チビのおしゃべり日記

お星さまになったチビへ
どんぐり母ちゃんが語りかけます。
ねえ、チビ・・・聞こえる?

意地で守った自分の居場所 ④ アカへの説得

2023年05月22日 | 日記
家族会議も終わり、新しい子猫を迎えると決まってから妹や弟たちは大喜びをしました。
 祖母は、アカの匂いの付いた座布団では子猫が落ち着かないだろうと、
子猫用の新しい座布団を作り始めました。
 そして、父はアカを譲り受けた同僚に今までの経緯を話し、
最後まで世話が出来なかった事を詫びてました。
 すると同僚の方は恐縮しながら『オス猫には良く有る事なので気にするな』と
逆に励まされたと言って帰って来ました。
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どんぐりはアカのお墓を作りながら、両親を説得した時の事を想い返していました。
『アカの亡骸は見つからないけど、今度来る子猫がきっとアカの生まれ変わりだから、
アカが引き合わせてくれたんだから、もしこの機会を逃したら、かえってアカは悲しむし』と、
でも、やっぱり少し早く決めすぎたかな・・・
そう思いながらも頭の中は、新しく迎える子猫の事でいっぱいでした。
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 『コロッ、新しい座布団あげるよ』
 どんぐりが持ってきたのは、アカの匂いがタップリ染みついた座布団でした。
半ば強制的に差し出された座布団でしたが、コロは暫くクンクン匂いを確かめたあと、
嫌がるでもなく、そのまま小屋の中にズルズル引きよせて行きました

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 長い放浪の旅から戻ったアカでしたが、窓越しに見知らぬ子猫がいるのを見て、
一体なぜ、このような事になってしまったのか、自分がいない間に何があったのか、
半分パニックになっていました。
 しかも自分のご飯茶碗は、そのまま外に置き去りにされ、お気に入りの座布団までも
コロの物になっていたからです。

 アカの心は怒りに震えていました。
サーッとその場を離れると茂みの中に潜み込み、今まで聞いた事の無いような
激しい唸り声をあげました。
『ぎゃ~ぎゃ~ぎゃ~ッ、ウ~~~ッ、ウ~~~~ッ!!』
半分野性に戻った状態になっていました。

 いち早く異変に気付いたのは母でした。『アカが帰って来たッ!』
母はサンダルを引っかけると急いでアカのいる方に駆け寄っていきました。

 『アカッ! 母ちゃんだよ、出ておいで、お前の事をずーっと待ってたんだよ。
 いっぱい探したんだよ。みんなずーっと心配してたんだからね。
 アカッ、頼むから出ておいで。早く顔を見せておくれ・・・』

 母は、何度も何度も呼びかけましたがアカは全く応じず、無理に引き出そうとすると
『シャーッ!!』と今にも噛みつきそうな剣幕になっていました。

 母が、アカを引き出そうと無理に手を伸ばすと今度は噛みついてきました。
 母の手には子猫の匂いが染みついていたのです。

 それでも母が必死になってアカを引きよせようとすると、
今度は逃げるようなそぶりを見せ始めました。
 こうなったらもう誰も手が付けられません。

 オス猫は、自分の敵と思えば例え子猫だろうと襲う場合があるからです。
 ましてやアカは長い放浪生活で野性としての本能が芽生え始めていました。
 
 今度は本当に姿を消してしまう事になるかもしれない。
 そう思った母は、いったん家に戻ると家族の晩御飯用にと作って置いた、
肉じゃがの肉だけを別皿に取り、頭とはらわたを取った煮干しを添えてアカのいる茂みに
走っていきました。
 (テーブルの上には、肉無しのジャガイモと玉ねぎだけが取り残されていました)

 その後も、家族が代わる代わる説得に行きましたが、あんなに好きだった父さえも
アカは寄せ付けませんでした。

 そのような状態が4~5日続きました。
 この先、もし、家族が留守の間に子猫が襲われてしまったら・・・

 家族みんなの決断は既に決まっていました。
 アカをこのまま見過す事は出来ません。
 3年前、初めて家に連れてこられた日、父のジャンバーの胸から顏を出した時の
ふぁふぁとした小さなアカのあどけない顔が、恐れを知らない無垢の瞳が、
つい昨日のように思い出されました。

 私と母は、袋一杯の煮干しと、かつお節をもって
子猫を抱えて飼い主の元へ謝罪へ出かけました。

 当時の田舎では、子猫はとても重宝がられました。
 農家を営んいる家などは、ネズミやモグラの駆除に猫がとても役立っていたのです。
 
 子猫は直ぐに引き取り手が見つかり二日後には新しい家族に引き取られて行きました。

 一方、アカは、しばらく家の中をアチコチ嗅ぎまわっていました。
 侵入者が去ったと分かった後も、アカの怒りは暫く収まりませんでした。
 
 『まったくもうッ!!あのバカ娘のおかげでおいらは死人扱いにされた。
ばあちゃんは急いでおいら座布団を縫い始め、母ちゃんは新しいご飯茶碗を用意してくれたけど、
庭の隅に盛られてる、あのこんもりとした土の山が目障りだッ!!何とかしてくれッ!!』

 やっと落ち着きを取り戻したアカは、ご飯のとき以外は、大の字になりイビキをかきながら、
寝入っていました。
 そして、周りも気にせず堂々とオナラをまき散らしていました。
(ネコもオナラをします。俗にいう、すかしっぺというもので、音はしませんがものすごく臭いです)


※60年以上前の事で、画像も無く、皆さまにご覧いただくには説得力のない
拙いブログでしたが、最後までご覧頂きありがとうございました。



 

 



意地で守った自分の居場所 ③(アカのお墓??)

2023年05月21日 | 日記
  【家では家族会議が開かれていました】
 実家の目の前には、国道6号線が走っています。
もし、アカが車にひかれていたのなら、近所の誰かが気付いて必ず知らせてくれたはずです。
 実は、コロの前に飼っていた犬が事故に遭い悲しい思いをしたことがありました。
 近所の人の知らせをうけ、父が駆け付けた時には少し息があったようですが、
父の顔を見ると安心したように小さく鳴いてそのまま息を引き取りました。
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 家族の話し合いの結果、これほど探しても見つからないのは、
どこか知らない土地で他の犬と喧嘩になり、致命傷を負い死んでしまったのではないかと
いう結論になりました。
 
(実は、近所の子猫を目にしたどんぐりが、飼いたい一心で両親を説得した結果でした)
 
 そして、せめてもの供養にと庭のすみにアカのお墓をたてて煮干しと
水を備える事にしたのです。
 煮干しは供えたそばからカラスの餌になってしまいました。
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 そのような事とはつゆしらず、アカは家の前まで帰ってきていました。
 そして、アカの気配をいち早く感じ取ったのがコロでした。
 コロは何度か、軽く吠えると鼻を鳴らしながら尾っぽを振り始めました。
 
 (コロは、アカよりも少し年上でしたが、アカは先輩を敬う気などサラサラなく
いつも目の前を堂々と闊歩していました)
  そんなアカを、懐かしむようにコロは出迎えてくれました。

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 アカは、庭の隅に自分のご飯茶碗があるのに気付きました。
 側には水入れと、コップには小さな花が一本さしてありました。
 そして、こんもりと盛られた土の上には竹棒が一本さしてありました。
 
 なんでこんな所においらの茶わんが有るんだ?
 中を覗いたけど何も入っておらず、ちっこいアリ達が茶碗についてる
カスのようなものに群がっていました。
 
『コラッ!!お前らッ!!何してるんだッ!!
おいらの茶わんが汚くなるべッ!!はなれろッ!! まったくもうッ!!』
 
 アカはアリに向かって一喝しましたが、アリだって生活がかかってます。
 そう簡単には引きさがることはできません。

 しかし、今のアカにとって目の前のアリと闘う気力はなく、
無駄な労力は使わない事にしました。
 それより、早く家に入って母ちゃんの作ってくれたイワシのご飯が食べたい・・・
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 『ごろにゃ~~ん』アカは目一杯可愛い声を発しましたが・・・・・ん???
 何かおかしい、違う匂いがする。自分の知らない匂いがする。
 
 家族は、アカが家の前まで帰ってきてるとは夢にも思っておりません。
 家の中からは家族の楽しそうな笑い声が聞こえてきました。
 
 そして、アカがガラス越しに見たのは小さな小さな子猫でした。

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   ※長くなりまして申し訳ございません。
   次回はいよいよ最終版としてアカと家族の根くらべになります。
 



 

意地で守った自分の居場所 ②(アカの子猫の頃)

2023年05月21日 | 日記
【アカは家族に行き先も告げず、長い長い放浪の旅に出ていました】

と言えば聞こえが良いのですが、ただ単に自分の縄張りを広げようとしていたのか、
または、他の縄張りに可愛い子を見つけ、無謀にも駆け落ちを試みたけど、
そこのボスに見つかりボコボコにやり込められ、命からがら逃げ帰って来たのか・・・
色々想像は出来ますが、本人は自分のメンツにかかわる事なので最後まで決して
口にはしませんでした。
 
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 アカが姿を消して既に一か月が過ぎていました。
 家族は総出であちこち探し回りましたが見つからず、母と祖母は畑仕事の合間をぬって、
だれか見かけた人はいないかと隣町まで足をのばし訪ね回っていました。
 わたしは中学生でしたので、同級生や友達、そのまた友達にアカの特徴を伝え、
もし見かけたらすぐに知らせてほしいと頼みまわっておりました。
 父は仕事が終わると、家には帰らずそのままバイクを走らせ10キロ四方を
毎日探してまわっておりました。
 アカは父が会社の同僚から譲り受けたネコだったのです。
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 アカを初めて目にした時の光景は今でも懐かしく思い出されます。
 帰宅した父のジャンバーの中には、ふぁふぁとした小さな小さな子猫が入ってました。
 バイクで帰宅する為、寒くないようにとタオルにくるみ、父はジャンバーの懐に
入れて帰って来たのです。
 
 父の胸元から顏を覗かせたのはブルーの瞳をしたまるで天使のような子だったのです。
 そしてその子猫はその日から家族みんなを虜にしていきました。
 
 でも、アカが一番好きだったのはやはり父でした。
 家族が父に嫉妬するくらいアカは父から離れようとせず、食事の時は父から
小さくちぎった魚の切れ端をもらい、満足すると父の布団の上で父がお風呂から
上がってくるのを待っておりました。
 そして父の腕の中で寝るのがアカにとって一番の幸せな時間になっていました。

 父が仕事に出かける時は、途中まで見送りに行き、帰宅時間が近づくとまた同じ場所まで
迎えに出ていました。
(まるで忠犬ハチ公のネコ版のようです)

 そのように健気なアカですが、だんだんと父以外の家族にもベッタリと
甘えるようになりました。
 そんなアカに母は消化が良くなるようにとイワシを柔らかく煮込み、
ご飯に混ぜてたべさせていました。
 煮干しに至っては、私たち子供には『頭から全部食べなさい』っと言うのに
アカには、頭とはらわたをとって食べやすくして与えていました。
 その為か、アカは生涯はらわたと頭をとった煮干ししか食べようとしませんでした。
(まるでお坊ちゃま気取りです。食糧難が起きた時、最初に餓死するのはキミだ!)

 そして残った煮干しのきれはしは、何事も無かったかのように、
かつお節と野菜の味噌汁がかけられたコロのご飯になりました。
 コロは、そうとは知らずアカの残飯整理を喜んで引き受けていました。
(いつか食糧難が起きても最後まで生き残るのは、コロきみだよ)
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 そのように暮らしていたアカですが、すでに姿を消して二ヶ月が過ぎようとしていました。
 家族は半ばあきらめかけていましたが、もしどこかでアカが傷を負って亡くなっていたら
何としても見つけて供養してあげなければ可哀そうだと、もう生きてこの世にいないものと
家族全員が諦めてかけてました。

 そして三ヶ月が過ぎた頃、近所の人からネコの貰い手を探している家が有るけど
どうかな・・・と話を持ち掛けられました。
 親たちは、まだアカが見つかってもいない状態では他のねこを受け入れる事は考えられず、
事情を話し譲り受けるのをやめました。
 しかし中学生だった私はその話を聞き、いてもたってもいられず親に内緒でコッソリと
その家の子猫を観に行ったのです。
 籐の籠の中では、母ねこのお腹に顔を埋めるように三匹の小さな子猫がスヤスヤと寝ていました。

※度々申し訳ございません。長くなりますので続きは次回にさせて頂きます。








 


意地で守った自分の居場所 ①

2023年05月19日 | 日記
 先の記事でも記したように、昔、どんぐりの実家では
何種類かの生き物を飼っておりました。
 それぞれ飼い犬や飼いネコ、飼い鶏らしく、種類は違えどいさかいも無く
皆が静かに暮らしていました。

 
 あのネコ以外は・・・・・。
      
 今日、これからお届けする記事は、もう60年以上前の出来事になります。
 どんぐりがまだ子供の頃の記憶なので多少の記憶違いがあるかも知れませんが
ご容赦頂ければ幸いです。
  
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 この日、何の前触れもなく突然ヤツは帰って来ました。

 名前は、アカ。(実家で飼われている生き物たちは皆、毛の色で名前を決められていました)
赤毛のアンからとったと言ってますが、父が付けた名前なので、
そこまでは考えてはいなかったと思います。
 単に全身が赤レンガのような赤だったので命名されたようです。
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 おう、やっとわが家が見えてきた。
みんな、おいらの帰りをどれほど待ちのぞんでいるやら、
きっと、みんなで代わる代わる、おいらを抱きしめながら、
『もうどこへも行くんじゃないよ死ぬほど心配したんだからね。』って
オイオイ泣いてくれるかもしれない。
 おいら想像しただけで涙が溢れてきちまったヨ。
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 しかし、このアカの風貌からして誰が抱きしめたがるでしょう。
 体中には、ひっつきむし(名前は知りませんが植物の一種)をくっ付け、
顔はキズだらけ、さらに一部は化膿したように膿が出ていました。
 おまけにかさぶたになった部分は、一部が剥がれかかり、簾のように目を覆っていました。
 無理に剥がせば痛いので、目の前にヒラヒラと吊るしたまま帰って来たのでしょう。
肉球にいたっては、泥んこがこびりつき、ひっからびた鼻汁が鼻の穴を一部覆い
息をするたび、ッ―ピーツーピーと、鼻の穴から出たり入ったりしていました。

 爪からは出血し、シッポの毛は一部抜け落ちていて、体からは悪臭が漂っていました。
明らかにケンカ負けしたのは確かです。
     
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 きっと母ちゃんは、(どんぐりの母親)おいらを抱きしめながら
『アカいっぱいお食べ、これはコロの分に取って置いたイワシの煮つけだけど、
 コロには後で同じように煮て上げるから、あんたが先に食べてもいいよ』ってな(うふッ)
      
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 でも、喜び勇んで帰ったアカですが、わが家に近づくにつれ
まったく想像してない状況を目にする事になります。 
 
 ※大変申し訳ございません。
まだ体調が万全でない為、続きは後日投稿させて頂きます。  


       

それぞれの役割

2023年05月18日 | 日記
 当時、田舎では犬やネコを飼っている農家が多くありました。
どんぐりの実家でも数匹のネコと一匹の犬、そしてニワトリを飼っていました。
 それぞれに、きちんとした役割が有り、犬は番犬として、ネコはネズミ捕りのお仕事を、
そしてニワトリは家族の栄養源となる卵を毎日せっせと生んでおりました。

 今回は、当時、実家で飼っていた飼い犬(コロ)の事について少し書いていきたいと思います。
コロの家は、玄関の横に別宅(通称犬小屋)として建てられており、入り口には『コロ』と
明記された表札が取り付けられていました。
 冬になれば防寒用として、家族の匂いがタップリ染みついた古毛布を何枚も入れてもらい、
嬉しそうに、フガフガ言いながら古毛布に鼻を押しつけていました。
 夏は、やぶ蚊が多く出る為、庭先に缶入りの蚊取り線香を焚いてもらい、煙が立ち込めても
気にするでもなく、夜風にあたりながら涼しそうに外で寝ていました。
とは言っても、そこは番犬、一度、物音の気配を感じると、夜中だろうがなんだろうが
迫力ある声で侵入者を威嚇し家族に異変を知らせていました。
 時折、家族からは『うるさいよ!!』っと怒鳴られても、めげるでもなく、いじけるでもなく、
ただひたすら番犬としての忠義を貫いておりました。
 昔の犬は、ペットと言う感覚はなく、あくまでも家を守る番犬として飼われていたと思います。

 その後も、番犬として何代も続いておりましたが、どんぐりが実家を離れた頃には
ペットして家の中で大切に飼われるようになり、食事も缶詰やドックフードに変わっていきました。
 コロの時代は、家族の残り物に味噌汁をかけただけの粗末なご飯でしたが、喜んで食べていました。
その分、色々な病気にかかる割合も多かったと思います。
 昔と違い、現代はペット用のご飯も多く販売されており、また犬猫病院が増えたことで、
病気の早期発見で健康寿命も長くなりました。
 それに伴い寿命が長くなった分、痴ほうと言う病気にもなりやすくなった気がします。
                                               
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  次回は、同じように実家で飼われていたネコについて書いてみたいと思います。