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私は、米ボストンに住む「韓国人の友」が何人かいる。 彼らは日本統治時代に、ある
年齢まで日本語教育を受けているので日本語ができる。皆85歳以上ながら、朝鮮戦争後、
韓国最高峰のソウル大学を卒業して、学問のため米国留学をした。
去年の夏、85歳で亡くなった「Hさん」は日本の文化、文学をこよなく愛し、日本各地を訪
れ、就眠前はベッドで百人一首を読むことを常としていた。
■挺身隊になれることを楽しみにしていた
Hさん「女子挺身隊とだまして慰安婦にさせたと言っていますが、12、13歳の私たち生徒
は、15歳になるのを楽しみにしていたのですよ」
私「どうしてですか」
Hさん「15歳になれば女子挺身隊に入れるからですよ。だって、戦争末期には、お国のためと、
学校の授業もほとんどなくって雲母を一枚一枚剥がす仕事ばかりさせられていました」
私「何に使うのですか」
Hさん「さぁ、子供ですから考えたこともなく、言われるがまましていましたけど、何でも
飛行機の電気関係とか聞いたことがあります」 「でもですよ、慰安婦にさせられるのでしたら、
私たち(上流階級の子女らが集まった)淑明女学校の女子は、あのように挺身隊に憧れませんよ」
Hさん 「吉田清治って、希代の嘘つきですよ。作り話に乗せられて、済州島では200人余りの
若い女性たちを暴力でトラックに積み込み慰安婦にさせたと書いた日本のA新聞社もどうかしていますよ」
「その記事のせいで(間違った情報が)世界に広まったのでしょう?。そんなことがあったら、
朝鮮の男たちは黙ってみていませんよ」 「特に済州島の男たちは荒いのですから、命をかけて戦います。
A新聞は、大スクープ!と飛びついたのでしょうけど、ジャーナリストたるもの、記事にする前に冷静
に調査しなければいけません。本人の素性も調べていないようですね。ばかげた話です」
「慰安婦は、今の世の中を基準にして考えてはいけません。あの時代は、人権なんてありませんよ。
特に女性は。 日本だって金のため親は娘を売りました。当時は、それが悪ではなかったのです。
村々を回って親から娘を買っていた女衒(ぜげん)は朝鮮人だったのですよ」・・・・
■日本人はなぜ捏造(ねつぞう)を信じたのか
私「女衒は朝鮮人だったのですか」
Hさん「だってそうでしょう。田舎の貧しい朝鮮の親たちは日本語を話せないのですから。
私の母親は一応、両班(特権身分の階級)の出ですが、『女に学問は不要』といった当時の朝鮮です
から、日本語を話せないだけでなく、ハングルの文字も読めませんでした」
「父は小学校から大学まで日本語教育を受けていますし、朝鮮殖産銀行に勤めていましたから
日本人と変わりなく話しました」
吉田氏は韓国に石碑を建て、その前で土下座をし、「許してください」などと謝罪したそうだ。
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