三連休2日目の本日、岐阜県の飛騨高山へ行って来ました。

(高山陣屋)
高山へ行くと決めた日に思い出したことがあります。
昔、旧友とラーメン談義をした際に、その彼が高山に最高に旨いラーメン屋があると言ってたことを思い出しました。
さっそくLINEをして、

よし、それも行き先に加えて、旅程を立てました。

飛騨高山は地図で見ると金沢から下45度の方向にあって、
直線距離ではそれほど離れていません。

でもその間には白山がそびえ立っているので富山から周って行くのが通常です、
早朝の6時に出発、富山までは曇空でしたが、

高山市内に入ると晴天になりました。

それにしても高山は何年ぶりだろう、
30年ほど前にカミさんと結婚する前に行った以来になります。
こういう観光地は市街地の駐車場がすぐに満車になるので、早めに到着したかったのです。
市営の駐車場に余裕でとめることができました。

そこに高山祭の屋台が移動されてきました。(地方によって山車、曳山と呼ぶが飛騨では屋台と呼びます)

町の中心部を流れる宮川の方へ進みます。


さるぼぼの像です。

さるぼぼ・・・飛騨の言葉で「猿の赤ん坊」という意味。赤い顔が猿の赤ん坊に似ていることから、そう呼ばれるようになりました。昔、飛騨地方では、母親が娘の縁結び・安産・夫婦円満を願い、また子ども達が健やかに育つことを願い、このさるぼぼを作り与えたと言われています。
宮川の鍛冶橋付近に来ました。

宮川の川沿いの道で朝市が開かれています。

さるぼぼもあれば、

畑で収穫したおいしそうなものも売っています。

宮川は昨日の大雨で水量が多く流れも速い感じです。

まだ、

8時過ぎです。

実は、今回は市中をあっちへ行き、こっちへ行きと、
高山の中心部を行ったり来たりすることになりました。
この時は櫻山八幡宮の表参道まで来ましたが、

八幡宮へは入らず、古い町並みを通り、方向的に鍜治橋方向へ戻ることになります。

いいね、

紅葉を期待したけど、少し早かったようです。

鍛冶橋に戻って来ると、向かい合わせに面白い像がありました。
足長像と、

手長像です。

漫画ワンピースに足長族とか手長族ってのがいたな・・・

定番の観光地である高山陣屋に到着です。

文化の日ナイス

では入りましょう。

多くの観光客は外国の方が7割ほどの気が、すごいですねインバウンド。

高山陣屋・・・江戸幕府が飛騨国を直轄領とした元禄5年(1692)から慶応4年(1868)に至るまでの176年間、高山陣屋において、25代の代官・郡代が幕府による飛騨支配のための執務を行いました。(高山陣屋HPより)
広い建物で、ぐるぐると迷路のようでした。

お庭もよくて、

あっこれ、拷問とかする道具やんけ!

あのギザギザの上に正座させて、横にある重たい石を太ももに乗せるんや。(怖っ
)
高山陣屋の次に高山市政記念館に入りました。

町のあちこちで、お店の前に並ぶ行列を見ました。

オイラ達もあそこへ行こう、

お団子を注文、香ばしくて旨かった。

それにしてもいい天気です。昨日の荒天はなんだったんだ。

おっカワイイ

次に、飛騨高山まちの博物館へ、

ここも迷路のような施設で、多種多様の展示物がありました。

お庭に秋を感じます。

ではそろそろ向かおうか今回の主目的でもある場所へ、

旧友が生涯一美味かったラーメンと語った「まさごそば」
営業で中部の各地をまわっている男で昼は大抵ラーメンだと、その彼が言うのだから間違いないのだろう。
ちょっち調べてみると、
昭和13年に屋台からスタートし、ご当地ラーメンである「高山ラーメン」の発祥と言われる老舗店とありました。
いよいよお店に到着~!
が!
営業開始時間の11:00より30分も前に着いたのに、もう並んでいました。(ひょえ~)

福井の蕎麦屋「うるしや」でも相当順番待ちしたけど、人気店のものを食べる執念とは凄いもんがありますね。
1時間30分並んで、ようやく入店できました。

けして広くない店内、

多くの芸能人の色紙やら写真が飾ってありました。
メニューは中華そば(ラーメン)とライスのみ、ギョーザとかはありません。
オイラは中華そばの大、カミさんは並みを注文しました。

旨し!

満足して、店を出ます。

ここからまた歩いて、


再び櫻山八幡宮までやって来ました。

秋の高山祭り(秋の八幡祭)の主催神社です。
お参りして、御朱印ゲッツ!



駐車場まで歩いて、


車に乗って、市街地から少し離れた日枝神社へ、
秋の装いの手水舎です。

ここは春の高山祭(春の山王祭)の主催神社になります。
お参りしまして、

記念すべき御朱印をゲッツ!



これにて御朱印帳が全部うまったのです~。
さぁ帰ろう、




もちろん彼にも報告しました。


(高山陣屋)
高山へ行くと決めた日に思い出したことがあります。
昔、旧友とラーメン談義をした際に、その彼が高山に最高に旨いラーメン屋があると言ってたことを思い出しました。
さっそくLINEをして、

よし、それも行き先に加えて、旅程を立てました。


飛騨高山は地図で見ると金沢から下45度の方向にあって、
直線距離ではそれほど離れていません。

でもその間には白山がそびえ立っているので富山から周って行くのが通常です、
早朝の6時に出発、富山までは曇空でしたが、


高山市内に入ると晴天になりました。

それにしても高山は何年ぶりだろう、
30年ほど前にカミさんと結婚する前に行った以来になります。

こういう観光地は市街地の駐車場がすぐに満車になるので、早めに到着したかったのです。
市営の駐車場に余裕でとめることができました。


そこに高山祭の屋台が移動されてきました。(地方によって山車、曳山と呼ぶが飛騨では屋台と呼びます)

町の中心部を流れる宮川の方へ進みます。



さるぼぼの像です。


さるぼぼ・・・飛騨の言葉で「猿の赤ん坊」という意味。赤い顔が猿の赤ん坊に似ていることから、そう呼ばれるようになりました。昔、飛騨地方では、母親が娘の縁結び・安産・夫婦円満を願い、また子ども達が健やかに育つことを願い、このさるぼぼを作り与えたと言われています。
宮川の鍛冶橋付近に来ました。

宮川の川沿いの道で朝市が開かれています。

さるぼぼもあれば、

畑で収穫したおいしそうなものも売っています。

宮川は昨日の大雨で水量が多く流れも速い感じです。

まだ、

8時過ぎです。

実は、今回は市中をあっちへ行き、こっちへ行きと、
高山の中心部を行ったり来たりすることになりました。
この時は櫻山八幡宮の表参道まで来ましたが、

八幡宮へは入らず、古い町並みを通り、方向的に鍜治橋方向へ戻ることになります。

いいね、

紅葉を期待したけど、少し早かったようです。

鍛冶橋に戻って来ると、向かい合わせに面白い像がありました。
足長像と、

手長像です。

漫画ワンピースに足長族とか手長族ってのがいたな・・・

定番の観光地である高山陣屋に到着です。

文化の日ナイス


では入りましょう。

多くの観光客は外国の方が7割ほどの気が、すごいですねインバウンド。

高山陣屋・・・江戸幕府が飛騨国を直轄領とした元禄5年(1692)から慶応4年(1868)に至るまでの176年間、高山陣屋において、25代の代官・郡代が幕府による飛騨支配のための執務を行いました。(高山陣屋HPより)
広い建物で、ぐるぐると迷路のようでした。

お庭もよくて、

あっこれ、拷問とかする道具やんけ!

あのギザギザの上に正座させて、横にある重たい石を太ももに乗せるんや。(怖っ

高山陣屋の次に高山市政記念館に入りました。

町のあちこちで、お店の前に並ぶ行列を見ました。

オイラ達もあそこへ行こう、

お団子を注文、香ばしくて旨かった。

それにしてもいい天気です。昨日の荒天はなんだったんだ。

おっカワイイ


次に、飛騨高山まちの博物館へ、

ここも迷路のような施設で、多種多様の展示物がありました。

お庭に秋を感じます。

ではそろそろ向かおうか今回の主目的でもある場所へ、

旧友が生涯一美味かったラーメンと語った「まさごそば」
営業で中部の各地をまわっている男で昼は大抵ラーメンだと、その彼が言うのだから間違いないのだろう。

ちょっち調べてみると、
昭和13年に屋台からスタートし、ご当地ラーメンである「高山ラーメン」の発祥と言われる老舗店とありました。
いよいよお店に到着~!
が!

営業開始時間の11:00より30分も前に着いたのに、もう並んでいました。(ひょえ~)

福井の蕎麦屋「うるしや」でも相当順番待ちしたけど、人気店のものを食べる執念とは凄いもんがありますね。
1時間30分並んで、ようやく入店できました。

けして広くない店内、

多くの芸能人の色紙やら写真が飾ってありました。
メニューは中華そば(ラーメン)とライスのみ、ギョーザとかはありません。

オイラは中華そばの大、カミさんは並みを注文しました。

旨し!


満足して、店を出ます。


ここからまた歩いて、


再び櫻山八幡宮までやって来ました。

秋の高山祭り(秋の八幡祭)の主催神社です。
お参りして、御朱印ゲッツ!




駐車場まで歩いて、



車に乗って、市街地から少し離れた日枝神社へ、
秋の装いの手水舎です。


ここは春の高山祭(春の山王祭)の主催神社になります。
お参りしまして、

記念すべき御朱印をゲッツ!




これにて御朱印帳が全部うまったのです~。

さぁ帰ろう、




もちろん彼にも報告しました。

