植木鉢のトマトを見ると元気がなくしょんぼりとしていた。昨日まであんなに元気だったのにと一本ずつ見ると、しおれた葉が何本か絡んでおり、数本の鉢のそばにも葉がくしゃくしゃになって落ちていた。茎にも葉をもぎ取られたような跡がある。思わず「かわいそうに、ごめんね。」と口から出た。
そして胸が痛んだ。それはトマトに対してより人に対して。怒りではなく悲しみ・・・。どんな状態でこのようになったとしてもその人は知っているはず、知らぬ振りをしていることはしんどいだろう。子供だったらどうしょう・・。もし、大人で故意にしたのならその心の闇の深さはどれほどだろう・・。もう、此処で作るのは止めようかと思った。
玄関先の駐車に使っているわずかなスペースでトマトを作るようになって、もう何年になるだろう・・。植木鉢で大きなトマトを作っていることが珍しくて、近所で評判なり話の種ともなって続いている。7~8本を並べて植えるのでトマトが赤くなるとそれなりに見事でとても楽しい。
玄関先と言うことはいろんな人が見て通り子供達も見て育つ。そんなところで滅多に手折られることもなく、トマトが無くなることもなく、ずっと無事に育って来たことがとても嬉しかった。感謝だった。小さな子供もいるし、ちょっと大きくなってサッカーをしている子供もいるから、事故で傷つくことがあるかもと覚悟はして育てていた。
トマトなんてしれている。このトマトはさくらちゃんと植えたもので特別だけどそれでも大丈夫。さくらもトマトもそんなに柔ではなく回復できる。神様はちゃんとトマトに花を残してくださったし、葉はまたどんどん出てきてなんと言うこともなく育つけれど・・、
「ごめんね。」と言う言葉が聞けたら、互いにどんなに気持ちが晴れるだろう。笑って済むのに・・。そのように言えないものを私が発散していたのだったら・・主に悔い改めるしかない。誰にも気づかれないように処理をして、しばらく水を切っていたトマトに労りの水をたっぷりと注ぐ。心の中で祈りつつ「がんばれ!」
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