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サンチョパンサの憂鬱

昼下がりのサンチョパンサ(2)……醜悪さというもの

様々の経験を重ねるとイヤでも様々の醜悪と出会う事になる……。

欲得ミエミエの醜悪というモノは好ましいモンじゃなかったけれど『分かりやすく』慣れれば難なくかわせる様にもなれた。

権威と権力をかさにきて行われる非道は許し難く激しい怒りを抱くけれどその都度虚しい無力感に帰結する……。
その結果…人が死んでいるというのに?……という無力感は消える事は無いけれど……『持って行き場』も見付からない。

そんなこんなを過ごす内に、徐々に分かってきたのは『僕達大衆』の『善人と被害者の仮面』を被って『凡庸に逃避する罪』が一番醜いメンタルなんじゃね?って事だった。

社会の運営者でありながら端から『プレイヤー放棄』しているスタンス。
それはとても楽であるが……心の何処かに絶えず引け目と後ろめたさを抱え込んでいる。

『大きな声とシンプルな主張』に対して何の疑問もなく同調したり、時には同調圧力の担い手にもなる歪んだメンタル……。

シャーデンフロイデ、ルサンチマン、スパイト行動……そんな負の感情は必ず自らに不幸となって返却される。
その一巡りの単純なメカニズムにさえ気付けない短絡が『大変だ!』をマッチポンプしながら再生産し続ける……。

権力者は?から話し始める姑息、小賢しさはひとえに自らがプレイヤーとしての存在を放棄してる事に起因しているのだと思う様になった。
その『権力者』に権力を与えたのは自分達なんじゃね?……という話なんだけど。

ハンナ・アーレントの言う『凡庸の大罪』というキーワード一つでこの国の『不幸の謎』は紐解けるのである…。

日々僕達は口々に……『自分の不幸』を語りたがるけれど……その原因に『自分のご都合正義』を原因にあげる人は少ない……。
口々にエリアを限定して語られる正義が廻り廻って自分に対してより難儀を運び来るメカニズム……。

僕達名もなき国民が……実のところ一番醜悪なソフィストと化しているんじゃね?……と自虐を込めて……やっと自戒に辿り着いたのだった。
 
そして解った事が一つある。 
それは……『原因を自分に求める』と、とても楽になり……勇気が蘇るという事である
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