不熟につき

豊かな東北の四季などをつたない写真等で、ご紹介したいと思います。

春暁や光の中に吾子笑顔

2021-02-10 19:38:36 | 日記

2月10日(水)曇り 

2月8日は私と次女の誕生日でした

今までの5年間は年に2,3回の入退院を繰り返してきた次女です。

何とかこの数年は、持ちこたえてくれました。30歳を契機に親子の別れを行い、グループホームへ入居することができました。

親が過剰介護していること、それはまた、いつまでも続くものではないことを身に染みて実感してきました。

娘たちの障害程度は決して軽くはないのですが、それなりに皆さんに愛され笑顔も増えました。

そして早10年が過ぎ、自宅とグループホームの楽しみ方も其れなりに覚えてきたようです。

娘(次女)は、イレウス(腸閉塞)に似た症状で、食事制限を繰り返しながらの日々です。

それでも入院生活をしなくてもよい方が、彼女も心身で実感できたのではないかと思います。

この日は彼女のお腹に優しいウナギの「ひつまぶし」

お腹の調子もよく、カミさん手作りのロールケーキもおいしくいただくことができたようです。

在宅生活32年、そしてグループホーム入居11年。

幸せって、本当にささやかなことの積み重ねなんだと感じています。


如月や肉頬張りてカウンター

2021-02-07 08:00:31 | 日記

2月7日(日)雪 ‐4℃/2℃

昨日はカミさんと久しぶりに、牛肉レストランに出かけた。

コロナ禍にもあり、2年ぶりのことだ。

思えばステーキを初めて食べたのは、東京に進学した昭和45年の春、

さきに大学進学していた兄と、同郷の知り合いの女性に歓迎会をしてもらった時だった。

ステーキにはナイフとフォークがつくことは知っていたが、ライスをいただくときの習慣が私にはなく、

汗をかきながらフォークの背中に載せるのは容易でないと痛感した。

その点、兄とその友人は巧みなナイフとフォーク使いで、私を席捲した。

ふとそんなことを思い出しながら、カウンターでステーキをいただいた。

マスクをしながらオーダーをしたので、「ライスですか?パンにしますか?」と聞かれ、

「ライスです」といったが、「半ライス?」と聞かれそれでといったつもりが、結局普通盛でやって来た。

ステーキは200gにしておいてよかったと思った。もう自分の腹はライスすら、いらない雰囲気であった。

年取ったなあと、ふと思っていた。8日は私の69歳のバースディなのだ。


如月や豆を打つ手の木槌かな

2021-02-06 20:14:32 | 日記

2月は春とはまさに暦の上だけで、津軽地方の風雪は時々、ホワイトアウトの状態になりがちです。

その風雪を利用して昔の越後人は、大豆をつぶして保存食にしていたことを思い起こします。

丸の大豆よりもつぶした豆の方が煮炊きが簡単で、短時間で済みます。

私の田舎、越後はまさに発酵食品の宝庫でした。

漬物の味噌は大豆の発酵であり、そしてその先には醤油や、油揚げ、納豆なども生産されました。

お米の精米で出てくる小糠はぬか漬けとして、冷蔵庫のない時代には重宝されたのです。

そんなことを思い起こして、これから重度障碍者に「うち豆」の生産をして、一稼ぎしてもらおうと考えています。

もう一つはドライフルーツの生産、乾燥野菜ももう一つの生産物です。

屋外作業の可能な方は、畑で汗をかいてもらうつもりです。