サンチョパンサの憂鬱

サンチョパンサの食卓(137)表面下に潜む魅力と悪意を読めるか?

人と対面した時……当然お互いペルソナ(仮面)を被り『イイ人』を演技する。
他愛の無いやり取りでサヨナラするならば、大抵、相手のペルソナの表面下には踏み込まず無難にやり過ごす。

時に調子に乗って地雷を踏むのは相手がペルソナで隠してる『本当のその人』の本質に不用意に踏み込んでしまって逆鱗に触れる?そんな場合である。

その人との関係が、『その後にも続く?』場合はお互いペルソナを剥ぎ取っても『楽』な時である。
偶然そんな関係に出会う時はとてもラッキーで
頗る『相性が良い相手』である。

最近の男の子達を観てると……無防備に相手のペルソナを『その人そのもの』と盲信して悲劇的な誤解をする人間が多い。
一方的に入れ込み、知らず知らずの内に相手の女の支配下に組み込まれてしまうのである。

そういう『女の毒』に免疫が無いことによって始まる悲劇は『我慢が効かないレベル』にまであっという間に進み、散々引きずり回された挙句、ホウホウの体で自分の領域に逃げ帰るというのが大抵のパターンである。

男も女も……無意識に相手を支配しようとするパターンは大抵相手の本質を読み違えている。
と言うより、考察が相手の本質に届いていない。表面的(ペルソナ)な相手の演技をまんま信じ込んでしまうのである。

そんな幼稚な支配と被支配の関係に陥るのは『お互いの精神が未発達』の場合に起こる。
『自分で考え自分で判断する経験』がないのである。
その訓練に入る前に『ママが決めてしまうパターン』で育った為である。

決め付けじゃなく?
ペルソナを駆使する技術は女の方に文句なく軍配が上がる。
その『女の演技の難関』を突破するには?
女によって『イタイ目』あった経験の数以外に男はその能力を鍛える術はない。

そこまで自分を鍛えたら?
分かる事がある。
それは上手く相性が絡む相手は『嘘を付かない』という事である。

どうしても運びにたどたどしさが覗く時は、必ず『相手の嘘が混入している』のである。
従ってそんな関係には、不自然さと違和感が何時までも付いて回るのである。

人間である以上、人は毒と薬の両面を併せ持つ。
ペルソナの下から垣間見える『相手の毒』に対して自分が気付かぬ振りで見過ごせるか?
尻の据わりが悪い違和感なくその毒を『お主も悪よのぉ?』と淡々とやり過ごせるなら二人の関係は続く。

判断の肝は、『お互いが持つ毒』なのである。

自分もその相手に自分の毒を曝け出せるならOKという事である。
男女に限らず人間関係は全て『都合の悪い事実』が表面化した時、その毒性に対してお互いが耐性を発揮できるか?ソレが決め手なのである。

殊に男女関係は減点法で臨めばお互い即、持ち点は無くなる。
加点法で相手とジックリ向き合えるか?
ソレが関係の成否を決めるのだと思う。

『毒性』はその持ち主が自覚的にソレを認知している時、『魅力に転じる』事は多い。

何の工夫も加工もされてないイケメンのビジュアルは会う頻度が増すと共にノッペラな『何の味わいもない』特徴と化す。
逆にブサメンのゴツゴツの顔が、思慮深さが加味されると『渋味』なぁ〜んてモノに変化する。

『人の毒性』に厳しいチェックの視線を向ける人は多い。しかし自分の毒性には無自覚というのが大概の人間のパターンである。
自分に興味を持ち『自分観察』を繰り返す人は
『自分の毒を熟知する』様になる……。

『自分を知らずして』人の判断は出来よう筈もなく、『相手の毒』に対して深い理解と思いやりを示す事なんて出来ない。

自分をさて置き、『相手に過度な期待』を向ける人多く、そんな態度の人間観は相手に手厳しい批判ばかりする様になる。
一重に自分の毒性を知らないのである。

相手の毒性、自分の毒性に相互理解が及ぶ時……素敵な共犯者意識が二人に独自の安心感をもたらすのである。
男女関係に於いて、二人が如何に素晴らしいか?なぁ〜んてカウントしてたら直ぐに持ち点が足らなくなる。

男と女の関係は『如何に素晴らしいか?』を競うものではない。そんなのを数え上げて喜ぶのは精神未成熟な人間ゆえである。
自分の毒を知り相手の毒を知った男と女は『二人の関係は如何に悪くないか?』を誇るのである。


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