子どもたちが来る夏に取れるようにということで、早めに苗を指して楽しみにしていたのだった。先日数本、大きいものだけ探り堀をして食べさせ、「もう、そろそろ掘ろうか」と言っていた矢先だった。本当に、いつもこのことは感心してしまうのだけれど、彼らは収穫時を間髪入れず見事に心得ていて、人間の方が後手に回ってしまう。
トマトでも美味しそうに真っ赤に熟したと手に取った瞬間、指先に感じる嫌な感覚、裏側に大きな穴が空いていてトマトの汁が滴り、一足お先に味見をされていたりする。悔しいけれど、大きなトマトをこのまま捨てるに忍びなくて、「じゃ、最後まで食べてよ。」とばかりに側に置いておいても、なぜか決してもう食べることはない。翌日また、新しく熟した実を突くだけ。「なんて奴!」と、このことの方が腹が立つ。
それでも畑を良く調べると8本ほど残っていたと、きれいな赤い芋を籠に半分ほど持って帰ってきた。「ああ、良かったね。これだけあれば充分だよ。」そう、ちょっとは息子に送ってやれるし、残りも天ぷらなら数回出来るだろう。
イノシシの残し芋は主のお取り置き芋なんだ。「最悪な時でも、これだけあって良かったね。」主人もちょっとほっとしたように「そうやなあ」と肯いてくれた。
自然が不自然になっているのだろう。翌日話すと、お隣のご主人も「うちもやられた!」と心底悔しそうに言っておられた。我が家のように少しではなくて、沢山作っておられるから被害も大きいのだろう。
あちらこちらで毎年獣の被害が話される。鳥や鹿やイノシシだけではなくて、最近ではアライグマの被害がこの地域でも出ているという。なぜ、この日本でアライグマなんだと自然にはあり得ない事実にあきれてしまう。
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