むらやわたる57さい

千文字小説の未来について

超IQ研究所 「月星人」抜粋②

2019-03-30 10:39:35 | 小説

 おれは人類で初めて大気圏の外に出た宇宙飛行士だ。地球の上空にはジェット気流があって、ジェット気流の下で偏西風が吹いていて、それがヒマラヤ山脈に当たって、地球が自転している。ジェット気流がなぜ発生するかはさらに上空の、電離層からなんらかの、作用を受けているらしいぐらいのことしかわからない。そして電離層の外に出ると時間が、停止している可能性があった。つまりいちど外へ出てまた地球に戻ると、未来の地球になっているわけだ。しかし無人の月周回衛星は、みかけの時間どおりに地球へ戻ってきた。大気圏の外は、時間が停止してないのだろうか。実はそれまでの、無人衛星の観測記録にすべて不規則性が観測されていた。それは防犯用撮影装置に別な画像を、入力したように、巧妙に記録が入れ替わっている。そして世界各国の宇宙科学者は「大気圏を出た直後に、宇宙人が画像や交信記録を入力して地球に送り返してるようだ」という結論を出す。過去に人間が乗った宇宙船で、大気圏の外に出る試みはいくつかあった。しかし電離層の周回中に、「私はあなたの子孫です。大気圏の外に出ると私が存在できなくなるから引き返してください」と言う声を聞いて全員地球に引き返している。ある学者は「遠隔操作しかできない推進装置に死刑囚を乗せたらどうだろうか」と言ったが、「税金のむだ遣いだ」と反対された。しかしおれが人類最初のそれに選ばれる。おれの宇宙船は電離層を三〇回転した。三〇回目の月に向かってまっすぐだ。宇宙船が周回軌道からそれた。「無重力はどうだね」と言う学者の声が聞こえる。重力があるというよりは、宇宙船が、動いている気配がないみたいだ。速度計は表示されているだけで変化がない。学者の「成功だ」と言う声が、歓声とともに聞こえた。実際と違った幻を見ているのだろう。するとおれに成り代わった宇宙人が、地球に帰還するわけだ。みかけの時間で、一か月ぶんの宇宙食がある。おれはそのひとつを食べた。地球外の、この空間でおれは神と同じだ。ここの一日を、地球の二千年にしよう。そのとき「あなたは神じゃない」と言う声が聞こえて、宇宙船が地球の方向へゆっくりと動き始める。宇宙船は大西洋に着水した。いまおれは西暦二二一七年の、国際刑務所のなかにいる。記録によるとおれは月の裏側で消失したらしい。軌道を逆算して過去に戻る方法が、あるようだがおれはことわった。

  おわり