信濃毎日新聞(信毎Web)2021年5月23日付社説
「東京五輪・パラ大会 政府は中止を決断せよ」
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021052300093
不安と緊張が覆う祭典を、ことほぐ気にはなれない。
新型コロナウイルスの変異株が広がる。
緊急事態宣言は10都道府県に、まん延防止等重点措置も8県に発令されている。
病床が不足し、適切な治療を受けられずに亡くなる人が後を絶たない。
医療従事者に過重な負担がかかり、経済的に追い詰められて自ら命を絶つ人がいる。
7月23日の五輪開幕までに、感染状況が落ち着いたとしても、
持てる資源は次の波への備えに充てなければならない。
東京五輪・パラリンピックの両大会は中止すべきだ。
■崩壊する医療体制
今年1月以降、緊急事態宣言が出た14都道府県で、
療養中や入院待機中に死亡した人は少なくとも78人に上る――。
共同通信が今月17日時点の状況を集計した。
12日現在の自宅療養者は全国で3万4537人を数える。
医療機関以外で亡くなる事例を、政府は把握しきれていない。
医療体制の逼迫(ひっぱく)は、
8割を占める民間病院が感染者を受け入れないからだ、と指摘される。
それは国が医療費の抑制を目的に政策誘導し、感染症の指定病院や病床を減らしてきた結果だ。
民間の医療機関と役割を分担し自宅療養から入院まで、
容体の変化に即応できる態勢構築に、急ぎ取り組まなくてはならない。
ワクチン接種の足取りは鈍い。
予防効果が高まるとされる「集団免疫」の獲得はおろか、
開幕の時期までに高齢者への接種を終えるめども立っていない。
この状況で政府は、五輪・パラのコロナ対策を打ち出した。
選手の健康状態や行動履歴を管理する「保健衛生支援拠点」を都内に設置。
選手村には、24時間運営の発熱外来、検査機関を置く。
1万5千人の選手には毎日、8万人近くを見込む大会関係者にも定期的に検査を実施する。
両大会を通じて延べ7千人の医療従事者を確保し、30カ所の大会指定病院も整備するという。
■開く意義はどこに
国際オリンピック委員会(IOC)は6日、
米国のファイザー製ワクチンが、各国の選手団に無償提供されると発表した。
菅義偉政権は地域医療への影響を否定するけれど、
医療従事者を集められるなら、不足する地域に派遣すべきではないのか。
検査も満足に受けられない国民が「五輪選手は特権階級なのか」と、憤るのも無理はない。
東京大会組織委員会などは既に海外からの観客の受け入れを断念した。
選手との交流事業や事前合宿を諦めた自治体も多い。
各国から集う人々が互いに理解を深め、平和推進に貢献する五輪の意義はしぼみつつある。
感染対策の確認を兼ねた各競技のテスト大会は、
無観客だったり海外選手が出場しなかったりと、本番を想定したとは言い難い。
五輪予選への選手団派遣を見送った国もある。
「公平な大会にならない」と訴える選手がいる。
「厳しい状況だからこそ、人々をつなぐ大会には意味がある」
とIOC委員は言う。
海外でも高まる五輪懐疑論を打ち消そうとするのは、
収入の7割を占める巨額の放送権料が懸かっているから、と見る向きは強い。
責任や求心力の低下を避けるためか、
菅政権も政治の都合を最優先し、開催に突き進む。
日本側から中止を求めれば、IOCやスポンサー企業から賠償を要求される可能性があるとも言われる。
■分断生じる恐れも
コンパクト五輪、復興五輪、完全な形での開催、
人類が新型コロナに打ち勝った証し…。
安倍晋三前首相と菅首相らが強調してきたフレーズは、いずれもかけ声倒れに終わっている。
「国民みんなの五輪」をうたいながら、
当初の倍以上に膨らんだ1兆6440億円の開催費用の詳細を伏せている。
大会に伴うインフラ整備が、人口減少社会を迎える国の首都構想に、どう生きるのかもはっきりしない。
組織委の森喜朗前会長の女性蔑視発言に、国内外の猛烈な批判が集中した。
東京大会の、あるいは五輪自体がはらむ数々のゆがみへの不信が凝縮したのだろう。
菅首相は大会を「世界の団結の象徴」とする、別の“理念”を持ち出した。
何のための、誰のための大会かが見えない。
反対の世論は収まらず、賛否は選手間でも割れている。
開催に踏み切れば、分断を招きかねない。
再延期には、他の国際大会との日程調整に加え、
競技会場や選手村、スタッフの確保など、さまざまな困難が伴い、
費用もさらにかさむ。
何より、再延期して安全に開ける確証はない。
国会で首相は「IOCは既に開催を決定している」と、人ごとのように述べていた。
感染力の強いインド変異株がアジアで猛威をふるい始めている。
コロナ対応を最優先し、出口戦略を描くこと。
国民の命と暮らしを守る決断が、日本政府に求められる。
「東京五輪・パラ大会 政府は中止を決断せよ」
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021052300093
不安と緊張が覆う祭典を、ことほぐ気にはなれない。
新型コロナウイルスの変異株が広がる。
緊急事態宣言は10都道府県に、まん延防止等重点措置も8県に発令されている。
病床が不足し、適切な治療を受けられずに亡くなる人が後を絶たない。
医療従事者に過重な負担がかかり、経済的に追い詰められて自ら命を絶つ人がいる。
7月23日の五輪開幕までに、感染状況が落ち着いたとしても、
持てる資源は次の波への備えに充てなければならない。
東京五輪・パラリンピックの両大会は中止すべきだ。
■崩壊する医療体制
今年1月以降、緊急事態宣言が出た14都道府県で、
療養中や入院待機中に死亡した人は少なくとも78人に上る――。
共同通信が今月17日時点の状況を集計した。
12日現在の自宅療養者は全国で3万4537人を数える。
医療機関以外で亡くなる事例を、政府は把握しきれていない。
医療体制の逼迫(ひっぱく)は、
8割を占める民間病院が感染者を受け入れないからだ、と指摘される。
それは国が医療費の抑制を目的に政策誘導し、感染症の指定病院や病床を減らしてきた結果だ。
民間の医療機関と役割を分担し自宅療養から入院まで、
容体の変化に即応できる態勢構築に、急ぎ取り組まなくてはならない。
ワクチン接種の足取りは鈍い。
予防効果が高まるとされる「集団免疫」の獲得はおろか、
開幕の時期までに高齢者への接種を終えるめども立っていない。
この状況で政府は、五輪・パラのコロナ対策を打ち出した。
選手の健康状態や行動履歴を管理する「保健衛生支援拠点」を都内に設置。
選手村には、24時間運営の発熱外来、検査機関を置く。
1万5千人の選手には毎日、8万人近くを見込む大会関係者にも定期的に検査を実施する。
両大会を通じて延べ7千人の医療従事者を確保し、30カ所の大会指定病院も整備するという。
■開く意義はどこに
国際オリンピック委員会(IOC)は6日、
米国のファイザー製ワクチンが、各国の選手団に無償提供されると発表した。
菅義偉政権は地域医療への影響を否定するけれど、
医療従事者を集められるなら、不足する地域に派遣すべきではないのか。
検査も満足に受けられない国民が「五輪選手は特権階級なのか」と、憤るのも無理はない。
東京大会組織委員会などは既に海外からの観客の受け入れを断念した。
選手との交流事業や事前合宿を諦めた自治体も多い。
各国から集う人々が互いに理解を深め、平和推進に貢献する五輪の意義はしぼみつつある。
感染対策の確認を兼ねた各競技のテスト大会は、
無観客だったり海外選手が出場しなかったりと、本番を想定したとは言い難い。
五輪予選への選手団派遣を見送った国もある。
「公平な大会にならない」と訴える選手がいる。
「厳しい状況だからこそ、人々をつなぐ大会には意味がある」
とIOC委員は言う。
海外でも高まる五輪懐疑論を打ち消そうとするのは、
収入の7割を占める巨額の放送権料が懸かっているから、と見る向きは強い。
責任や求心力の低下を避けるためか、
菅政権も政治の都合を最優先し、開催に突き進む。
日本側から中止を求めれば、IOCやスポンサー企業から賠償を要求される可能性があるとも言われる。
■分断生じる恐れも
コンパクト五輪、復興五輪、完全な形での開催、
人類が新型コロナに打ち勝った証し…。
安倍晋三前首相と菅首相らが強調してきたフレーズは、いずれもかけ声倒れに終わっている。
「国民みんなの五輪」をうたいながら、
当初の倍以上に膨らんだ1兆6440億円の開催費用の詳細を伏せている。
大会に伴うインフラ整備が、人口減少社会を迎える国の首都構想に、どう生きるのかもはっきりしない。
組織委の森喜朗前会長の女性蔑視発言に、国内外の猛烈な批判が集中した。
東京大会の、あるいは五輪自体がはらむ数々のゆがみへの不信が凝縮したのだろう。
菅首相は大会を「世界の団結の象徴」とする、別の“理念”を持ち出した。
何のための、誰のための大会かが見えない。
反対の世論は収まらず、賛否は選手間でも割れている。
開催に踏み切れば、分断を招きかねない。
再延期には、他の国際大会との日程調整に加え、
競技会場や選手村、スタッフの確保など、さまざまな困難が伴い、
費用もさらにかさむ。
何より、再延期して安全に開ける確証はない。
国会で首相は「IOCは既に開催を決定している」と、人ごとのように述べていた。
感染力の強いインド変異株がアジアで猛威をふるい始めている。
コロナ対応を最優先し、出口戦略を描くこと。
国民の命と暮らしを守る決断が、日本政府に求められる。