩ませた時間と空間の問題》

6――救世主を待っている限り救世主はやってこない。私たちひとりひとりが救世主なのだから。
    《ブーバー哲学の母体となったハシディズムとカバラの教え》

7――優しくなければ厳しく愛せない。厳しくなければ優しく愛せない。
    《生涯の伴侶との出会い》

8――自分の不幸を癒す最強の祈りの言葉「世界の不幸が癒えますように」
    《シオニズム運動への参加》

9――荒々しい波に乗ったサーファーほど遠くまで進むように、荒々しい運命に乗った人ほど進歩していく。
    《神秘主義と老子の教え》

10――人生にひそむ最高の価値をつかむためには、危険に満ちた冒険に旅立たねばならない。
    《「聖なる不安定」と「狭い尾根」》

11――人生で出会うのは、「悪の仮面をつけた善」、「苦悩の仮面をつけた喜び」、「俗の仮面をつけた聖」である。仮面を剥がせ。
    《ハシディズムの本質に迫る》

12――絶望した人間を救うのは、「こんな人が世の中にいる。それだけでも人生には生きる意味がある!」と思わせる人物との出会いである。
    《第一次世界大戦と神秘主義との決別》

13――人の欠点を改めるには、自分の欠点を改めればよい。相手は欠点を改めることを学ぶだろうから。
    《ブーバーに理想社会の本質を教えた社会運動家ランダウアー》

14――生々しい感覚が感じられないようでは、人は真に生きていることにならない。
    《ランダウアーの非業の死、そしてイスラエル国家建設の苦悩》

15――真実の愛は、一方的に与えるだけでなく、相手の愛を必要とし、求めるときに生まれる。
    《戦場で書き留められたローゼンツヴァイクの『救済の星』》

16――観察のまなざしは冷たく、見つめるまなざしは暖かい。見つめ合う関係の中で人間の魂は癒されていく。
    《ブーバーの最高傑作『我と汝』が警告する〈我―それ〉の狂気》

17――あなたのことを待っている人が必ずいる。その人と出会い、意味ある何かをするために、人は地上に派遣されてきたのだから。
    《真実の愛の関係性=〈我―汝〉の思想》

18――すぐれた作品は、自分を生み出すのにもっともふさわしい人間を選んで地上に生まれてくる。
    《神の属性が凍結された〈それ〉としての芸術》

19――人間は問う。「世界には何の意味があるのか」世界も問う。「あなたには何の意味があるのか」
    《〈永遠の汝〉である神と人間による世界秩序の創造》

20――神はユーモアを愛する。苦しいときほど笑いの種を探せ。思わぬ救いがもたらされるだろう。
    《ローゼンツヴァイクとの旧約聖書の新訳》

21――神は苦難で人間を鋭い矢にする。ふさわしい時期がきたとき世界に向けて放つために。
    《人間の苦難の意味とは》

22――他者の開かれた心を通らなければ、人間は本当に世界に生まれてくることはできない。
    《忍び寄るナチスの迫害。子供たちへのメッセージ》

23――悪人はいない。発展途上の善人がいる。敗者はいない。成功に向け学んでいる者がいる。
    《ナチスへの抵抗。人類の悪の起源》

24――悪を滅ぼすことが救済ではなく、悪を救うことが真の救済である。
    《神の蝕―神はどこに隠れてしまったのか?》

25――暴力が人と人を結び付けることはない。敵対状態か、奴隷状態をもたらすだけである。
    《ユダヤとアラブの和解に向けて不屈の戦いに挑む》 

26――規則を受け入れる前に自らに問いかけよ。それは今この場の私に求められているのか?
    《宗教や民族間の争いを終結させるために》

27――人間にとって致命的なのは宿命を信じることだ。宿命を否定することで人間は自由になる。
    《ブーバー思想の精神療法への応用》

28――教師に欠点があることは問題ではない。欠点を克服する勇気を生徒に示せないのが問題なのだ。
    《ブーバー思想に基づく真の教育への導き》

29――現代人は、他人の言行が嘘ではないか、何かたくらんでいるのではないかと疑い、相手の仮面を剥ぐほうが、話を聞くよりも大切になっている。
    《世界平和の樹立に向けて》

30――新しく始めることを忘れてしまわないならば、老年というのは一つのすばらしい事柄である。
    《最晩年の活動と死》
日本教文社刊





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