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昭和の記憶を忘れながら
街並み散歩・いろいろな

飛騨高山 久田屋は旅人宿

2014-06-27 | 中部の記録 昭和

久田屋の軒先には「旅人宿」の看板がはっきりと読み取れます、今もあるようですが、雰囲気はかわらずだが”素朴”も美なり。







 
上三之町の町並み、右側の青年は1970年代の標準仕様、髪の毛はさっぱりとA5クラスの優等生、このような人を私は「委員長」と言ってました。                     昭和48年8月撮影
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飛騨高山 田近屋の前で

2014-06-23 | 中部の記録 昭和

お盆が過ぎても急ぎ足の僧侶は何処へ








渡邉精光堂 検索すると有るが喫茶に変わっている、のれんに歴史が
                                  
                                                              昭和48年8月上三之町にて撮影
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飛騨高山 民芸品はここで

2014-06-20 | 中部の記録 昭和






 
 
高山市上三之町、昭和の風景です40年変わらないのはお店の看板「飛騨生そば」「坂口屋」店舗はそれらしく、民芸の店はどこかに
                                                                      昭和48年8月撮影
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ここはどこ 金沢の成巽閣

2014-06-18 | 中部の記録 昭和





 





 
 成巽閣(せいそんかく)とは、文久3年(1863年)に加賀藩13代藩主・前田斉泰が母・真龍院(12代斉広夫人)の隠居所として 建てた建造物で兼六園に隣接し、1階は書院造で2階は数奇屋造になっており、国の重要文化財に指定されている。
 この写真の場所が判らず困っていた、この日は福井の丸岡で民家を見学し、そのまま五箇山へ行きたかったが、高岡の瑞龍寺に泊まっている、五箇山へのバスの時間に遅れたので金沢で途中下車、それで成巽閣に行ったのか、写真のネガ番号は間違いないが記憶が全くない。
              昭和48年8月撮影
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でっかい 合掌造り

2014-06-15 | 中部の記録 昭和







 岩瀬家住宅は江戸時代後期に加賀藩の塩硝上煮役である藤井長右エ門により8年間の歳月をかけ建てられた。現存する合掌造りとしては最大級の大きさで三百余年かわらぬたたずまいが。                                   昭和48年8月撮影
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