鏑木清方 『娘』
皇嗣妃殿下は大宮様よりの伝来のティアラを、姫宮殿下はお世襲のティアラを身に付けておりましたので、お二方が、ちょっと動かれる度にダイヤモンドが、キラキラと星の如く輝きます。夫人はその美しいティアラという名の芸術品を見つめて、新年早々からこのような高貴な輝きをかつては自分も身に付けていた過去を、思い出さずにはいられませんでした。
「さっ早く参りましょう」
撫子の姫宮が、言いますと妃殿下も
「ええ、皇嗣様達がお待ちになられていますからね」
と夫人の方をご覧になられて、さぁと促すように仰りました。夫人も象牙の扇子を持ってお部屋を出られましたが、夫人の白い髪には琥珀のネックレスに金の台座を付けたバンドーを付けていました・・・・。
菊池契月 『扇子』
華やかな袿袴の装束に、お手には妃殿下は象牙の大扇子、その扇子は檜扇のように全て象牙で作られており、菊や牡丹などの花が蒔絵によって描かれております。
高松宮妃殿下から現皇后様に贈られた御扇子
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一方で姫宮と夫人は親骨と一部は妃殿下と同じく象牙に蒔絵で描かれているのは同じですが、扇面は吉兆の絵が描かれた一般の扇子と変わらない、扇子持たれておりました。
松に鶴図扇子(高松宮妃殿下所用)
そして真っ白い、しとうづを履いているのでした。お支度が整いましたので皇嗣殿下のおられます、お居間にお三方は向かわれます。装束を召されたお二方は衣ずれの音を微かに響かせて、畳廊下を進まれますと、弟宮の若竹の宮が、居間から顔を出されて、恐らく直ぐ近くにいらっしゃる父宮に、
「やっと来たよ」
と仰る声が、聞こえました。さぁ急がなければと、お三方は早足で皇嗣殿下や奥向きの職員のいるお居間へ、『ご機嫌よう』とそれぞれ言われながら中へと入られました。御所風の袿袴に頭には、プラチナとダイヤというオフホワイトのティアラを付けおりますので、若宮から言わせれば、歌舞伎の姫みたいな扮装だと言われていますが、確かに的を得ております。
門井鞠水 『舞踊』
若宮も十六歳におなりになられていました。少し前までは、母宮方のお支度が遅れようなら、父宮のご指示で、お居間からお召し変えの間まで、十分聞こえる程の大声を出されて、催促されるか、直に駆け込んでこられたものでした。
今年は白の長絹のお袴に、院の御所より贈られた大きな菱文の綸子地に蘇芳色の村濃染の小振袖をお召しになられていらっしゃいました。そのお姿は凛々しい御所人形さながらに母宮、姉宮そして夫人をご覧になられて一礼されました。もう背丈は母宮方を追い抜いておられていました。
昨年、夫人が魂が消えるが如くの小声で『誠に恥ずかしながら帰って参りました』とご実家に帰られた時、父宮を始め皆優しく受け入れてくれたのですが、
鏑木清方 『秋の錦』
直にその目で見た弟宮の、夫人に向けたお顔付きは、忘れられないものでした。それは無理もないことでした。どんなに周りが気を配っても嫌な思いをどれ程されたでしょう。
羽石弘志 『講談社絵本・楠木正成』
夫人が結婚する前もその後もそして事実上結婚生活が、終わった後でもさまざま事が耳に入って来たのです。その度に若宮のお心をどれ程波立たせたしょうか。
服部有恒 『小敦盛』
ただ、現在では十五歳離れた姉君の事は、以前よりは、落ち着いたご心境になられていらっしゃいます。根無葛氏と別れるに到る経緯等は夫人自ら、ご自分の言葉で話されました。それはどんな週刊紙や訳の分からない皇室関係のネットの言葉より真実だと若宮殿下は信じる事が出来ました。
母宮や姉宮と同じく、長姉の夫人に対しても一礼された弟宮に夫人は
「恐れいります」
と小言で言われました。
上村松園 『春風』
お居間には奥の職員が男女それぞれ四人、計八人が並んで座っていました。その職員は皇嗣家が、私的に雇っている職員で、云わば影の人間です。皆新年の挨拶をするために集まったのです。女性の職員は皆お召の着物に歌に、歌われた通りの金欄緞子の帯を締めていましたので、座は新年らしくとても華やかです。
小直衣を召された皇嗣殿下、お隣には妃殿下と有職雛の如くに座られた佐義宮皇嗣両殿下のお姿。
高畠華宵 挿絵
妃殿下の横に三人のお子様方・・・・夫人は皇族であるご家族に遠慮されて、職員達と同じ所へ座ろうとしましたが、
「姫宮が、此方に座れたら、私達は縁側まで下がらなくてはなりませんわ」
上村松園 『上臈の図』
と、現在奥向きを取り仕切っている、老女の花吹雪達が、言いますし、まごまご出来ませんので、若宮の一歩後ろに下がってすわりました。
付下お召に有職織の袋帯を占めたを老女の花吹雪が
「ご機嫌よう」
と新年の挨拶をしますと
「ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
と皇嗣殿下を始め、妃殿下、姫宮、若宮、夫人と次々に言われました。それぞれ方々が仰ると、続いて、花吹雪は
「新年御揃い遊ばして、ご機嫌ようならしゃいまする事、おめでとう、かたじけのう、お悦び申し上げまする」
皇嗣殿下は
「ありがとう」
と、返答されました。
「皇嗣さん、君さん、宮さん方々にもご機嫌よう成らせられまして相変りませず、新年おにぎにぎ(お賑やかに・御所言葉)とお揃い遊ばしてお悦び申し上げます」
そのように新年恒例の御所風の挨拶をしました。
「ありがとう、皆も気丈に(元気で・御所言葉)新年のご用ども、ご苦労さん、なお、相変わらず、宜しく、本年もご用を勤めますように」
皇嗣殿下はそう言われて、丁重に頭を下げられました。妃殿下方も同じです。夫人もご自分の扇子を持ち、一段と深く頭を下げられました。
すっと、皆様お立ちになられて、それと同じく、職員も立ち上がり、一人ずつ皇嗣殿下方に「おめでとう御座います」と言い、部屋を出てゆきました。職員が出て行くと、皇嗣殿下を先頭に『新年御祝先付』という新年のお祝いの食事を召し上がる為に皆様、食堂へ向かわれました。
池田輝方 『おさらい』