カップルを森の中で拉致、残忍な暴行と強姦の末殺害した罪で死刑囚となった若者と、彼からの手紙で支援するきっかけとなった尼僧との物語。
尼僧は犯罪者と被害者家族との狭間に立ち、苦悩の日々を重ねながら上訴の手続きや面会に奔走する。
これはノンフィクションを映画化したもので、死刑制度への問題提起かと思いきやそういう感じではない。
仲間との犯罪の場合、誰が首謀か、罪の重さの度合いと上下も論点となりますが、ショーンペン演じる死刑囚の青年は、仲間の1人が無期懲役なのに対し、自分は死刑だということが納得ならない。集団犯罪あるあるですね。最初は自分はそこにいただけで、誰も殺していないと嘯いていましたが、スーザンサランドン演じる尼僧の真心に触れ、最期の日には涙ながらに罪を認めました。死刑論云々ではなくここがこの物語のテーマなのだと思う。
嘘つきは泥棒の始まりと言いますが、やった事を認めずしらを切ったり、減刑を求めたりするずるさは人としての道から外れるのだと思う。特にあの世に召される前にはきちんと整理して逝けるよう懺悔が求められるのだろう。
被害者家族にとっては、絶対に許せぬ事で、たとえ公開処刑の場にいて犯人の死を見届けても心は晴れることはない。
スーザンサランドンの目力に圧倒。強さと慈しみをこれだけバランス良く出せる女優って貴重です。ショーンペンの犯した罪は、自身の弱さを隠すための強がりからなんだろうな。身の丈にあった生き方を選ばなかった愚かさが招いた地獄。
弟3人と母との最後の面会場面もぐっとくる。すごく自然で笑いのある会話ができる家族なのに、なんであんな残虐な事をと辛くなる。
デッドマンウォーキングとつけたタイトルは、死刑囚が歩いていくぞという意味だそうです。タイトルのインパクトもハンパない映画でした。