まして、人間をや!
よく、犬に「お手」などの芸を教えますね。あなたは、その時々に餌を与えますか。
北村氏は餌を与えていません。芸も教えていません。重圧を掛けてもいません。鞭を振るってもいません。また、そもそも「お手」を教えることに意味・意義があるのかな・・・。 犬と人間が快い生活を送れる方法を犬の本性から導き出されています。
やはり! 犬!さえも そうだったー!!
犬が人間の周辺に現れてから長時間経過する内、犬の本性の一つに付け加えられたのは、人間との意思疎通、信頼関係であった。餌を貰える喜び以上の歓びは、お互いに心の関係が築けた貴重な歓び!役に立った受け入れられたとの嬉しさ!、楽しさ!心地よさ!大切さ!などの相乗効果から来る歓びである。
これを人間側が確りと認識すること。
餌で駈らない
人間とて同じだ。金品で釣って子どもを育てては絶対にいけない!! 結局は「脅し」「恐怖」
ーー判断や決断・行動の基準は云うに及ばず思想信条・人間性までが、お金や品物によって決まることになっていく。欧米の影響が大きい「プレゼント」も例外ではない。
そうと気付かないままにそれが習慣付けされ子ども達は成長していく。ーー そして、それが親から子へ、子から孫へと世代間伝達となって、今日に至っている。
今此処に存在している自分自身や、他の人々の人格もそれに由って影響を受け形成されている。 詰り、本来の自分ではない自分、本来の人間ではない人間。本来の人間社会ではない人間社会になっているのである。
考えてみれば・・・、空恐ろしくなって来ませんか・・・
そして疑問に気付いていく・・・ (デカルトの「懐疑」も同じような状況、身辺・社会への疑問から始まっている)
この思惟思索は、プラトン(ソクラテス)『洞窟の比喩』、デカルト『方法序説』の境地に通じる。
この先、全ての真性日本人がこれらの現象に気付いて行くようになる。これも『現生人類ホモ・サピエンス進化完遂』の必須条件【洞窟脱出】でありその出口は真なる世界イデアの入口と直結している。
真なる世界プラトンのイデア界とは神道に謂う≪高天原の上にある界≫である。
詰り、ソクラテスの《ある》
― 神道は純粋哲学である。
教育の基本に位置する「金品等で子供を釣らない」― 直ぐに始めたとしても徹底できるのは未ださきになるだろう。
喫緊の問題は、言うまでもなく支那朝鮮、黒幕ユダヤの外部侵略・内部侵略でありその防衛(専守防衛ではなく現憲法下での先制攻撃可能・・・)である。が、それと並行して教育、特に幼児期からの教育を決して等閑にしてはならない。※ 幼児教育最大の留意事項は、子供たちを『洞窟』に追い込まないこと!
「金品等で子供を駈らない」などなどの幼児教育、これら一つ一つに意識を向け、皆で其々始めよう。
やがて、社会全体で!社会全体に行き渡るよう!実践して行くと共に、真日本人全ての覚醒!が一日も早く能うこと、を願って!
・・①褒めるのではない。②(勿論それだけではありません。犬の場合鞭などで叩き恐怖心を植え付ける。恐怖、それは人間にとっても最大の元凶です)
* 上下関係について、人間と犬の違い。・・・
* 褒めるのではなく、喜びを共有にする。・・・
* 人間にとって<真の人間性を破壊する>元凶である恐怖は、犬にとっても同じである。・・・
・人間は幼少期より、恵まれた自然環境の中で自然な信頼関係が生まれ育まれていくことが大切ですね@@ 犬と違い、人間幼少期において上下関係を強要する必要は全くありません。と云うよりも、上下関係を持ち込んではいけません。家庭でも又集団保育・教育の場でもそうなりがちです。@@導く者と、導かれる者との間に生まれて来る信頼関係、それが最も大事です。
(これは一応日本民族限定です。世界には信頼と謂う概念さえ持ち合わせていない民族以前の民族、人間の姿をした人間以前の生き物もいますのでね)