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吾輩の最初の主人(現主人の息子)が筑波の独身寮にいた頃、昼間は吾輩ひとりでお留守番だった。TVは消されていて、ただぼぉ~っとしていた。夜だってTVは殆ど視ない。せいぜい日曜夜7:30~「ダーウィンがきた(生きもの新伝説)」を視るくらいだった。
現在の主人夫婦に養猫にきて、吾輩の視野(興味)はかなり広がった。TVもよく視るようになった。細君はあまり視ないが、主人は結構!幅広く視ていて、時々「シマも一緒に視よ!」と無理やり・・・。そのお蔭で人間界の勉強にはなっているが・・・。
主人が若かった頃は「明治は遠くなりにけり」、そして今は大正を飛ばし「昭和も遠くなりにけり」。昭和は大戦を境に大きく分れるが、その境目を生き抜いてきた人々がいま老境を迎えつつある。それが五木寛之であり黒柳徹子でもある。
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なお未完の五木寛之「青春の門」
髪はぼさぼさ、風呂にもろくに入らず、半世紀も前の服を丁寧に着ている。それがまた若かりし頃(上中)と変わらずニクイほど清潔感を漂わせる。未だ「青春の門」を執筆するほか、TV・ラジオで語る人生論がまた心によく届くのだ、世代を問わず・・・。
この歳になって漸く語り始めたこと
中学生時代を満州で送った五木寛之が、この歳で初めて戦時下の思い出を語った。敗戦直後の満州、日本軍は民間人に敗戦を知らせず引揚げ始める中、ロシア兵が五木家を襲う。母親は病で床に臥せ、五木と父親は銃を突き付けられ素裸で壁際に立ちつくす。
不思議なほど淡々と語る
ロシア兵は母親の布団を剥ぐ。痩せ衰えた母はその時、口から血を吐く。激怒したロシア兵は布団ごと母親を庭に放り投げる。父親も五木も何も出来ぬままただ立ちつくす。この歳になって漸く語り始めた五木だが、不思議なほど淡々と語る姿が逆に鬼気迫る。
遺髪はガンジスに
やがて五木はインドへの旅に出る。母親の遺骨を持ち帰ることができなかった彼は、代りに持ち帰った遺髪をガンジス河に流す(上右)。やはり淡々とした様子ながら、はらり舞いとぶ遺髪に一瞬、彼の手のひらが震えたような気がしてならなかった。
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トットてれび
朝ドラ「とと姉ちゃん」ではない。日曜夜8痔~「トットてれび」である。「若い季節」「夢で逢いましょう」が録画ではなくまだ生放送だった時代のNHK。黒柳徹子、森繁久彌、渥美清、向田邦子、坂本九、沢村貞子ら昭和の大スターが続々登場する。
みんな・・・はまってる!
若い人は知らないだろう(吾輩も若いが・・・)。晩年の彼らは兎も角、「若い季節」「夢で逢いましょう」が放送されたのは半世紀も前なのだから。それにしても黒柳徹子を演じる満島ひかり(上左)、向田邦子のミムラ(上右)、渥美清の中村獅童・・・はまってる!
黒柳徹子・・・いつまで生きる!?
黒柳徹子を見ていると、「いったい いつまで生きはりますんかいなぁ?」と言いたくなる。かつて彼女が空飛ぶ絨毯に乗って駆け巡る魔女を演じるTV番組があった(たぶん30~40年前)。もしかして彼女、伝説ではなくホント~に本当の魔女かも。
向田邦子・・・いつまでも生きてほしかった!
向田邦子は女優さんをはれるカッコいいライターだ。ミムラがこんなにピッタリ似合うのに、主人は嬉しくてたまらんようである。その一方で、向田さんが生きていれば、もっともっと素晴らしい作品にお目にかかれたのに・・・との悔しさを隠しきれない。
※ 吾輩も・・・52「向田邦子さんのマミオ」
http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/8f4a5c93e547ace49a2f64e0ec62b4fe
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草々の名は知らぬらし花の名は知らぬらし花の咲く々々 (上から詠んでも下から詠んでも)
梅の実の緑の香りが清々しい。梅酒なども飲んでみたい気になるが、やめておこう。「ヤマボウシ」の白い花に少しきゅん!ときた。 主人「山の帽子かぁ、なるほどぉ~」 細君「山法師よ、アホ!」。 主人、いつまでたっても花の名が覚えられん。
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吾輩も猫である~40 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/58089c94db4126a1a491cd041749d5d4
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新入社員として職場に私が足を踏み入れた頃には「遂に40年代がやってきた!」と言われたものでした。
最近では、パート先の新入社員さん達は「平成!」時代の流れを嫌でも思い知らされます(笑)
私の長男は昭和の一番最後の年生まれで 同級生となる子らは昭和63年昭和64年平成元年が混ざった学年です。次男はドップリ平成生まれ・・・。
子供達も長男達と次男達では何となく時代の違いを感じます。
淡々と語る五木寛之の話を鳥肌が立つ思いで読ませて頂きました。何と悲しい話でしょう・・・。
黒柳徹子さん!いつまでもお若くてお元気でお茶目でいらっしゃいますね。きっと、いつまでも生きはると思います。
花の名前・・・私もあんまり覚えられません。庭に沢山のお花が咲いていますが名前を覚えているのは半分くらいかも(汗)
初めのうちは見ることができたのですが
ここしばらく見逃しています。
番組最後のミュージカル仕立てを
もう少し長くみたいです。
向田邦子さんの著書は好きで何冊か読みましたが
五木寛之さんは未読です。(^^ゞ
凄惨な戦後を体験されていらっしゃったのですね。
初めて知りました。
坂本九は永遠に歳をとりませんね。
そういえば、坂本スミ子という人も居ましたね。お化粧しない方が綺麗で可愛いですね。
あ~懐かしかった~!
わたしも山帽子思いそうです
コメントありがとうございました
> まだ昭和だった頃 新入社員として職場に私が足を踏み入れた頃には
> 「遂に40年代がやってきた!」と言われたものでした。
一瞬・・・1940年代? と思いました
昭和40年代のお生まれ!!
「新人類」世代でいらっしゃるのですよねぇ・・・
> 最近は・・・新入社員さん達は「平成!」時代の流れを嫌でも思い知されます
昭和生まれも 最早・・・平静!?でいられなくなりました
そのためにも 平成の世が昭和より更に長くつづいてほしいと思います。
> 長男は昭和の一番最後の年生まれで
> 同級生となる子らは昭和63~64年、平成元年が混ざった学年です。
ご長男さんでも 愚息より一回り以上!お若いのですねぇ
今!我が身に「老兵は・・・」の言葉が浮かんでまいりました
> 次男はドップリ平成生まれ・・・。
> 子供達も長男達と次男達では何となく時代の違いを感じます。
日本独特の元号ながら・・・仰るとおり「何となく時代」感を滲ませますね
> 淡々と語る五木寛之の話を 鳥肌が立つ思いで読ませて頂きました。
> 何と悲しい話でしょう・・・。
御遺髪を大切にしまっていらっしゃったのですから、
片時もお忘れにならなかったことと思います。
しかしそれでもなお70年を経て漸く告げられた事実・・・まことに心が痛みます。
ガンジスに行かれることになり、俄かに思い立たれたのかもしれません。
戦後は・・・幾とせ経ようと そうそう容易に終わる!ものではありますまい。
> 黒柳徹子さん!いつまでもお若くてお元気でお茶目でいらっしゃいますね。
> きっと、いつまでも生きはると思います。
ほんとうに・・・
ユニセフの活動はじめ素晴らしいご活躍をされています。
「百歳みんな百円募金」できるよう お元気に長生きしていただきたいですね。
> 花の名前・・・私もあんまり覚えられません。
いえいえ やっぱりSORAさんはよくご存知です
遊花人さんの淡々とした花への思い・・・に学び
私も もっともっと力を入れて花を愛でたいとおもいます
コメントありがとうございました
> 昭和の匂いがする「トットてれび」ですね。
> 初めのうちは見ることができたのですが
ここしばらく見逃しています。
4回まで終わりました(半分の2回視ました)
面白い! と言うより 懐かしい!です。
仰るとおり 昭和が匂います。
そして九ちゃん、八大さん、渥美さん・・・みなさんあちらの世界にわたられてしまい
昭和の一コマ、一コマを 切なく・・・思います。
> 番組最後のミュージカル仕立てをもう少し長くみたいです。
「光子の窓」「シャボン玉ホリディ」と同様 ミュージカル風バラエティ・・・
長く視すぎないのが ちょうどいいかも・・・(笑)
「シャボン玉ホリディ」を
https://www.youtube.com/watch?v=QMQnvIg9UJQ
> 向田邦子さんの著書は好きで何冊か読みましたが 五木寛之さんは未読です。
> 凄惨な戦後を体験されていらっしゃったのですね。初めて知りました。
向田邦子さんの大抵の書を読みました。
彼女の描いたドラマもたくさん視ました。
隅々まで心配りとセンスの良さがあふれる作品ですね。
五木さんの作品は 向田さんとはかなり趣が異なります。
作品以上に 私は 五木さんの「語り」にひかれます。
告白されたこと・・・長く胸に秘めていらっしゃる間に
五木さんの体内で或る種の化学反応をおこされたのかもしれません。
穏やかなお顔に 胸がいっぱいになりました。
五木さんの作品に「青年は荒野をめざす」があります。
かつてフォークルが同名の歌を歌っていました。
「せいねんは・・・」ではなく、「せぇねんは・・・」と歌うのが妙に印象的な歌です。
コメントありがとうございます
> 見てました、みてました。まほうのじゅうたん。
> ああいう画像も残ってるといいですね。
それが・・・残ってるんですよ!
ところでコンちゃん、おいくつでいらっしゃいますか?(笑)
http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010083_00000
> 坂本九は永遠に歳をとりませんね。
> 坂本スミ子という人も居ましたね。お化粧しない方が綺麗で可愛いですね。
坂本スミ子さん、ご健在です
黒柳徹子さんと同系のDNAかもしれません。
但し 黒柳さんはお顔をかなり厚く加工なさっていらっしゃるような・・・
> わたしも山帽子 思いそうです
でしょ!?
安心しました(私とコンちゃん、同系のDNAかも・・・)
早速見たけど、ちょっと違うんだなぁ~?
黒柳徹子が本当に魔法のじゅうたんに乗って、実際の中学校の上とか飛んで、見下ろす場面があるんだけど
若すぎたかなぁ~?
平成生まれじゃないんだけどなぁ~?
まだギリギリ40代(四捨五入禁止w)の僕は、昭和の時代が懐かしく思え
今はもう手元にない幼少期のアルバム写真を思い浮かべ、あの頃のあの場所へ戻りたいなぁって思う事があります^ ^
トットてれび・・・かすかに覚えてるのは、頭の中にお菓子が隠してあり出し入れ自由な髪型ではなかった様な^ ^
坂本九さん・・・小学生時代に「日立のククレット」のCMで歌っていたのを覚えていて、その何年か後中学時代体育の授業で「レットキス」を踊った覚えがあります。
日航機墜落事故で亡くなってしまいましたが、多くの人の心の中で彼は生きてますよね^ ^
山法師、今が見頃ですね^ ^
木漏れ日に透き通る山法師を毎年虫眼鏡で下から狙い撮ってます。
山法師の花言葉 「友情」
良く花水木と間違われますが^ ^花びらの形で判別が付きます。
尖った花びらのヤマボウシ
丸い花びらのハナミズキ
デ某さん^ ^懐かしさをありがとうございます
6月も宜しくお願い致します。
学生時代、五木さんにハマってました。
あの頃はすごい人気でしたね。
原始共産制とかデラシネとかいう言葉を知ったのも五木さんの小説で。
資本主義より共産主義のほうがいいと、
父と大口論したのを思い出しました。
金沢にも憧れて何度も行きましたよ。
お母さんのことに触れないで来られたのは
人目に晒したくない=愛情 では。
そんな五木さんがロシア文学科へ進んだというのも不思議ですね。
戦争は憎むけど人は憎まず、ということかな。
再コメントありがとうございました
> 早速見たけど、ちょっと違うんだなぁ~?
> 黒柳徹子が本当に魔法のじゅうたんに乗って中学校の上とか飛んで、見下ろす場面が・・・
そうでした!そうでした!
そのYou tube.だと思ってろくに見ないでリンクを貼ってしまいました。
かつて You tube. にUPされた動画は 著作権・・・で削除されたんですね。