菅首相が肝いり政策にブレーキをかけ、医療体制支援“最優先”にようやく舵を切った。だが、医療の“需給”が最も逼迫する年末年始に間に合うのか。
大都市を中心に重症者数が高止まりし、一部の病院では、重症に陥った際に人工呼吸器を装着するのか、意思確認を行う医療機関も出てきた。“第3波”の最前線を知る感染症専門医であり、政府の新型コロナ分科会のメンバーでもある今村顕史医師(都立駒込病院感染症科部長)は「パンデミックでは、医療従事者だけでなく普通に生活している一人ひとりが最前線にいる。感染しないようにすることが、命の選別のような事態を回避し、重症化患者を減らし、現場への応援につながる」と訴える。
今回の“第3波”の特徴を、今村氏は次のように解説する。
無症状の感染者が40代、50代の層で広がっている
「私も出席している東京都のモニタリング会議のデータによれば、都では9月、10月と100人超の新規感染者の高止まりが続きました。学校や介護施設などさまざまな場所で、10人程度の小規模なクラスターがまんべんなく、各区で発生しています」
この小さくとも各地でクラスターが頻発する状況は、さらに別のリスクを示しているという。
「注意が必要なのは、この間の年齢別重症者数では40代、50代の重症患者がそれぞれ5~10人、毎週確認されていることです」
今村氏がこのデータと組み合わせて参照するのは、どの年齢階層が重症化しやすいのか――そのリスクを明らかにした京都大学の西浦博教授のデータだ。70代なら約8%、80代なら約15%が重症化するのに対し、50代では1.5%、40代なら0.5%とはるかに低い。
「そんなにリスクの低い年代の人でも重症化例が一定数、存在している。逆算すれば、重症化していない無症状の感染者が40代、50代の層でかなりの規模で広がっていると推測することができる」(今村氏)
見えているクラスターは氷山の一角に過ぎない
仮に40代の重症患者が1人出れば、単純計算で、その背後に200人もの感染者がいることになる。
見えているクラスターは氷山の一角に過ぎず、症状が現れない“見えにくい”小規模なクラスターが発生しては消え、わずかにその一部だけが表面化していると考えられるのだ。
12月14日時点での全国の重症者数は588人と、過去最多を更新した。しかも感染が拡大している地域においては、逼迫状況がこれまでとは質の違う重い負荷になっている、と今村氏は解説する。
「宿泊療養施設に軽症者を回せるようになったことで、病院には重症者のほか、軽症でも基礎疾患を持っていたり、自宅で寝たきりであったりする患者が運ばれてきます。つまり、より手厚いケアが求められる患者の割合が高まっていて、軽症者が混ざっていたこれまでより、人手が必要になっています」
旭川の病院クラスターはなぜ起きたのか?
北海道旭川市で起きた病院クラスターは、こうした手厚いケアを要する患者の受け入れ先を探しあぐねる間に拡大した、との指摘もある。
「毎日のように感染リスクにさらされている医療従事者の緊張感は通常の医療とは違います。家で迎える家族も心穏やかなはずがない。地域によっては、これまで感染症の診療に関わっていない医師でもコロナの患者を診療せざるをえないこともあります。そうした人が『コロナ患者を診ている人』という偏見の目が向けられるという、あってはならないことも実際に起きている」
間もなく病院にいる医療従事者が最も少なくなる年末年始を迎える。これまで感染防御に十分な知見を蓄えてこなかった地方でも感染は拡大しつつあり、どこで医療体制のほころびが生じてもおかしくはない。
医療崩壊の最悪のシナリオ
今村氏は「医療崩壊というと武漢やイタリアで起きていることをイメージする人が多いかもしれない。しかし臨床の現場で感じている“最悪のシナリオ”はもっとシビア」と警鐘を鳴らす。
「入院患者が人工呼吸器を装着するほど重症になると、診察する医師はもちろん、かなり多くの数の看護師が24時間体制で切り替わりながら対処する必要がある。そのための人材は感染症以外の一般医療から割くほかなく、日頃からめいっぱいで対応しているがんや心疾患までも、医療の水準を落とさざるを得なくなる」
国民全体の健康が危機にさらされている、という警鐘だ。
* * *
ワクチンにどれだけの希望が持てるものなのか、ワクチンが実際に接種されるまでに私たちがどのようにこの感染症と向き合ったらよいのか――。
分科会が鍵の一つとして挙げるのが、ハイリスクと指摘されてきた「歓楽街での感染防止対策」。エイズ対策の専門家でもある今村氏は「大都市の歓楽街における感染拡大防止対策ワーキンググループ」の座長として報告書を取りまとめた立場でもある。
今村氏のインタビュー手記「分科会医師が見た『第3波』と『夜の街』」は、月刊「文藝春秋」1月号および、「文藝春秋digital」に掲載されている。
その中で今村氏は、ウイルスが浮き彫りにする私たちの社会の弱いところ――そこにどう手を差し伸べるかというエッセンスを語っている。
大都市を中心に重症者数が高止まりし、一部の病院では、重症に陥った際に人工呼吸器を装着するのか、意思確認を行う医療機関も出てきた。“第3波”の最前線を知る感染症専門医であり、政府の新型コロナ分科会のメンバーでもある今村顕史医師(都立駒込病院感染症科部長)は「パンデミックでは、医療従事者だけでなく普通に生活している一人ひとりが最前線にいる。感染しないようにすることが、命の選別のような事態を回避し、重症化患者を減らし、現場への応援につながる」と訴える。
今回の“第3波”の特徴を、今村氏は次のように解説する。
無症状の感染者が40代、50代の層で広がっている
「私も出席している東京都のモニタリング会議のデータによれば、都では9月、10月と100人超の新規感染者の高止まりが続きました。学校や介護施設などさまざまな場所で、10人程度の小規模なクラスターがまんべんなく、各区で発生しています」
この小さくとも各地でクラスターが頻発する状況は、さらに別のリスクを示しているという。
「注意が必要なのは、この間の年齢別重症者数では40代、50代の重症患者がそれぞれ5~10人、毎週確認されていることです」
今村氏がこのデータと組み合わせて参照するのは、どの年齢階層が重症化しやすいのか――そのリスクを明らかにした京都大学の西浦博教授のデータだ。70代なら約8%、80代なら約15%が重症化するのに対し、50代では1.5%、40代なら0.5%とはるかに低い。
「そんなにリスクの低い年代の人でも重症化例が一定数、存在している。逆算すれば、重症化していない無症状の感染者が40代、50代の層でかなりの規模で広がっていると推測することができる」(今村氏)
見えているクラスターは氷山の一角に過ぎない
仮に40代の重症患者が1人出れば、単純計算で、その背後に200人もの感染者がいることになる。
見えているクラスターは氷山の一角に過ぎず、症状が現れない“見えにくい”小規模なクラスターが発生しては消え、わずかにその一部だけが表面化していると考えられるのだ。
12月14日時点での全国の重症者数は588人と、過去最多を更新した。しかも感染が拡大している地域においては、逼迫状況がこれまでとは質の違う重い負荷になっている、と今村氏は解説する。
「宿泊療養施設に軽症者を回せるようになったことで、病院には重症者のほか、軽症でも基礎疾患を持っていたり、自宅で寝たきりであったりする患者が運ばれてきます。つまり、より手厚いケアが求められる患者の割合が高まっていて、軽症者が混ざっていたこれまでより、人手が必要になっています」
旭川の病院クラスターはなぜ起きたのか?
北海道旭川市で起きた病院クラスターは、こうした手厚いケアを要する患者の受け入れ先を探しあぐねる間に拡大した、との指摘もある。
「毎日のように感染リスクにさらされている医療従事者の緊張感は通常の医療とは違います。家で迎える家族も心穏やかなはずがない。地域によっては、これまで感染症の診療に関わっていない医師でもコロナの患者を診療せざるをえないこともあります。そうした人が『コロナ患者を診ている人』という偏見の目が向けられるという、あってはならないことも実際に起きている」
間もなく病院にいる医療従事者が最も少なくなる年末年始を迎える。これまで感染防御に十分な知見を蓄えてこなかった地方でも感染は拡大しつつあり、どこで医療体制のほころびが生じてもおかしくはない。
医療崩壊の最悪のシナリオ
今村氏は「医療崩壊というと武漢やイタリアで起きていることをイメージする人が多いかもしれない。しかし臨床の現場で感じている“最悪のシナリオ”はもっとシビア」と警鐘を鳴らす。
「入院患者が人工呼吸器を装着するほど重症になると、診察する医師はもちろん、かなり多くの数の看護師が24時間体制で切り替わりながら対処する必要がある。そのための人材は感染症以外の一般医療から割くほかなく、日頃からめいっぱいで対応しているがんや心疾患までも、医療の水準を落とさざるを得なくなる」
国民全体の健康が危機にさらされている、という警鐘だ。
* * *
ワクチンにどれだけの希望が持てるものなのか、ワクチンが実際に接種されるまでに私たちがどのようにこの感染症と向き合ったらよいのか――。
分科会が鍵の一つとして挙げるのが、ハイリスクと指摘されてきた「歓楽街での感染防止対策」。エイズ対策の専門家でもある今村氏は「大都市の歓楽街における感染拡大防止対策ワーキンググループ」の座長として報告書を取りまとめた立場でもある。
今村氏のインタビュー手記「分科会医師が見た『第3波』と『夜の街』」は、月刊「文藝春秋」1月号および、「文藝春秋digital」に掲載されている。
その中で今村氏は、ウイルスが浮き彫りにする私たちの社会の弱いところ――そこにどう手を差し伸べるかというエッセンスを語っている。