特別サービスはピザトースト。口内炎ができているらしいから、新玉ねぎとピーマンを少し多めにする。ちょうど焼き上がったところへ、寝不足にもかかわらず、わりに元気に起きて来てほっとする。主に感謝。食べた後も出かける前に、慌ただしく昨夜の続きをしている。門を開けて自転車を出すところまででサービスは完了。この時間の電車に乗り遅れたら遅刻間違いなし。でも、もう私にはどうしようもない。腹を括って静かに見ていることにする。
ギリギリになって、「後は会社に行ってからにする」と言って、新緑にもかかわらず、ひやりと冷たい早朝の道を勢いよく飛び出していった。やれやれ、部屋に入ってから祈る。大丈夫、平安がある。
家から通勤するようになって一ヶ月、ずいぶん慣れてきたけれど少々どちらも疲れている。何より、睡眠時間がどうしても短くなってしまう彼の体がいつも気がかり。もうすぐ連休、彼はそれでも黒部へ2泊3日の撮影旅行に行く。そうすると私たちもちょっと休めるだろう。
もう、眠れそうにもないので、明日の学びの準備をする。マタイ7章。有名なみことばが次々と出てくるところ。
「豚に真珠」「求めよさらば与えられん」「狭い門から入れ」この言葉がどんなに無意味に使われていることだろう。何を求めるべきかが分からないで、空しく乱用されているみことば。せめて、求めるべき御方のことを聞こうとしてくださる方に、正しく伝えることができるようにと祈る思いで準備をする。
長く福音を伝えて来ているけれど、退職された後趣味と実益をかねた新しいお仕事に打ち込んでおられて、交わりの遠ざかっている方が先日電話を下さった。そのとき、ちょっときついことを言ってしまったので、気になっていたから手紙を書く。
そして、サービスとして、彼女にも朝から準備をしたマタイ7章を送ることにする。彼女が喜んで読んでくれることは知っているから。
だったら、いつもそうすればよいのかも知れないけれど、そうしていた時もあったけれど、今はちょっと違うような気がするから、時間を取って来られるのを待っている。ちょっと時間を割いて欲しいから。ちょっと世から静まって欲しいから。いつも受け身ではなく、ほんの少しでも自分から求めて欲しいから。
「求めなさい。そうすれば与えられます。」これは、同時に二つを求めることは出来ない。ただひとつのこと、ひとりの主を求めて欲しい。此処が勝負と祈りつつ待っている。
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