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シロガネの草子

我が身をたどる姫宮 試作品 其の四


川上拙以 『池畔』

食堂より見える庭は美しく整えられて、部屋の中は新年を迎えるに相応しい縁起物の調度品が置かれておりますので、雅な装束姿の殿下方とお召の着物を着た夫人方が中へ入られますと、誠に絵に描いたような情景になりました。


松本一洋 『鶴亀』

「新年おめでとう」

「おめでとう御座います」

皇嗣殿下は、妃殿下始めお子様方が、テーブルのお席に着かれるのを確認された後、まず始めに、新年恒例の挨拶をされました。殿下の挨拶が終わった後、お隣の席の皇嗣妃殿下と前の席に座っていらっしゃるお子様方が、挨拶を返されました。

ご家族の挨拶が終わった後、緊張した面持ちの男女二人の宮務官が、会津塗の丸盆の上に、白磁器に宮家の家紋を藍で描いた碗や皿に新年用の特別なお料理『お祝先付』を盛り付けた一の膳と二の膳とを、それぞれ皇嗣両殿下の前に置きました。両殿下は柳の木で作られたお箸で、それぞれのお料理を食べる真似・・・・所作をされて、雉肉に酒を入れた雉子酒を少し飲まれました。それが済むと、宮務官が丸盆を下げて、改めて新年に召し上がるお料理を同じく丸盆で盛り付けたお膳を、両殿下の前に置きました。

「頂きます」

既にお子様方の前には、お料理が置かれていましたが、皇嗣両殿下が、『お祝先付』の所作を終えないと、食べられませんから、ご両親の所作をじっと見つめているのでした。儀式が終わってようやく食事を召し上がる事が出来るのです。

その間に若宮、姫宮達はじっと儀式の所作をご覧になられているのですが、宮務官達の動作も同じで、此方はご一家全員の視線を浴びながら料理を盛り付けた丸盆を持って来たり下げたりするのですから、なかなか緊張感が強いのです。妃殿下は最初から終わりまで、キチンと宮務官の所作等に間違いがないかキチンと出来ているか等、当然目を光らせていらっしゃるのです。


山川秀峰 『花簪の女』

そんな清香妃殿下を世間では『鬼婆』『夜叉』『般若』あげくの果てには『丸々婆~~』等々中二病男子の言葉か、と言ってしまいそうな稚拙で酷い暴言が、宮内庁内や皇嗣邸内でも言われているとか、そうでないとか、まことしやかに流されているのです。


岡本神草 『仮面を持てる女』


皇室をよく知らない、又妃殿下のお人柄を把握していない慣れていない職員だと、皇嗣妃殿下に注目されていると感じるだけで、震え上がる心持ちになるのです。


松本一洋 『屠蘇』

それらの酷い言葉の数々は悲しい事に、妃殿下のお耳に入り全てご存じの事です。


しかし自分が、世にもあくどい性悪女であると、思わせておけば、職員も緊張感を持って働いてくれると思い、心の中では相当傷付き堪えていらしても、わざとそんな素振りを見せたりなさっているのでした。

ニッコリ

ズルズル

フフフフ

妃殿下の本当のお人柄をよく知る古くからの職員はそうならずに得なかった妃殿下の心中を察して、本当に難儀なお方だと何時も思っているのです。


織田観湖 『講談社絵本・かぐや姫』


「ご苦労様」と丸盆を下げた時、妃殿下は微笑んでそう仰いましたが、儀式が終わって食堂から出て行く宮務官達は、さぞほっとしたでしょう。

ご一家揃って新年を迎えるのは、久しぶりでしたが、しかし宮殿での新年のお行事が次々ありますので、ほとんど話らしい話もせずに、静かに召し上がります。テーブルには松や花が飾られて、まことに正月らしい華やかな雰囲気です。内心では皇嗣殿下も妃殿下も事に白菊夫人と話をしたいのですが、時がありませんので、仕方のない事です。

「ご馳走様でした」

若竹の宮が、一番に食べ終わってしまいました。御所独自の『菱はなびら』と、飲むと、風邪を引かないという抹茶に小さい梅干しを入れた『お福茶』も飲んでしまわれていました。

「今年はどうでした、美味しかったですか?」

「料理は美味しいけど、花びらと副茶が、慣れない」

妃殿下と若宮がそんな会話を始めました。

「まだまだ慣れないか」

「美味しく作ってあるのよ」

と、皇嗣殿下と撫子の姫宮が、そう言葉を掛けました。夫人はそれを見て、我が家の正月だと穏やかな心で思いながら、柔らかい笑みで若宮方のやり取りを見ているのでした。


上村松園 『桜可里の図』


夫であった根無氏との始めての新年は米国でした。確かに幸福でした。長い年月こうしたいという夢が叶い、愛する人と、二人っきりで、新しい年を迎えた朝・・・・始めての自分自身だけの新年の朝だと、強く思いました。しかし一方でこんなものかと、思う気持ちもあったのです。あれだけ一生来ないのではないかと、思う程の自由、しかも自分で決めた相手、その相手も自分を愛してくれていると、そう感じる幸福観・・・・しかし、何か違和感を感じ始めていました。


谷口富美枝 『支度』

何とも張り合いと緊張感がない、新年。重いものが無くなり楽々となったその一方で、ポッカリと穴の空いた心。あの時はこれが自由なのだと思ったのが、違う事であったのだと、こうして一年を得て、ご家族で新年を迎えた事でハッキリと分かりました。

食事中、口で出さなくとも、暖かいものと、そしてこれから儀式へ向かうという張り詰めた気持ちも伝わる新年の食事や儀式等は夫人が長年経験してきたものでした。

結婚前もその後も、地に付いて歩けない夫を叱咤激励しながら夫人は、地に付けて人生を歩いて行きたいと思っても、夫の方は、その事に関してそれほど重要に考えていない所があり、それは現実一緒に暮らして、ハッと実感として気付く事多々でした。


門井鞠水 『貝合わせ』

あれだけ将来について話し合っても心の違和感を次々に感じながらの新婚生活でした。夫への不満やままならない出来事等、本来生真面目な夫人の心の重みとなり、今までないほどの体調不調へと繋がっていったのです。


久・挿絵

ご一家の食事が終わると、二人の侍女が入ってきました。紺の無地お召を着た松波と山吹色地に格子柄のお召に、鶸色の花柄の帯をお太鼓に結んだ涼風です。二人は丸盆を下げてゆきました。食事を終えて、いよいよ皇居への出発という刻が近付いてきました。ご一家は廊下へと出て行かれました。その時、撫子の姫宮が、

「お姉様、口に何か付いていない?」

「え?大丈夫よ」

「撫子、ハンドバック忘れないようにね」

「あぁそうだわ、バック・・・・」

扮装は歌舞伎みたいだと言われても、お髪は洋髪にお化粧は洋装の時とそう変わりません。しかし車中に乗れば、いつ何時カメラを撮られるか分かりませんから、事に妃殿下や姫宮は相当気を遣うのです。

皇居へ持って行くものは、事前に用意してありますので、見送りの為に一緒に廊下に出ていたご用掛の唐糸が『お持ちしますと』と姫宮のハンドバックを持って来てくれました。夫人は唐糸からバックを受け取りましたが、そのまま妹宮のものを持ったまま、見送りの為に一緒に表の玄関へ歩き始めました。

「お姉様、そんなに気を遣いにならなくとも良いのよ」

「いえ、そんな・・・・もう立場が違うもの。当然よ」

「それよりも皇后様は今年ははどんな色を、御召しにて御出ましにならしゃるかしら」

「さぁ~~~連絡を頂くわけではないから、分からないわ」

「白の御袿であらしゃるかしら。白が最近、お好きさんであらしゃるしね」

「案外、紫かも。紫もお好きさんですもんね」

そんな会話を交わしながら、姉妹仲良く表へと歩いていました。しかし紅梅襲の小袿に真珠とダイヤを散りばめたティアラ姿の撫子の姫宮と、ハンドバックを持つマジョリカお召姿の白菊夫人はまさに、主従そのものでした。


池田輝方 『御代参詣』


まだ万全でない体調のなかでも何かと気を遣う姉の姿に、姫宮はあの時、姉を味方し、結婚を後押しした事を、後悔するのでした。そんな姉宮達の会話を若宮は後ろで聞き耳を立てているのです。


結婚の時に自分の好きなピンクのローブ・モンタントに同じ色の花をあしらった帽子に扇子とハンドバックという皇族らしい装いでの花嫁姿で、上機嫌にニコニコしながら、皇嗣邸を出発した長姉の姿を思い出されずにはいられませんでした。

高畠華宵 『花束』

その装いで、結婚会見をしたのです。皇族の身分をはなれても、皇室の権威は利用して自分達は生きて行く・・・・そう思う人たちは大勢いました。白菊夫人の時の強気な表情と言葉は後々語り草になりました。

(あの時と今の、何ていう落差だなんだろう・・・・)

若宮はそう思いました。姉の姿を見ているとどうしてもこの歌が、思い浮かぶのです。


高畠華宵 『破れ胡蝶』


『勇気一つを友にして』

昔ギリシャのイカロスは ロウで固めた鳥の羽根

両手に持って飛びたった 雲より高くまた遠く

勇気一つを友にして

丘はぐんぐん遠ざかり 下に広がる青い海

両手の羽根を羽ばたかせ 太陽目指し飛んで行く

勇気一つを友にして

赤く燃え立つ太陽に ロウで固めた鳥の羽根

みるみる溶けて 舞い散った 翼奪われイカロスは

堕ちて生命を失った

だけど僕らはイカロスの 鉄の勇気を受け継いで

明日へ向かい飛びたった 僕らは強く生きて行く

勇気一つを友にして


ハーバード・ジェームズ・ドライパー 『イカロスの為の喪歌』

(大姉様には悪いけど、これからの教訓になるな)

そんな事を考えながら、姉宮達の姿を見ていらっしゃるのでした。


松本一洋 『あはれなり』

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