何かが、きっかけになって、急に物事の実態が
よく見え、理解できる様になる、たとえ。
この言葉は、実は聖書の使徒行伝9章18節からの
由来です。
「すると、たちどころにサウロの目から、うろこのようなものが落ちて、元どうり見える様になった」
今日は、パウロ(ヘブル語ではサウロ)の、この経緯をご紹介します。
パウロは、聖書の所々で自己紹介をしています。
「私はタルソ生まれのユダヤ人で、ガマリエル先生の膝元で先祖伝来の律法について、厳しい薫陶を受け、同国人の中で、私と同年輩の多くの者にまさってユダヤ教に精進し、誰よりもはるかに、神に対して熱心な者であった。」
このパウロはキリスト教徒を迫害する切り込み隊長のようでした。
「そして、この道を迫害し、男であれ女であれ、
縛り上げて獄に投じ、彼らを死に至らせた。
この事は、大祭司も長老たち一同も証明する所で
ある。」
パウロは迫害をダマスコ(ローマ・シリア領)へ進出しようと道を急いでいました。
「その時、突然、天から光がさして彼は道に倒れたが、その時、『サウロ、サウロ、なぜ私を迫害
するのか』との声を聞いた。『私は、あなたが迫害しているイエスである。』
サウロは地から起き上がって目を開いたが、何も
見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコへ
連れていった。
ダマスコに主の弟子でアナニヤという人がいた。
イエス様は彼に、「出かけていって、サウロを訪ねなさい。」と言われた。最初にアナニアは躊躇しましたが、主の言葉に従い出かけます。
アナニアは、手をサウロの頭の上において言った
「兄弟サウロよ、あなたが来る途中で現れた主
イエスは、あなたが再び目が見える様になるために、そして聖霊に満たされる為に、私をここに
おつかわしになったのです。」
すると、たちどころに、サウロの目から、うろこのようなものが落ちて、元どうり見える様に
なった。
サウロはダマスコにいる弟子たちと共に数日間過ごしてから、ただちに、諸会堂でイエスの事を宣べ伝え、このイエスこそ神の子である事を説き始めた。
これを聞いた人々は驚いて言った。
「あれはエルサレムで、この名を唱える者達を
苦しめた男ではないか。その上、ここにやって来たのも彼らを縛り上げて、祭司長たちの元に、引っ張って行くためではなかったか」
サウロは、ユダヤにあるキリスト教会には、顔を
知られていなかったが、彼らは
「かつて自分達を迫害した者が、以前には撲滅しようとしていた、その信仰を今は宣べ伝えている
」と聞き、サウロの事で神を誉め称えた。