最近、選挙運動においてインターネットの利用を解禁すべきだという議論がふたたび活発になっている。しかし、現行の公職選挙法には、インターネットの利用を解禁する際に検討すべき論点が非常に多く存在している。選挙におけるインターネットの利用で最も問題となるのは、インターネットが「文書図画」に当たるとされている点であるが、他にもインターネットの利用が現行の公職選挙法の規定に抵触すると思われる部分は数多く存在する。まずは思いついた点について条文ごとに整理してみた。
ブログ、Facebook、ツイッター、Youtubeなど個別のインターネット上のツールを用いた場合の個別の問題については、別途考えてみることにしたい。
1 総論
そもそも、選挙運動とは何か。
結論から先にいえば、法的には明確な定義は存在しない。
わが国では、選挙について、候補者、選挙運動、選挙管理、投開票、選挙の効力を争う訴訟等について、国政選挙・地方選挙を問わず、公職選挙法が詳細に規定している。
公職選挙法は、選挙に関する運動について、政治活動として行われるものと、特定の選挙のために行われるものを区別している。特に公職選挙法では後者の選挙運動に対しては非常に広範な規制を加えている。選挙運動の公正を確保するため、公職選挙法では、選挙運動用の自動車の使用、葉書・ビラ類の頒布、ポスターの掲示、新聞広告、政見・経歴放送、演説会等について国または地方公共団体が費用を負担する選挙公営制度を規定する一方で、選挙運動の期間(129条)、選挙運動を行う者(135条~137条の3)、選挙運動の方法(138条~178条の3)、費用(179~200条)等について詳細に規定している。
ところが、選挙運動の方法については詳細に規定されているが、選挙運動そのものの定義を欠く。公職選挙法には、何が選挙運動にあたるかについて規定する条文は存在しないのである。
2 「選挙運動」の解釈は誰が行うか
何が選挙運動に該当するかについては、法の条文を解釈して判断する必要がある。
昭和3年、大審院は「所謂選挙運動トハ一定ノ議員選挙ニ付一定ノ議員候補者ヲ当選セシムヘク投票ヲ得若クハ得セシムルニ付直接又ハ間接ニ必要且有利ナル周旋勧誘若クハ誘導其ノ他初版ノ行為ヲ為スコトヲ汎称」するものであり、「直接ニ投票ヲ得若クハ得セシムル目的ヲ以テ周旋勧誘等ヲ為ス行為ニ限局セサルモノト解ス」べきであると判示した(大審院昭和3年1月24日、原文は旧漢字)。
この解釈は、その後の判決でも踏襲されている。
公職選挙法の「解釈」について、大きな影響力を与えているのは、旧・自治省、現・総務省の選挙部による解釈である。
総務省による解釈の次元で、ホームページが「文書図画」に当たるとされているため、選挙運動期間中に候補者がホームページの更新を行ったりブログに書き込みをしたりすると、法で規定する以外の文書図画の頒布・掲示の禁止(142条)の違反となるとされているのである。このため、公職選挙法違反という指弾を避けるためには、政党や候補者の選挙運動におけるインターネットの利用は自ずと慎重にならざるを得ないという状況になっている。
3 文書図画の制限
わが国において、選挙におけるインターネットの利用で最も問題となるのが、インターネットは「文書図画」に当たるかという点である。
下記の条文で規定されているように、選挙運動期間中は、「各号に規定する通常葉書並びに第一号から第三号まで及び第五号から第七号までに規定するビラのほかは、頒布することができない」こととされている。公職選挙法で規定されている選挙運動用の葉書および規定枚数のビラ以外は、印刷物を作成して配布することは禁じられている。
ホームページは「文書図画」に該当するか。
1996年、新党さきがけは自治省(当時)に対してインターネット上のホームページの開設と公職選挙法との関係についての質問状(回答願)を送付し、これに対して自治省は1996年10月28日付で、文書により新党さきがけに対して回答を行った。この回答は、自治省(総務省)による解釈として、その後のインターネットの利用に大きな影響を与えている。
その中で、公職選挙法の「文書図画」とは文字若しくはこれに代わるべき符号又は象形を用いて物体の上に多少永続的に記載された意識の表示をいい、スライド、映画、ネオンサイン等もすべて含まれるから、パソコンのディスプレイに表示された文字等は、公職選挙法の「文書図画」に当たるとされた。
ホームページではパソコンのディスプレイに文字や画像が表示されるが、それらが文書図画にあたるとされたのである。
また、ホームページは公職選挙法の「頒布」や「掲示」にあたるとも解釈される。
自治省の回答によれば、頒布とは不特定又は多数人に文書図画を配布することをいい、文書図画を置き、自由に持ち帰らせることを期待するような相手方の行為を伴う方法による場合も頒布に当たると解されている。
また、「掲示」とは、文書図画を一定の場所に掲げ、人に見えるようにすることのすべてをいう。したがって、パソコンのディスプレイに表示された文字等を一定の場所に掲げ、人に見えるようにすることは「掲示」にあたり、不特定又は多数の方の利用を期待してインターネットのホームページを開設することは「頒布」にあたるという。
したがって、ホームページを開設することは頒布の規制を受け、そこに文字等を掲載することは掲示の規制の対象になるとされたのである。
(文書図画の頒布)
第百四十二条 衆議院(比例代表選出)議員の選挙以外の選挙においては、選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号に規定する通常葉書並びに第一号から第三号まで及び第五号から第七号までに規定するビラのほかは、頒布することができない。この場合において、ビラについては、散布することができない。
(以下、略)
インターネット選挙運動においては、これらの「ビラ」の枚数規制は、事実上不可能である。インターネット選挙運動に使用するホームページ等についてユーザ登録制にすることで、当該「ビラ」を閲覧しうる人数をある程度把握することは可能となろうが、この場合には憲法15条4項の保障する秘密投票の原則に抵触する恐れがある。特定候補者等のホームページに誰が登録したかということは、登録者の投票方向を推測させることに通じるからである。
なお、選挙運動中における電子メールの利用は、内部の事務連絡に使用するのは問題ないものの、電子メールで不特定または多数に投票依頼を行うことはやはり文書図画の頒布にあたるとされており、公職選挙法で禁止されていると解されている。1996年の自治省の回答の時点ではブログやツイッター、Facebook等は利用されていなかったが、これらについてもメッセージ交換機能については同様の規制を受けると思われる。
4 時期・期間
選挙運動の期間は、候補者の立候補の届け出があった日から投票日の前日までに限られている(公職選挙法129条)。選挙の実態として、立候補の届け出をした日までには何の活動も行わず、届け日から突然活動を始める例はほとんどないと思われるが、法の建前の上では、届け出の前に行う選挙運動は事前運動として違法となる。また、投票日当日の選挙運動も違法となる。
実態として行われている事前の活動は、政治活動であるということになっているため、事前運動には当たらないとされている。なお政治活動とは、政党その他の政治団体の政策宣伝、党勢拡張等の活動のことをいう。ただし一定の立候補準備活動(政党の公認を求める行為等)と選挙運動の準備行為(選挙事務所の借り入れの内交渉、立て看板やポスターを作成しておく行為等)は許容されると解されている。
インターネット選挙運動を解禁する場合、「政治運動」と「選挙運動」の区別が問題となる。選挙運動の期間以外のブログの更新、ツイッターにおけるツイート、Facebookへの書き込みは、それが選挙運動に該当するのであれば、公職選挙法に違反する。
しかし、インターネット上の事前運動は、どのように規制するかという点が大きな問題となる。さらに、政治運動としてのこれらの書き込み等と、選挙運動としての書き込み等を区別する基準のあり方と、その公表も検討課題となる。選挙運動とみなされる書き込み等を区別する基準が明らかにならないまま、書き込みの内容によっては事前運動として公職選挙法違反に問われる恐れがあるという状態では、候補者等は安心してインターネットを利用することができない。
5 年齢制限
公職選挙法では、選挙運動にかかわることができる年齢を制限している。未成年者は、選挙運動をすることができない。また、選挙運動に未成年者を使用することもできない。
このため、インターネットを利用する・しないを問わず、選挙運動に関して未成年者が行うことができるのは、「選挙運動のための労務」だけである。労務というのは、自動車の運転をする、選挙事務所で来客の湯茶の接待をする、文書の発送や荷物運びをする等の単純作業のことをさす。
(未成年者の選挙運動の禁止)
第百三十七条の二 年齢満二十年未満の者は、選挙運動をすることができない。
2 何人も、年齢満二十年未満の者を使用して選挙運動をすることができない。但し、選挙運動のための労務に使用する場合は、この限りでない。
6 署名運動の禁止・人気投票の公表の禁止
インターネットが選挙に影響を及ぼした著名な例として、2002年の韓国第16代大統領選挙において盧武鉉候補の支持者がインターネットを通じて支持団体「ノサモ」を結成し、盧武鉉候補の当選の原動力となったことが挙げられる。その後韓国では、特定の候補者に投票しないように呼びかけるインターネット上の落選運動もさかんとなった。
わが国においては、ノサモのような運動は、「投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人に対し署名運動」をするものとみなされ、公職選挙法138条の2に違反する可能性がある。候補者以外の一般の有権者が、ホームページやブログで選挙運動期間中に候補者への支持を呼びかけたりすることも、署名運動の禁止に触れる可能性がある。
また落選運動については、「得しめない目的をもつて選挙人に対し署名運動」をすることにあたるとすれば138条の2に違反する可能性があり、特定候補者に投票をしないように運動するということは人気投票の一種としての不人気投票にあたるとも考えられるので、138条の3に該当する可能性もある。
(署名運動の禁止)
第百三十八条の二 何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人に対し署名運動をすることができない。
(人気投票の公表の禁止)
第百三十八条の三 何人も、選挙に関し、公職に就くべき者(衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては政党その他の政治団体に係る公職に就くべき者又はその数、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては政党その他の政治団体に係る公職に就くべき者又はその数若しくは公職に就くべき順位)を予想する人気投票の経過又は結果を公表してはならない。
7 文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為の制限
アメリカでは、選挙のシーズンになると候補者の名前を書いたステッカーを車に貼ったり、政党への投票を呼びかけるメッセージが背中に書いてあるシャツを着たりして、間接的に候補者又は政党を支援している人たちを見かける。
公職選挙法は、このような行為を次のように禁じている。
(文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為の制限)
第一四六条
何人も、選挙運動の期間中は、著述、演芸等の広告その他いかなる名義をもつてするを問わず、第百四十二条又は第百四十三条の禁止を免れる行為として、公職の候補者の氏名若しくはシンボル・マーク、政党その他の政治団体の名称又は公職の候補者を推薦し、支持し若しくは反対する者の名を表示する文書図画を頒布し又は掲示することができない。
規制対象は「何人も」である。したがって、理論的にいえば、候補者・政党を支援または反対する意図をもってインターネット上で「公職の候補者の氏名若しくはシンボル・マーク、政党その他の政治団体の名称」を「掲示」する行為は、個人が行っても違法となる。たとえば、選挙運動期間中にFacebookの自分のページのカバー写真に候補者の氏名が入った写真を使うことは、146条の違反となる可能性がある。
8 撤去義務
インターネット選挙運動を解禁した場合、投票日の前日までに、選挙運動に当たるとみなされるブログの書き込みやツイッターのツイート等をすべて削除する義務が生じるかどうかも、大きな問題である。公職選挙法は、文書図画の撤去義務を定めているからである。
サーバの中のデータまで完全に削除しなければならないかどうかについては議論の余地があるが、143条の2を改正しないかぎり、選挙が終了した後もパソコン、スマートフォン等の画面で可視的になっている状態にしておくことは、撤去義務の違反になる可能性がある。
第一四三条の二(文書図画の撤去義務)
前条第一項第一号、第二号又は第四号のポスター、立札、ちようちん及び看板の類を掲示した者は、選挙事務所を廃止したとき、第百四十一条第一項から第三項までの自動車若しくは船舶を主として選挙運動のために使用することをやめたとき、又は演説会が終了したときは、直ちにこれらを撤去しなければならない。
9 マニフェスト
公職選挙法では、選挙運動期間中に、前の項で列挙されている文書図画類以外のものを作成して配布することは禁じられていた。このため、マニフェストを選挙運動期間中には配布することは違法となっていた。
1994年に公職選挙法が改正され、衆議院議員選挙については、候補者と政党等が選挙運動用ビラを頒布することができることとされ、2000年の改正で参議院議員選挙についても選挙区の候補者と比例代表選出名簿登載者がビラを頒布することができるようになった。
さらに、2003年に政党等は「パンフレット又は書籍で国政に関する重要政策及びこれを実現するための基本的な方策等を記載したもの又はこれらの要旨等を記載したもの」を頒布することができるようになり、マニフェストを「パンフレット又は書籍」として選挙運動期間中に配布することができるようになった(142条の2)。ただし、マニフェストを配布することができるのは衆議院議員総選挙と参議院議員の通常選挙に限られており、補欠選挙や再選挙は対象となっていない。また、地方議会の議員の選挙も対象となっていない。
また、都道府県知事選挙、市町村長選挙については「パンフレット又は書籍」を配布することはできないが、142条1条において、葉書だけではなくビラについても頒布することが認められているため、「ビラ」という形式であればマニフェストを頒布することは可能である。
(パンフレット又は書籍の頒布)
第百四十二条の二 前条第一項及び第四項の規定にかかわらず、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙においては、候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等は、当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の本部において直接発行するパンフレット又は書籍で国政に関する重要政策及びこれを実現するための基本的な方策等を記載したもの又はこれらの要旨等を記載したものとして総務大臣に届け出たそれぞれ一種類のパンフレット又は書籍を、選挙運動のために頒布(散布を除く。)することができる。
2 前項のパンフレット又は書籍は、次に掲げる方法によらなければ、頒布することができない。
一 当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の選挙事務所内、政党演説会若しくは政党等演説会の会場内又は街頭演説の場所における頒布
二 当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等に所属する者(参議院名簿登載者を含む。次項において同じ。)である当該衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙における公職の候補者の選挙事務所内、個人演説会の会場内又は街頭演説の場所における頒布
3 第一項のパンフレット又は書籍には、当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等に所属する者である当該衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙における公職の候補者(当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の代表者を除く。)の氏名又はその氏名が類推されるような事項を記載することができない。
4 第一項のパンフレット及び書籍には、その表紙に、当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の名称、頒布責任者及び印刷者の氏名(法人にあつては名称)及び住所並びに同項のパンフレット又は書籍である旨を表示する記号を記載しなければならない。
10 政見放送
政見放送とは、選挙期間中に候補者又は名簿届出政党等がラジオまたはテレビ放送で行なう政見発表のことである。
近時、選挙に関係するものに限らず、放送と通信との境界が融解しつつある。多様なサービスが提供されるようになり、当初想定していなかった形態により政見放送が視聴される場合も生まれている。その一例は、放映された政見放送が「YouTube」「ニコニコ動画」等の動画投稿・共有サイトに投稿され、視聴される場合があることである。
現在、公職選挙法150条の規定により、候補者又は名簿届出政党等は、日本放送協会または一般放送事業者(民間放送局)の放送設備を用いて、その政見を無料で放送することができる。
また公職選挙法による政見放送のほかに、放送法45条は「協会がその設備又は受託放送事業者の設備により、公選による公職の候補者に政見放送その他選挙運動に関する放送をさせた場合において、その選挙における他の候補者の請求があつたときは、同等の条件で放送をさせなければならない。」として日本放送協会に候補者放送を義務づけている。また放送法52条は「一般放送事業者がその設備により又は他の放送事業者の設備を通じ、公選による公職の候補者に政見放送その他選挙運動に関する放送をさせた場合において、その選挙における他の候補者の請求があつたときは、料金を徴収するとしないとにかかわらず、同等の条件で放送をさせなければならない。」と定め、一般放送事業者にも同様の義務を課している。
政見放送の動画投稿サイトへのアップロードについては、著作権法上の問題点と公職選挙法上の問題点がある。
著作権法上、政見放送自体は、著作権法40条が定める「公開して行われた政治上の演説又は陳述」にあたる。同条2項は「国又は地方公共団体の機関において行なわれた公開の演説又は陳述は、前項の規定によるものを除き、報道の目的上正当と認められる場合には、新聞紙若しくは雑誌に掲載し、又は放送し、若しくは有線放送することができる。」と規定し、3項は「前項の規定により放送され、又は有線放送される演説又は陳述は、受信装置を用いて公に伝達することができる。」と定めている。このため、政見放送については、政権放送を受信し、同時にその放送の放映対象地域において受信されることを目的として自動公衆送信を行う行為は、著作権法上は許容されると解される。ただし、特にジャーナリストとしての活動を行っていない者による当該の行為が「報道の目的」といえるかどうかについては、問題が残る。
(政治上の演説等の利用)
第四十条
公開して行われた政治上の演説又は陳述及び裁判手続(行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む。第四十二条第一項において同じ。)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
2 国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人において行われた公開の演説又は陳述は、前項の規定によるものを除き、報道の目的上正当と認められる場合には、新聞紙若しくは雑誌に掲載し、又は放送し、若しくは有線放送し、若しくは当該放送を受信して同時に専ら当該放送に係る放送対象地域において受信されることを目的として自動公衆送信(送信可能化のうち、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置に情報を入力することによるものを含む。)を行うことができる。
3 前項の規定により放送され、若しくは有線放送され、又は自動公衆送信される演説又は陳述は、受信装置を用いて公に伝達することができる。
公職選挙法上の問題について、候補者等の政見放送を動画投稿サイトへ投稿(自動公衆送信)することについての規定はない。選挙期間中に立候補者等の政見放送が動画投稿サイトに投稿されたときに問題となるのは、公職選挙法150条5項の「それぞれの選挙ごとに当該選挙区(選挙区がないときは、その区域)のすべての公職の候補者に対して、同一放送設備を使用し、同一時間数(衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては当該選挙区における当該衆議院名簿届出政党等の衆議院名簿登載者の数、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては参議院名簿登載者の数に応じて政令で定める時間数)を与える等同等の利便を提供しなければならない。」という規定との抵触の可能性であろう。
平成19(2007)年統一地方選挙において、東京都選挙管理委員会は、特定の候補者の政見放送だけがいつでも自由に閲覧できることは候補者間の不公平を招くという理由で、動画投稿サイト「AmebaVision」と「YouTube」に対して投稿された政見放送動画の削除を申し入れたという。
なお2011年4月10日に行われた福岡市議会議員選挙では、無所属の新人候補がンターネット上の無料動画配信サイト「Ustream」を利用し、政策についての演説や支援の呼びかけなどを毎日生中継した。報道によればこの候補者は警察から公職選挙法違反の疑いで警告を受けたというが、立件はされていないようである。
11 車上の選挙運動
公職選挙法は、「主として選挙運動のために使用される自動車(道路交通法(昭和三十五年法律第百五号)第二条第一項第九号に規定する自動車をいう。以下同じ。)又は船舶及び拡声機(携帯用のものを含む。以下同じ。)は、公職の候補者一人について当該各号に定めるもののほかは、使用することができない。」と定めている。
ところで、この選挙運動のために使用する自動車については、「何人も、第百四十一条の規定により選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第百四十条の二第一項ただし書の規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。」としており、選挙運動の場合の連呼行為をする場合(140条の2)を除いて、選挙運動のために自動車を使用する場合は、「停止した自動車」という制約が課せられている。したがって、原則として走行中の自動車の上において選挙運動を行うことは禁じられている。
ゆえに、仮にブログへの書き込みやツイッターでの発信が認められるようになったとしても、それが選挙運動として行われるのであれば、停止した自動車の上において行わなければならない。走行中の選挙カーの車内でスマートフォン等を用いて選挙運動としての書き込みを行うことは、違法となる。なお、ブログやTwitterでの書き込みをスマートフォン等を用いて書き込むこと自体は、それが送信されていない状態なのであれば、選挙運動の準備であって選挙運動そのものでは無いから許容されるという考え方もあり得るが、すくなくとも送信する行為については選挙運動の一部と解することができるから、例えばTwitterであれば「ツイート」ボタンを走行中の選挙カーの車内で押すことは違法となると思われる。
なお選挙カーとして用いることができる自動車の種類や形状については、政令で制限がある。
12 選挙公報
選挙公報のインターネット上の公開については、都道府県選挙管理委員会連合会から発行されている『選挙』の2012年5月号の記事を参照。
13 有料のあいさつ広告の禁止
公職選挙法では、選挙運動でなくても、候補者等による一定の有料のあいさつ広告は禁止されている(152条)。しかし、禁止の対象は新聞紙、雑誌、ビラ、パンフレット、テレビ、ラジオ放送に限定されている。それでは、インターネットにおいては自由に広告をすることが可能か。
2010年11月の福岡市長選挙では、告示日の前に現職の吉田宏市長がGoogleスポンサーリンク広告を利用し、「吉田宏」「吉田ひろし」等と入力すると「吉田宏公式サイト」に誘導する広告が表示されるようにした。
これについては、当時、合法であると解された。インターネットによる選挙運動用の文書図画の頒布は違法となるが政治活動にインターネットを使用することは前述したように原則として自由であること、公職選挙法で禁じている有料のあいさつ広告は新聞紙、雑誌、ビラ、パンフレット、テレビ、ラジオ放送に限定されていることがその理由である。したがって、選挙運動ではなく政治活動として選挙の告示日の前にインターネットのサーチエンジンでスポンサーリンク広告を利用することには特に法的な問題はないと解されたようである。
ただし、対立候補の氏名を入力しても本人のサイトに誘導するような広告を表示した場合にはどうかという問題は残る。この場合は、選挙運動期間外であったとしても、業務妨害罪(刑法233条)が成立する余地があるのではないか。
なおこれに関連して、アメリカで問題となったのは、次のような事例である。
2009年11月、フロリダ州セントピータースバーグ(Saint Petersburg)市において市長選挙が行われた際に、無所属のスコット・ワグマン(Scott Wagman)候補が、Facebook、flicker、YouTubeなどを積極的に利用した他、選挙運動の一環として「Google AdWords」広告サービスを利用した。ワグマン陣営は、googleで他の候補者名を入力して検索すると、リンクが表示され、そのリンクをクリックするとワグマン候補の選挙運動サイトにジャンプするようにした。
これに対して、他の候補者陣営がフロリダ州選挙管理委員会に対してワグマン候補の選挙運動は州法に違反するとして訴えた。フロリダ州選挙法の106.143条(1)項(a)号は、候補者のために料金が支払われるものであって、選挙の日または選挙に先だって出版、掲示、または流布されるいかなる政治的広告も、候補者名・政党所属・立候補しようとする公職のために支払われ候補者が承認した政治的広告である旨をそれぞれ明示しなければならないと定めているから、ワグマン候補のインターネット上の広告には「市長選挙に立候補するスコット・ワグマンにより承認された広告」と明示するべきであるのに、ワグマン候補の「Google AdWords」広告の中にはその明示が全くないので、州法に違反しているというのである。この訴えを受けて、ワグマン候補陣営は「Google AdWords」の利用を自主的に中止した。
訴えを受理したフロリダ州選挙管理委員会は、ワグマン候補陣営が依頼した広告代理店を通じて「Google AdWords」を利用したことは事実であり、広告代理店に対しては1クリックあたり5ドルという費用を支払うことになっていたこと、ワグマン候補は選挙戦にあたり広告費として約80万ドルを使い、そのうちバナー広告、Facebook、Flickr、ツイッター等のインターネット広告に10万ドルを使ったことを認定した。選挙管理委員会は、ワグマン候補陣営の「Google AdWords」の利用は有料政治広告に当たり、政治的広告における表示義務の違反があったと認めた。しかし、ワグマン候補の行為は故意ではなかったとして、訴を退けたというものである。
14 休憩所等の禁止
公職選挙法は、「休憩所その他これに類似する設備は、選挙運動のため設けることができない。」と定めている(133条)。このため、ネットカフェ等を設けてインターネットを無料で利用させたりする行為は、選挙運動のためであれば、違法となる。具体的には、インターネットカフェを設置して無料で利用させ、カフェ内にポスター類を掲示したり、カフェに設置されているパソコンの壁紙や初期ホームページにおいて候補者の氏名や写真が表示されるようにしたりする行為が考えられる。
ブログ、Facebook、ツイッター、Youtubeなど個別のインターネット上のツールを用いた場合の個別の問題については、別途考えてみることにしたい。
1 総論
そもそも、選挙運動とは何か。
結論から先にいえば、法的には明確な定義は存在しない。
わが国では、選挙について、候補者、選挙運動、選挙管理、投開票、選挙の効力を争う訴訟等について、国政選挙・地方選挙を問わず、公職選挙法が詳細に規定している。
公職選挙法は、選挙に関する運動について、政治活動として行われるものと、特定の選挙のために行われるものを区別している。特に公職選挙法では後者の選挙運動に対しては非常に広範な規制を加えている。選挙運動の公正を確保するため、公職選挙法では、選挙運動用の自動車の使用、葉書・ビラ類の頒布、ポスターの掲示、新聞広告、政見・経歴放送、演説会等について国または地方公共団体が費用を負担する選挙公営制度を規定する一方で、選挙運動の期間(129条)、選挙運動を行う者(135条~137条の3)、選挙運動の方法(138条~178条の3)、費用(179~200条)等について詳細に規定している。
ところが、選挙運動の方法については詳細に規定されているが、選挙運動そのものの定義を欠く。公職選挙法には、何が選挙運動にあたるかについて規定する条文は存在しないのである。
2 「選挙運動」の解釈は誰が行うか
何が選挙運動に該当するかについては、法の条文を解釈して判断する必要がある。
昭和3年、大審院は「所謂選挙運動トハ一定ノ議員選挙ニ付一定ノ議員候補者ヲ当選セシムヘク投票ヲ得若クハ得セシムルニ付直接又ハ間接ニ必要且有利ナル周旋勧誘若クハ誘導其ノ他初版ノ行為ヲ為スコトヲ汎称」するものであり、「直接ニ投票ヲ得若クハ得セシムル目的ヲ以テ周旋勧誘等ヲ為ス行為ニ限局セサルモノト解ス」べきであると判示した(大審院昭和3年1月24日、原文は旧漢字)。
この解釈は、その後の判決でも踏襲されている。
公職選挙法の「解釈」について、大きな影響力を与えているのは、旧・自治省、現・総務省の選挙部による解釈である。
総務省による解釈の次元で、ホームページが「文書図画」に当たるとされているため、選挙運動期間中に候補者がホームページの更新を行ったりブログに書き込みをしたりすると、法で規定する以外の文書図画の頒布・掲示の禁止(142条)の違反となるとされているのである。このため、公職選挙法違反という指弾を避けるためには、政党や候補者の選挙運動におけるインターネットの利用は自ずと慎重にならざるを得ないという状況になっている。
3 文書図画の制限
わが国において、選挙におけるインターネットの利用で最も問題となるのが、インターネットは「文書図画」に当たるかという点である。
下記の条文で規定されているように、選挙運動期間中は、「各号に規定する通常葉書並びに第一号から第三号まで及び第五号から第七号までに規定するビラのほかは、頒布することができない」こととされている。公職選挙法で規定されている選挙運動用の葉書および規定枚数のビラ以外は、印刷物を作成して配布することは禁じられている。
ホームページは「文書図画」に該当するか。
1996年、新党さきがけは自治省(当時)に対してインターネット上のホームページの開設と公職選挙法との関係についての質問状(回答願)を送付し、これに対して自治省は1996年10月28日付で、文書により新党さきがけに対して回答を行った。この回答は、自治省(総務省)による解釈として、その後のインターネットの利用に大きな影響を与えている。
その中で、公職選挙法の「文書図画」とは文字若しくはこれに代わるべき符号又は象形を用いて物体の上に多少永続的に記載された意識の表示をいい、スライド、映画、ネオンサイン等もすべて含まれるから、パソコンのディスプレイに表示された文字等は、公職選挙法の「文書図画」に当たるとされた。
ホームページではパソコンのディスプレイに文字や画像が表示されるが、それらが文書図画にあたるとされたのである。
また、ホームページは公職選挙法の「頒布」や「掲示」にあたるとも解釈される。
自治省の回答によれば、頒布とは不特定又は多数人に文書図画を配布することをいい、文書図画を置き、自由に持ち帰らせることを期待するような相手方の行為を伴う方法による場合も頒布に当たると解されている。
また、「掲示」とは、文書図画を一定の場所に掲げ、人に見えるようにすることのすべてをいう。したがって、パソコンのディスプレイに表示された文字等を一定の場所に掲げ、人に見えるようにすることは「掲示」にあたり、不特定又は多数の方の利用を期待してインターネットのホームページを開設することは「頒布」にあたるという。
したがって、ホームページを開設することは頒布の規制を受け、そこに文字等を掲載することは掲示の規制の対象になるとされたのである。
(文書図画の頒布)
第百四十二条 衆議院(比例代表選出)議員の選挙以外の選挙においては、選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号に規定する通常葉書並びに第一号から第三号まで及び第五号から第七号までに規定するビラのほかは、頒布することができない。この場合において、ビラについては、散布することができない。
(以下、略)
インターネット選挙運動においては、これらの「ビラ」の枚数規制は、事実上不可能である。インターネット選挙運動に使用するホームページ等についてユーザ登録制にすることで、当該「ビラ」を閲覧しうる人数をある程度把握することは可能となろうが、この場合には憲法15条4項の保障する秘密投票の原則に抵触する恐れがある。特定候補者等のホームページに誰が登録したかということは、登録者の投票方向を推測させることに通じるからである。
なお、選挙運動中における電子メールの利用は、内部の事務連絡に使用するのは問題ないものの、電子メールで不特定または多数に投票依頼を行うことはやはり文書図画の頒布にあたるとされており、公職選挙法で禁止されていると解されている。1996年の自治省の回答の時点ではブログやツイッター、Facebook等は利用されていなかったが、これらについてもメッセージ交換機能については同様の規制を受けると思われる。
4 時期・期間
選挙運動の期間は、候補者の立候補の届け出があった日から投票日の前日までに限られている(公職選挙法129条)。選挙の実態として、立候補の届け出をした日までには何の活動も行わず、届け日から突然活動を始める例はほとんどないと思われるが、法の建前の上では、届け出の前に行う選挙運動は事前運動として違法となる。また、投票日当日の選挙運動も違法となる。
実態として行われている事前の活動は、政治活動であるということになっているため、事前運動には当たらないとされている。なお政治活動とは、政党その他の政治団体の政策宣伝、党勢拡張等の活動のことをいう。ただし一定の立候補準備活動(政党の公認を求める行為等)と選挙運動の準備行為(選挙事務所の借り入れの内交渉、立て看板やポスターを作成しておく行為等)は許容されると解されている。
インターネット選挙運動を解禁する場合、「政治運動」と「選挙運動」の区別が問題となる。選挙運動の期間以外のブログの更新、ツイッターにおけるツイート、Facebookへの書き込みは、それが選挙運動に該当するのであれば、公職選挙法に違反する。
しかし、インターネット上の事前運動は、どのように規制するかという点が大きな問題となる。さらに、政治運動としてのこれらの書き込み等と、選挙運動としての書き込み等を区別する基準のあり方と、その公表も検討課題となる。選挙運動とみなされる書き込み等を区別する基準が明らかにならないまま、書き込みの内容によっては事前運動として公職選挙法違反に問われる恐れがあるという状態では、候補者等は安心してインターネットを利用することができない。
5 年齢制限
公職選挙法では、選挙運動にかかわることができる年齢を制限している。未成年者は、選挙運動をすることができない。また、選挙運動に未成年者を使用することもできない。
このため、インターネットを利用する・しないを問わず、選挙運動に関して未成年者が行うことができるのは、「選挙運動のための労務」だけである。労務というのは、自動車の運転をする、選挙事務所で来客の湯茶の接待をする、文書の発送や荷物運びをする等の単純作業のことをさす。
(未成年者の選挙運動の禁止)
第百三十七条の二 年齢満二十年未満の者は、選挙運動をすることができない。
2 何人も、年齢満二十年未満の者を使用して選挙運動をすることができない。但し、選挙運動のための労務に使用する場合は、この限りでない。
6 署名運動の禁止・人気投票の公表の禁止
インターネットが選挙に影響を及ぼした著名な例として、2002年の韓国第16代大統領選挙において盧武鉉候補の支持者がインターネットを通じて支持団体「ノサモ」を結成し、盧武鉉候補の当選の原動力となったことが挙げられる。その後韓国では、特定の候補者に投票しないように呼びかけるインターネット上の落選運動もさかんとなった。
わが国においては、ノサモのような運動は、「投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人に対し署名運動」をするものとみなされ、公職選挙法138条の2に違反する可能性がある。候補者以外の一般の有権者が、ホームページやブログで選挙運動期間中に候補者への支持を呼びかけたりすることも、署名運動の禁止に触れる可能性がある。
また落選運動については、「得しめない目的をもつて選挙人に対し署名運動」をすることにあたるとすれば138条の2に違反する可能性があり、特定候補者に投票をしないように運動するということは人気投票の一種としての不人気投票にあたるとも考えられるので、138条の3に該当する可能性もある。
(署名運動の禁止)
第百三十八条の二 何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人に対し署名運動をすることができない。
(人気投票の公表の禁止)
第百三十八条の三 何人も、選挙に関し、公職に就くべき者(衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては政党その他の政治団体に係る公職に就くべき者又はその数、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては政党その他の政治団体に係る公職に就くべき者又はその数若しくは公職に就くべき順位)を予想する人気投票の経過又は結果を公表してはならない。
7 文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為の制限
アメリカでは、選挙のシーズンになると候補者の名前を書いたステッカーを車に貼ったり、政党への投票を呼びかけるメッセージが背中に書いてあるシャツを着たりして、間接的に候補者又は政党を支援している人たちを見かける。
公職選挙法は、このような行為を次のように禁じている。
(文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為の制限)
第一四六条
何人も、選挙運動の期間中は、著述、演芸等の広告その他いかなる名義をもつてするを問わず、第百四十二条又は第百四十三条の禁止を免れる行為として、公職の候補者の氏名若しくはシンボル・マーク、政党その他の政治団体の名称又は公職の候補者を推薦し、支持し若しくは反対する者の名を表示する文書図画を頒布し又は掲示することができない。
規制対象は「何人も」である。したがって、理論的にいえば、候補者・政党を支援または反対する意図をもってインターネット上で「公職の候補者の氏名若しくはシンボル・マーク、政党その他の政治団体の名称」を「掲示」する行為は、個人が行っても違法となる。たとえば、選挙運動期間中にFacebookの自分のページのカバー写真に候補者の氏名が入った写真を使うことは、146条の違反となる可能性がある。
8 撤去義務
インターネット選挙運動を解禁した場合、投票日の前日までに、選挙運動に当たるとみなされるブログの書き込みやツイッターのツイート等をすべて削除する義務が生じるかどうかも、大きな問題である。公職選挙法は、文書図画の撤去義務を定めているからである。
サーバの中のデータまで完全に削除しなければならないかどうかについては議論の余地があるが、143条の2を改正しないかぎり、選挙が終了した後もパソコン、スマートフォン等の画面で可視的になっている状態にしておくことは、撤去義務の違反になる可能性がある。
第一四三条の二(文書図画の撤去義務)
前条第一項第一号、第二号又は第四号のポスター、立札、ちようちん及び看板の類を掲示した者は、選挙事務所を廃止したとき、第百四十一条第一項から第三項までの自動車若しくは船舶を主として選挙運動のために使用することをやめたとき、又は演説会が終了したときは、直ちにこれらを撤去しなければならない。
9 マニフェスト
公職選挙法では、選挙運動期間中に、前の項で列挙されている文書図画類以外のものを作成して配布することは禁じられていた。このため、マニフェストを選挙運動期間中には配布することは違法となっていた。
1994年に公職選挙法が改正され、衆議院議員選挙については、候補者と政党等が選挙運動用ビラを頒布することができることとされ、2000年の改正で参議院議員選挙についても選挙区の候補者と比例代表選出名簿登載者がビラを頒布することができるようになった。
さらに、2003年に政党等は「パンフレット又は書籍で国政に関する重要政策及びこれを実現するための基本的な方策等を記載したもの又はこれらの要旨等を記載したもの」を頒布することができるようになり、マニフェストを「パンフレット又は書籍」として選挙運動期間中に配布することができるようになった(142条の2)。ただし、マニフェストを配布することができるのは衆議院議員総選挙と参議院議員の通常選挙に限られており、補欠選挙や再選挙は対象となっていない。また、地方議会の議員の選挙も対象となっていない。
また、都道府県知事選挙、市町村長選挙については「パンフレット又は書籍」を配布することはできないが、142条1条において、葉書だけではなくビラについても頒布することが認められているため、「ビラ」という形式であればマニフェストを頒布することは可能である。
(パンフレット又は書籍の頒布)
第百四十二条の二 前条第一項及び第四項の規定にかかわらず、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙においては、候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等は、当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の本部において直接発行するパンフレット又は書籍で国政に関する重要政策及びこれを実現するための基本的な方策等を記載したもの又はこれらの要旨等を記載したものとして総務大臣に届け出たそれぞれ一種類のパンフレット又は書籍を、選挙運動のために頒布(散布を除く。)することができる。
2 前項のパンフレット又は書籍は、次に掲げる方法によらなければ、頒布することができない。
一 当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の選挙事務所内、政党演説会若しくは政党等演説会の会場内又は街頭演説の場所における頒布
二 当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等に所属する者(参議院名簿登載者を含む。次項において同じ。)である当該衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙における公職の候補者の選挙事務所内、個人演説会の会場内又は街頭演説の場所における頒布
3 第一項のパンフレット又は書籍には、当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等に所属する者である当該衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙における公職の候補者(当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の代表者を除く。)の氏名又はその氏名が類推されるような事項を記載することができない。
4 第一項のパンフレット及び書籍には、その表紙に、当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の名称、頒布責任者及び印刷者の氏名(法人にあつては名称)及び住所並びに同項のパンフレット又は書籍である旨を表示する記号を記載しなければならない。
10 政見放送
政見放送とは、選挙期間中に候補者又は名簿届出政党等がラジオまたはテレビ放送で行なう政見発表のことである。
近時、選挙に関係するものに限らず、放送と通信との境界が融解しつつある。多様なサービスが提供されるようになり、当初想定していなかった形態により政見放送が視聴される場合も生まれている。その一例は、放映された政見放送が「YouTube」「ニコニコ動画」等の動画投稿・共有サイトに投稿され、視聴される場合があることである。
現在、公職選挙法150条の規定により、候補者又は名簿届出政党等は、日本放送協会または一般放送事業者(民間放送局)の放送設備を用いて、その政見を無料で放送することができる。
また公職選挙法による政見放送のほかに、放送法45条は「協会がその設備又は受託放送事業者の設備により、公選による公職の候補者に政見放送その他選挙運動に関する放送をさせた場合において、その選挙における他の候補者の請求があつたときは、同等の条件で放送をさせなければならない。」として日本放送協会に候補者放送を義務づけている。また放送法52条は「一般放送事業者がその設備により又は他の放送事業者の設備を通じ、公選による公職の候補者に政見放送その他選挙運動に関する放送をさせた場合において、その選挙における他の候補者の請求があつたときは、料金を徴収するとしないとにかかわらず、同等の条件で放送をさせなければならない。」と定め、一般放送事業者にも同様の義務を課している。
政見放送の動画投稿サイトへのアップロードについては、著作権法上の問題点と公職選挙法上の問題点がある。
著作権法上、政見放送自体は、著作権法40条が定める「公開して行われた政治上の演説又は陳述」にあたる。同条2項は「国又は地方公共団体の機関において行なわれた公開の演説又は陳述は、前項の規定によるものを除き、報道の目的上正当と認められる場合には、新聞紙若しくは雑誌に掲載し、又は放送し、若しくは有線放送することができる。」と規定し、3項は「前項の規定により放送され、又は有線放送される演説又は陳述は、受信装置を用いて公に伝達することができる。」と定めている。このため、政見放送については、政権放送を受信し、同時にその放送の放映対象地域において受信されることを目的として自動公衆送信を行う行為は、著作権法上は許容されると解される。ただし、特にジャーナリストとしての活動を行っていない者による当該の行為が「報道の目的」といえるかどうかについては、問題が残る。
(政治上の演説等の利用)
第四十条
公開して行われた政治上の演説又は陳述及び裁判手続(行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む。第四十二条第一項において同じ。)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
2 国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人において行われた公開の演説又は陳述は、前項の規定によるものを除き、報道の目的上正当と認められる場合には、新聞紙若しくは雑誌に掲載し、又は放送し、若しくは有線放送し、若しくは当該放送を受信して同時に専ら当該放送に係る放送対象地域において受信されることを目的として自動公衆送信(送信可能化のうち、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置に情報を入力することによるものを含む。)を行うことができる。
3 前項の規定により放送され、若しくは有線放送され、又は自動公衆送信される演説又は陳述は、受信装置を用いて公に伝達することができる。
公職選挙法上の問題について、候補者等の政見放送を動画投稿サイトへ投稿(自動公衆送信)することについての規定はない。選挙期間中に立候補者等の政見放送が動画投稿サイトに投稿されたときに問題となるのは、公職選挙法150条5項の「それぞれの選挙ごとに当該選挙区(選挙区がないときは、その区域)のすべての公職の候補者に対して、同一放送設備を使用し、同一時間数(衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては当該選挙区における当該衆議院名簿届出政党等の衆議院名簿登載者の数、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては参議院名簿登載者の数に応じて政令で定める時間数)を与える等同等の利便を提供しなければならない。」という規定との抵触の可能性であろう。
平成19(2007)年統一地方選挙において、東京都選挙管理委員会は、特定の候補者の政見放送だけがいつでも自由に閲覧できることは候補者間の不公平を招くという理由で、動画投稿サイト「AmebaVision」と「YouTube」に対して投稿された政見放送動画の削除を申し入れたという。
なお2011年4月10日に行われた福岡市議会議員選挙では、無所属の新人候補がンターネット上の無料動画配信サイト「Ustream」を利用し、政策についての演説や支援の呼びかけなどを毎日生中継した。報道によればこの候補者は警察から公職選挙法違反の疑いで警告を受けたというが、立件はされていないようである。
11 車上の選挙運動
公職選挙法は、「主として選挙運動のために使用される自動車(道路交通法(昭和三十五年法律第百五号)第二条第一項第九号に規定する自動車をいう。以下同じ。)又は船舶及び拡声機(携帯用のものを含む。以下同じ。)は、公職の候補者一人について当該各号に定めるもののほかは、使用することができない。」と定めている。
ところで、この選挙運動のために使用する自動車については、「何人も、第百四十一条の規定により選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第百四十条の二第一項ただし書の規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。」としており、選挙運動の場合の連呼行為をする場合(140条の2)を除いて、選挙運動のために自動車を使用する場合は、「停止した自動車」という制約が課せられている。したがって、原則として走行中の自動車の上において選挙運動を行うことは禁じられている。
ゆえに、仮にブログへの書き込みやツイッターでの発信が認められるようになったとしても、それが選挙運動として行われるのであれば、停止した自動車の上において行わなければならない。走行中の選挙カーの車内でスマートフォン等を用いて選挙運動としての書き込みを行うことは、違法となる。なお、ブログやTwitterでの書き込みをスマートフォン等を用いて書き込むこと自体は、それが送信されていない状態なのであれば、選挙運動の準備であって選挙運動そのものでは無いから許容されるという考え方もあり得るが、すくなくとも送信する行為については選挙運動の一部と解することができるから、例えばTwitterであれば「ツイート」ボタンを走行中の選挙カーの車内で押すことは違法となると思われる。
なお選挙カーとして用いることができる自動車の種類や形状については、政令で制限がある。
12 選挙公報
選挙公報のインターネット上の公開については、都道府県選挙管理委員会連合会から発行されている『選挙』の2012年5月号の記事を参照。
13 有料のあいさつ広告の禁止
公職選挙法では、選挙運動でなくても、候補者等による一定の有料のあいさつ広告は禁止されている(152条)。しかし、禁止の対象は新聞紙、雑誌、ビラ、パンフレット、テレビ、ラジオ放送に限定されている。それでは、インターネットにおいては自由に広告をすることが可能か。
2010年11月の福岡市長選挙では、告示日の前に現職の吉田宏市長がGoogleスポンサーリンク広告を利用し、「吉田宏」「吉田ひろし」等と入力すると「吉田宏公式サイト」に誘導する広告が表示されるようにした。
これについては、当時、合法であると解された。インターネットによる選挙運動用の文書図画の頒布は違法となるが政治活動にインターネットを使用することは前述したように原則として自由であること、公職選挙法で禁じている有料のあいさつ広告は新聞紙、雑誌、ビラ、パンフレット、テレビ、ラジオ放送に限定されていることがその理由である。したがって、選挙運動ではなく政治活動として選挙の告示日の前にインターネットのサーチエンジンでスポンサーリンク広告を利用することには特に法的な問題はないと解されたようである。
ただし、対立候補の氏名を入力しても本人のサイトに誘導するような広告を表示した場合にはどうかという問題は残る。この場合は、選挙運動期間外であったとしても、業務妨害罪(刑法233条)が成立する余地があるのではないか。
なおこれに関連して、アメリカで問題となったのは、次のような事例である。
2009年11月、フロリダ州セントピータースバーグ(Saint Petersburg)市において市長選挙が行われた際に、無所属のスコット・ワグマン(Scott Wagman)候補が、Facebook、flicker、YouTubeなどを積極的に利用した他、選挙運動の一環として「Google AdWords」広告サービスを利用した。ワグマン陣営は、googleで他の候補者名を入力して検索すると、リンクが表示され、そのリンクをクリックするとワグマン候補の選挙運動サイトにジャンプするようにした。
これに対して、他の候補者陣営がフロリダ州選挙管理委員会に対してワグマン候補の選挙運動は州法に違反するとして訴えた。フロリダ州選挙法の106.143条(1)項(a)号は、候補者のために料金が支払われるものであって、選挙の日または選挙に先だって出版、掲示、または流布されるいかなる政治的広告も、候補者名・政党所属・立候補しようとする公職のために支払われ候補者が承認した政治的広告である旨をそれぞれ明示しなければならないと定めているから、ワグマン候補のインターネット上の広告には「市長選挙に立候補するスコット・ワグマンにより承認された広告」と明示するべきであるのに、ワグマン候補の「Google AdWords」広告の中にはその明示が全くないので、州法に違反しているというのである。この訴えを受けて、ワグマン候補陣営は「Google AdWords」の利用を自主的に中止した。
訴えを受理したフロリダ州選挙管理委員会は、ワグマン候補陣営が依頼した広告代理店を通じて「Google AdWords」を利用したことは事実であり、広告代理店に対しては1クリックあたり5ドルという費用を支払うことになっていたこと、ワグマン候補は選挙戦にあたり広告費として約80万ドルを使い、そのうちバナー広告、Facebook、Flickr、ツイッター等のインターネット広告に10万ドルを使ったことを認定した。選挙管理委員会は、ワグマン候補陣営の「Google AdWords」の利用は有料政治広告に当たり、政治的広告における表示義務の違反があったと認めた。しかし、ワグマン候補の行為は故意ではなかったとして、訴を退けたというものである。
14 休憩所等の禁止
公職選挙法は、「休憩所その他これに類似する設備は、選挙運動のため設けることができない。」と定めている(133条)。このため、ネットカフェ等を設けてインターネットを無料で利用させたりする行為は、選挙運動のためであれば、違法となる。具体的には、インターネットカフェを設置して無料で利用させ、カフェ内にポスター類を掲示したり、カフェに設置されているパソコンの壁紙や初期ホームページにおいて候補者の氏名や写真が表示されるようにしたりする行為が考えられる。