石ころ

揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。 (雅歌3章)




私は、夜、床についても、私の愛している人を捜していました。私が捜しても、あの方は見あたりませんでした。
「さあ、起きて町を行き巡り、通りや広場で、私の愛している人を捜して来よう。」私が捜しても、あの方は見あたりませんでした。


眠りの中でも主を探して彷徨い、追いつけない夢に焦っていても目覚めて残るのはなぜか甘さ・・、だから夜には、また夢を慕って眠りに着きます。

彼らのところを通り過ぎると間もなく、私の愛している人を私は見つけました。この方をしっかりつかまえて、放さず、とうとう、私の母の家に、私をみごもった人の奥の間に、お連れしました。

見つけ出した方は、日々新しく産み出すように愛を語っていのちに満たしてくださいます。

エルサレムの娘たち。私は、かもしかや野の雌鹿をさして、あなたがたに誓っていただきます。揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは。

私は主のうちにまどろんでいます。此処に何時までも居らせてください。
まどろみの中にも主に拠って運ばれており、城壁をも飛び越えているのです。

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コメント一覧

ムベ
デ某さんコメントありがとうございます
「深い川」聞き覚えのある賛美歌を、しっとりと繰り返し聞かせていただいています。

雅歌は甘い愛のことばがいっぱいです。
みことばは、何度も新しく気付かされることがあります。
今回は、イエスさまによって救われた日から、ずっと愛の中に包まれていることを深く覚えました。

それは、自然界に産まれた芋虫が、信仰によってサナギになったようで・・、
生まれつきの古いものが愛によって溶けて、今神様のプログラムのままに新しく形作られているようです。
サナギはただ静止しています。自分の中に働く神様の素晴らしいプログラムを信じ切ったからです。

主のプログラム通りに、蝶として目覚める日までは揺さぶられたくないのです。
蝶は、造り主なる神様によって賜った愛が完成したかたちです。
デ某
深いことば 深い河
『揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは』

なんとも含蓄深い言葉ですね。
なにか不安があると 「揺り起こしたり、かき立てたり」 したくなる私ですから・・・。
そうすることも 愛の目ざめであり証しであり時に愛そのものだ と思うものですから・・・。

Roger Wagner Chorale 「Deep River」
https://www.youtube.com/watch?v=a3t1T-jn7n0
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