私はけっして自分が誰よりも自由だとは思っていませんが、そう在りたいと願って生きて来たコトは伝ったかと思います。
最後に自由とは、他人と心を自在に共鳴させられる、キャパシティの広さだというコトを述べて締めくくりたいと思います。
この「共感の美学」は男性よりも女性の方が強く持ってるとされますが、今はジェンダーフリーの時代なので、私がこれに共鳴してもオカシクはないと思います。
因みに「オカシイ」というのは漢字だと「可笑しい」と成り、これは良い意味に捉えられます。
「頭可笑しい」という熟語もネガティブに捉えるべきではなく、日本古来の「いとおかし」の精神を引き継ぐべきかと思います。
前回のフンザで、「いとおかしい植物」(ポピーとマリファナ)について触れましたので、これについてもしっかり語るべきかと思います。
ポピーについての漫画は前に「満州アヘンスクワッド」をお勧めしましたが、今回はよりディープな芸術作品としてピンクフロイドの「the final cut」を紹介したいと思います。
これは兵士のPTSD(トラウマ)を唄った作品として優れており、その中でポピー畑が唄われます。
人は時に償えない罪を犯したり、どうにもならない病苦に苛まれたりします。
それが神や医療によっても癒されない時、最後の救いとしてポピーは人類に大きく貢献して来ました。
私もイランで腹膜炎で死にはぐった時にポピーに救われ、そのあまりの気持ち良さにすっかり完治したと勘違いした程です。
しかしポピーの中毒性は強く、その後不眠症になって、ハイな状態がずっと一月も続きました。
マリファナも人をハイな心持ちにしますが、その毒性はコーヒーと同じくらいで、身体的な中毒作用はありません。
精神的依存はありますが、それは単に楽しく生きたいという欲求であり、日本人も古来から「いとおかし」の心を高めてくれるハーブとして神事に用いて来ました。
それはヒッピー文化に引き継がれて、「ラブ&ピース」の反戦運動をも支えました。
「神との対話」という世界的ベストセラーの本でも、神は人類にもっとマリファナを活用すべきと勧めており、それは衣服や紙、建材やバイオエタノールといった利用法も勧めていますが、やはりイチオシはハーブとしてで、精神を自由にする食文化の創造を勧めております。
共感力を高める草は時に、宗教的な洗脳やサギなどに利用されてしまうコトもあり、私も何度かそうした苦い経験を味わいました。
しかしそれすらも今では、人を信じて親しく交われた善き思い出となり、「他人の由」を識って「自由」を広げられたと感謝しております。