5min2019.7.31
薬師寺克行「今月の外交ニュースの読み方」
対立を煽るSNS時代の外交─日韓関係は暴走の連鎖
薬師寺克行
Text by Katsuyuki Yakushiji
悪化の一途をたどるように見える日韓関係。もはや関係修復は望めないのか、なぜ両国は歩み寄れないのか──朝日新聞元政治部長の薬師寺克行氏が解説する。
悪循環に陥った日韓関係
国と国との間に大きな問題が起きたことを受けて両国政府のトップや閣僚らが連日のように非難合戦を始めたらどうなるか。
売り言葉に買い言葉の応酬がマスコミやネットで拡散し、それぞれの国民のナショナリズムが煽られ反感や憎しみが増幅されていく。その結果、政府は外交的解決のための柔軟な対応が取れなくなってしまい、問題の解決がさらに困難になってしまう。この悪循環が今、日韓の間で起きている。
昨年10月、韓国の大法院が出した徴用工判決以後、日韓関係は様々な問題が起きたが、何の進展もなく膠着状態が続いていた。それが一気に悪化したきっかけが日本政府が打ち出した韓国に対する輸出規制だった。
半導体の原材料3品目の韓国への輸出を厳しく管理するなどというのだ。半導体は今や韓国経済を支えている大きな柱だが、品目によってはその原材料の9割が日本からの輸入だった。当然、韓国は「判決への報復措置だ」と激しく反発した。ここから相手が何か発信すると、それにいちいち反論するという、大人げない応酬が始まった。
ツイッターを通して批判
日本政府で主に反論役を担っているのは世耕経済産業大臣だ。参院選中も自らのツイッターで積極的な発信を続けている。貿易政策や輸出管理問題は専門的知識が必要で一般の国民にはなじみが薄くわかりにくい。できるだけ平易な言葉で説明し理解を求めているところは評価できるが、同時に韓国側の反論を徹底的に批判しているのだ。
例えば、「報道を見ていると、メディアはまだきちんと理解できていないようだ。ホワイト国=友好国ではない。相手国内で輸出管理が厳格に行われているかがポイント。日本にとって重要な友好国であるインドもホワイト国ではない」「軍事品転用可能な技術輸出に関して実効性ある管理を求める国際合意が7つある。
合意順守に必要な見直しを不断に行うことは国際社会の一員として義務。今回の措置は義務履行の一環」(いずれも7月3日のツィッター)などは、制度の説明と共に日本の対応の正当性を強調している。
もちろん韓国政府も黙っていない。「信頼が損なわれたというだけで、それ以上の詳細を明らかにしていない」「日本のアクションは韓国のみならず日本を含む世界の産業に悪影響を与える」などと反発した。
すると世耕氏はツィッターで、「韓国の論点とそれに対する私の見解を1対1対応で述べる」として、韓国の主張を項目別にとり上げて「論点①への反論」などと題して、「近年日本から申し入れるも対話がなくなっていた。今回の個別輸出許可を求めることにした製品で、近時韓国関連輸出管理をめぐり不適切な事案が発生」などと反論の書き込みを続けている。
世耕氏の反撃は文在寅大統領にも向けられた。文大統領は「日本は当初、強制徴用をめぐる韓国大法院の判決を措置の理由に挙げた」「両国がともに国際機関の検証を受けて疑惑を解消し結果に従えばいい」と発言した。
世耕氏は矛先を緩めない。「今回の措置は対抗措置ではない」「輸出許可性の運用は各国が責任をもって実効性のある管理を行うことが求められており、国際機関のチェックを受ける性質のものではない」と徹底批判を展開している。
7月24日には世界貿易機関(WTO)の一般理事会が開かれ、この場で韓国は、「日本の規制措置が明白なWTOのルール違反で、国家の安全保障とは関係がない」と主張した。そのうえで韓国は、「日韓が対話で解決することに反対の国は起立してほしい」と発言したがどの国も起立しなかったとして、韓国の主張が指示されたとしている。
すると今度は経済産業省のHPも参戦し次のような見解を公表した。
「そもそも一般理事会は、多数国間の自由貿易について議論を行う場でありWTO以外の国際的な枠組みの下で行われている輸出管理措置を議論することはなじみません」
「会合終了後、他国の出席者からは、自国の立場を冷静に主張した日本の対応を評価するという声が少なくありません」
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加速する憎しみ合い、暴走の連鎖
外交問題をここまで微に入り際に行って互いに批判し合うことは珍しい。しかもそれが徐々に担当省や閣僚だけでなく、政府全体に広がってきている。
駐日韓国大使に対する河野外相の「無礼」発言は、ネットの世界では随分と「高い評価」を得ている。これは日韓請求権協定に基づく仲裁委員会の設置に韓国側が応じなかったことを受けての河野外相が南官杓(ナム・グァンピョ)駐日韓国大使を外務省に呼び抗議した時の発言だ。
南大使が韓国側の提案を説明しかかると河野外相がそれをさえぎり、「韓国側の提案は全く受け入れられるものではないことは以前にお伝えしている。それを知らないフリをして改めて提案するのは極めて無礼だ」と声を荒げたのだ。わざわざ報道関係者がいる前で意図的に強硬姿勢を演じる必要はないと思うのだが。
一方、韓国では日本通で知られている李洛淵(イ・ナギョン)首相が「もし日本の状況を悪化させるなら、予期せぬ事態につながる恐れがある」と、日本に対する脅しのような発言をしている。
外交問題が生じたときそれを解決するには両国政府の担当者らが、対応を協議し折り合いをつけなければ問題は解決しない。ところが日韓で今、行われているのは閣僚らが記者会見や会議の場、あるいはツイッターなどを使って、威勢よく相手国を非難する姿を見せることばかりである。
それぞれが競い合うようにして、相手側を非難し、国内で喝さいを浴びている。こうした「見せる外交」「演じる外交」は外交の透明性とは無縁であり、だれも落としどころを考えていない暴走の連鎖となっている。
強硬な姿勢を意図的に国民に見せる閣僚らのこうした言動は、当然のことながら国民のナショナリズムを煽る。ネット空間を中心に「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」というネット空間特有の機能も加わって、身内同士がどんどん盛り上がっていく。
その結果、韓国では日本製品の不買運動が拡大したり、日本訪問ツアーの予約キャンセルが集中する一方で新規申し込みが激減している。また日本では右派雑誌などの「反韓」「嫌韓」特集が勢いを増し、韓国批判がマスコミをにぎわしている。
日韓両国の国民が政治家に煽られるような形で、互いを嫌い憎み合い、感情的対立を激化した先にあるのは、想像できないような悲劇である。
日韓の多くの国民が禁輸だと誤解
実は、世耕氏や経済産業省も繰り返し強調していることだが今回の日本の対応は、韓国に一切輸出をしないという「禁輸措置」ではないということである。
世耕氏が繰り返し強調しているように、今回は韓国との間の信頼関係が損なわれたので、一つは韓国を「ホワイト国」という優遇措置を外すこと。もう一つは半導体の原材料をこれまでの「包括輸出許可」から「個別輸出許可」に見直す。この2つの措置をとったのであり、韓国に輸出しないということではない。
これらの措置が取られると、具体的には輸出業者は韓国の輸出相手企業から最終用途についての誓約書などを取り寄せる。そのうえで経済産業省が個別に輸出許可申請の内容を審査する。そして、軍事転用などの恐れがなければ輸出が許可されるという手続きを経なければならない。従来よりも時間はかかることになるが、輸出後の扱いなどに問題がないと判断されれば、韓国への輸出は行われるのである。
確かにこれまでより時間がかかるだけでなく輸出量も減るかもしれない。しかし、数ヵ月後には今回対象になった半導体の原材料が韓国に輸出される可能性はある。ところが閣僚らが激しい応酬の中で、日韓の少なからぬ国民は日本からの輸出がストップすると受け止めている。
そんな空気の中で輸出が再開されたらどうなるのであろうか。韓国側は自分たちの日本批判が成果を生んだ勝利であり、日本が敗北したことを認めたと騒ぐであろう。一方の日本では、輸出した企業、さらには輸出を認めた経済産業省に対し、妥協したなどという非難の声が高まるかもしれない。
貿易や輸出の管理制度に精通した人たちが、制度の合理的運用の意味を国民に説明しないで対立ばかり煽っていることが結局は自分で自分の首を絞めているのである。表舞台でのこんなお粗末な相互批判は直ちにやめて、落ち着いて交渉や判断ができる環境を取り戻すべきであろう。
PROFILE
薬師寺克行
東洋大学社会学部教授。東京大学文学部卒業後、朝日新聞社入社。主に政治部で国内政治や日本外交を担当。政治部次長、論説委員、月刊誌『論座』編集長、政治部長、編集委員などを経て、現職。著書『現代日本政治史』(有斐閣)、『証言 民主党政権』(講談社)『公明党 創価学会と50年の軌跡』(中公新書)ほか多数。
今月の外交ニュースの読み方
-
対立を煽るSNS時代の外交─日韓関係は暴走の連鎖
- 直接民主主義の誘惑と破壊力─韓国の「国民請願」システム導入から見えること
- #38 徴用工問題―両国世論の熱も冷め、次の段階を創造するときが来た
- #37 韓国を襲う白いモヤ─大気汚染が中国との新たな外交課題に
- #36 北方領土2島返還論者の誤算─「日ソ共同宣言」をめぐる解釈の対立
- #35 「過剰反応」と「無視」が日韓改善の道を閉ざす
- #34 2019年の世界を展望する─戦後体制の揺らぎの年─
- #33 北方領土交渉は安倍首相の現実主義の表れか。ロシアのメリットは?
- #32 サイバー攻撃、ドローン…戦争が「目に見えない」時代に突入した
- #31 トランプ大統領が様変わりさせてしまった「外交の季節」
- #30 「離散家族」という南北の冷酷な現実
- #29 北朝鮮はなぜ「終戦宣言」にこだわるのか?
- #28 米朝合意で小躍りする韓国─核より緊張緩和を歓迎
- #27 型破りの米朝交渉に振り回される世界
- #26 核をめぐる長期戦の幕開け 日本外務省も例外的組織改編へ
- #25 日ロ領土問題がさっぱり動かない理由
- #24 外相の海外出張と専用機
- #23 TPP復帰?トランプ大統領の発言が示す米国の衰退
- #22 2018年、世界はどうなる? 国際政治を占うキーワード
- #21 韓国の“ちぐはぐ”外交──米国と中国のはざまで
- #20 どうなる日中関係?──日ロの二の舞にならぬ戦略を
- #19 「解散・総選挙」への北朝鮮危機“活用”が危険すぎる理由
- #18 日韓関係、過去最悪へ──新たな火種として急浮上した徴用工問題
- #17 「米国抜き」世界経済秩序をリードするのは「日本」になるのか
- #16 「改革」の名のもと力を失いつつある米外交 危機は深化する!
- #15 「国民感情」で慰安婦合意の不履行を正当化はできない
- #14 姿を見せはじめたトランプ外交の本質
- #13 韓国はどこへ行く? 大統領不在で外交は破綻、迷走を続ける隣国
- #12 トランプ登場で焼け太りを! 日本の防衛族が狙う「漁夫の利」
- #11 「アメリカ・ファースト」と「1つの中国論」の衝突で、米中関係はどうなる
- #10 20年前にもあった日ロ「共同経済活動」構想の実現があまりにも困難な理由
- #09 秘書官は「朴槿恵大統領と会ったことはない」と私に語った──「不通」が生み出した韓国の崩壊
- #08 安倍首相の父が語った「北方領土問題を妨害していたのは米国」の真意
- #07 「尖閣」の最前線に立つ海上保安庁の現実は、「海猿」とはまったく違う
- #06 米国議会にもいた! 「共和党のドン」オリン・ハッチ上院議員しだいでTPPは崩壊する
- #05 かつての日本を想起させる夜郎自大な中国の論理を読み解く
- #04 トランプ級の過激発言で知られる大統領を選出したフィリピンは、米中の狭間で揺れている
- #03 ゴールデンウィーク「外遊」の隠された意図は「中国牽制」だ
- #02 「私たちの名字は『党』である」と語る中国メディア
- #01 “国民感情”と“法の支配”のは
物の始まりは・・・朝日!!
すっとぼけてんじゃない。
>>https://courrier.jp/columns/169742/?ate_cookie=1564621473
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