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この僕のブログでも何度も今までもご紹介している通り、僕も色々の社会貢献活動団体の役員を兼務し、本業と共に自分でも頑張ってやっちゃて、土日もなくてチョット大変!と思うこともあります。
しかし、そんなに頑張っていて、また当然資金に関しても持ち出しが多く、自分自身は全く無給状態で頑張っているのですが・・・、地域活動で頑張っていると、色々なご批判を浴びて、非常に落ち込むことも多々あります!
沢山の人々が地域に居て、その人たち、一人一人の思いは違うのだろうけど・・・・・?
そんな時に、ある人からこの人も僕と同様な思いでいるのだなあと記事を読みました。 それが【 アルピニスト 野口健さん 】でした! 野口さんが、こんなに沢山の色々な社会貢献活動で頑張っておられるとは知りませんでした! 思いは僕と一緒でした!
先ずは、その記事掲載致します!
【 野口 健 】
アルピニスト。1973年、米ボストン生まれ。亜細亜大卒。25歳で7大陸最高峰最年少登頂の世界記録を
達成(当時)。エベレスト・富士山の清掃登山、地球温暖化など環境問題、戦没者の遺骨収集など、
幅広いジャンルで活躍している。
【野口さん記事本文】
最近、どうも自分が「何屋さん」なのか分からない。登山活動、エベレストや富士山での清掃活動、環境学校、戦没者の遺骨収集、「センカクモグラを守る会」の立ち上げ等々、活動が次から次へと広がっているからだ。
よく取材で「どうしてそんなに多くの活動をするのですか」と尋ねられ、理屈を並べてみるもののどれもこれもスッキリとしない。そこで気が付いたのはシンプルなことだった。
僕は登山家として世界のさまざまな現場を訪れてきた。現場に行けば、その世界を自分の目で見ることになる。見るということは「知る」ということ。そして「知る」ということは同時に「背負う」ことになる。
登山以外のことを始めたのは25歳からだ。あの頃は自分が正しいと感じていることは日本中のみんなも同じように正しいと思っているものだと思っていた。大げさに言えば自分の正義イコール社会の正義みたいに…。
しかし活動を始めてみるとさまざまな意見が四方八方から寄せられる。それは「応援」だけではなく「批判」の声も多い。エベレスト清掃活動では一部の山岳関係者から「エベレストに日本隊のゴミが多かったという発言を取り消せ」、富士山の環境活動では地元業者から「富士山の入山規制などされたら食えなくなる」「環境問題が広がれば公共事業が減るのでは」と。
遺骨収集活動に至っては「あの戦争は絶対悪である。日本軍も日本兵も悪だ。あなたが日本兵の遺骨収集を行うということはあの戦争を美化することだ。右翼的活動だ」といった意見までも。
活動を行うことで時に社会に対しガッカリし精神的にヘコむことや怒りで震えることもある。そしていつしか不眠症に。そんな姿に妻は「あなたは長生きできない」とポツリ。何度活動を放棄し現場から逃げ出そうとしたことか・・・。
しかし、人はごまかせても自身はごまかせない。全ての人に好かれようと思えば活動など何一つできやしないし、自身の正義に酔い独りよがりになってもいけない。そのバランスが難しいと思いながら今日も活動が続いている。
しかし、そんなに頑張っていて、また当然資金に関しても持ち出しが多く、自分自身は全く無給状態で頑張っているのですが・・・、地域活動で頑張っていると、色々なご批判を浴びて、非常に落ち込むことも多々あります!
沢山の人々が地域に居て、その人たち、一人一人の思いは違うのだろうけど・・・・・?
そんな時に、ある人からこの人も僕と同様な思いでいるのだなあと記事を読みました。 それが【 アルピニスト 野口健さん 】でした! 野口さんが、こんなに沢山の色々な社会貢献活動で頑張っておられるとは知りませんでした! 思いは僕と一緒でした!
先ずは、その記事掲載致します!
【 野口 健 】
アルピニスト。1973年、米ボストン生まれ。亜細亜大卒。25歳で7大陸最高峰最年少登頂の世界記録を
達成(当時)。エベレスト・富士山の清掃登山、地球温暖化など環境問題、戦没者の遺骨収集など、
幅広いジャンルで活躍している。
【野口さん記事本文】
最近、どうも自分が「何屋さん」なのか分からない。登山活動、エベレストや富士山での清掃活動、環境学校、戦没者の遺骨収集、「センカクモグラを守る会」の立ち上げ等々、活動が次から次へと広がっているからだ。
よく取材で「どうしてそんなに多くの活動をするのですか」と尋ねられ、理屈を並べてみるもののどれもこれもスッキリとしない。そこで気が付いたのはシンプルなことだった。
僕は登山家として世界のさまざまな現場を訪れてきた。現場に行けば、その世界を自分の目で見ることになる。見るということは「知る」ということ。そして「知る」ということは同時に「背負う」ことになる。
登山以外のことを始めたのは25歳からだ。あの頃は自分が正しいと感じていることは日本中のみんなも同じように正しいと思っているものだと思っていた。大げさに言えば自分の正義イコール社会の正義みたいに…。
しかし活動を始めてみるとさまざまな意見が四方八方から寄せられる。それは「応援」だけではなく「批判」の声も多い。エベレスト清掃活動では一部の山岳関係者から「エベレストに日本隊のゴミが多かったという発言を取り消せ」、富士山の環境活動では地元業者から「富士山の入山規制などされたら食えなくなる」「環境問題が広がれば公共事業が減るのでは」と。
遺骨収集活動に至っては「あの戦争は絶対悪である。日本軍も日本兵も悪だ。あなたが日本兵の遺骨収集を行うということはあの戦争を美化することだ。右翼的活動だ」といった意見までも。
活動を行うことで時に社会に対しガッカリし精神的にヘコむことや怒りで震えることもある。そしていつしか不眠症に。そんな姿に妻は「あなたは長生きできない」とポツリ。何度活動を放棄し現場から逃げ出そうとしたことか・・・。
しかし、人はごまかせても自身はごまかせない。全ての人に好かれようと思えば活動など何一つできやしないし、自身の正義に酔い独りよがりになってもいけない。そのバランスが難しいと思いながら今日も活動が続いている。