ジョイス・マイヤーの本
思考という名の戦場より
《ジョンのストーリー》
この2人の結婚生活がうまくいっていない背景には、もうひとつの物語が絡んでいます。夫婦のいざこざや家庭内に生じる問題の原因は、夫にも存在していたのです。
ジョンは、家長としての立場をしっかりと守る必要があります。ジョンが、家庭の中でリーダーの役割を果たすようにと定めたのは、神様なのです。ジョンもクリスチャンなので、家庭内に必要な秩序に関する聖書の教えを十分に理解しています。つまり、妻が家の中を仕切り、家計や子どもたちだけでなく、夫までも支配するこの状況が間違っていることぐらい、よくわかっているんpです。しかし、それに関して、ジョンは特に行動を起こしません。「自分には手に負えない」と思うと、テレビやスポーツに逃避する毎日でした。ジョンは、真正面から問題にぶつかるのが嫌いなタイプです。できれば責任を回避したいと思っています。「まあ、このまま放っておけば、なんとか丸く収まるだろう」と考え、つい受け身な態度を取りがちでした。時には、「まあ祈っておくから」というひと言を言い訳にして、実際に行動を起こすことから逃げていました。もちろん、祈ること自体は悪いことではありません。しかし、責任逃避の手段として祈りを言い訳にするなら、話は別でしょう。
ところで、私は先ほど、「ジョンは、家長としての立場をしっかりと守るべきだ。」と言いました。しかし、だからと言って〝マッチョマン”のように大声を張り上げて、自分の権威を振りかざせと言っているのではありません。
・エペソ人への手紙5:25
夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自分を献げられたように、あなたがたも妻を愛しなさい。
と教えています。つまり、ジョンは、夫としての責任から逃げてはならないのです。家長としての責任を果たす時、それに伴う権威が備わります。その権威に立ち、愛に基づいて、妻を制することもできるはずです。たとえメアリーが、子どもの頃に受けた父親からの傷に苦しんでいたとしても、神様に信頼して自分自身を委ねることをジョンは励ますべきなのです。そのプロセスの中で、すべての男性が必ずしも父親のようではないことに、やがて彼女は気付けるはずなのですから。
続く