1959年のユーロビジョン・ソング・コンテストは、フランスのカンヌで開催されましたがフランス語で参加したのはフランスとモナコだけでした。前年フランス語で参加したルクセンブルグは不参加、ベルギーはオランダ語で参加しました。
前回フランス代表のジャン・フィリップをご紹介しましたが、実はこの年もイタリアからの参加者はドメニコ・モデューニョ、歌は日本でもよく知られている「チャオ・チャオ・バンビーナ」でした。順位は参加11カ国中の6位と振るいませんでしたが、サンレモ音楽祭とカンツォーニッシマで優勝し、前年の「ヴォラーレ」同様大ヒットとなっています。各国の投票システムは公平のように見えますが、微妙な力関係もありそうです・・・といってもイタリアはサンレモなどの音楽祭の影響力が大きいので、ユーロビジョン・ソング・コンテストの優先度は低いのでしょうか?
さて、今回のジャック・ピルスはかなり古い歌手です。1906年生まれで1970年に亡くなっています。1939年にリュシエンヌ・ボワイエと結婚、翌年にジャクリーヌ・ボワイエが生まれています。その後離婚。1952年にはエディット・ピアフと結婚し1957年に離婚しています。
その後歌手をやめ、アキテーヌ地方ブルターニュ・ド・マルサンの農場に引退しましたがその後もショービジネスに関わりがあったようです。
では・・・動画なども残っていますが画質も音質もかなり悪いので、静止画ですがまだ音質がましなので・・・
Mon Ami Pierrot (1959)