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シロガネの草子

我が身をたどる姫宮 試作品 その二


三木翠山 『元禄快挙』

白菊夫人が、米国から帰国し、ご実家の皇嗣邸に戻られた時はそれはそれは世間は大騒ぎでした。


松岡映丘

最もそれは新たなる年を迎える現在でも変わりありません。週刊誌やネットでは、夫人の名が出ない日はありません。いわゆる炎上です。


池田輝方 『お七』

あのような騒ぎを引き起こして、良く帰ってきたものだ、その娘を軽々と宮邸に入れて逗留させている、と皇嗣家の評判は又一段と堕ちてしまいました。


松本一洋 『秋の夜長物語』

もう、堕ちるところまで堕ちたのだから、堕ち様もないというのに、それでもまだ堕ちるのですから、返って、主(あるじ)の皇嗣殿下は開き直っておられました。


松本一洋

この数年様々と経験なさって、ある意味怖いもの無しというご心境になられていました。夫人が、こちらに帰られた時にはハッキリと夫の根無葛(ねなし・かつら)氏と離婚すると強く決心しておりました。しかし元内親王の離婚は前例がありませんので、別居という手段を取るしかありませんでした。夫婦としての生活を維持しなければ、法的には離婚という事になります。


松本一洋 『菫摘み』

宮内庁では、民間人となった夫人を皇嗣邸に住まわせるというのは、どうかという意見が出ておりました。それは当然の事です。それは様々なメディアも同意見でした。しかし皇嗣殿下はハッキリと、


「当家に戻ったうえは、誰が何と言おうが、私たち夫婦の娘だ。ましてや心身を病んだ状態なら尚更だろう」


「あんな騒ぎを起こして身勝手な事をしても、それでもたかが数年だ、親バカと言われるだろうが、その前の娘としての年月の方が遥かに長い。一般人になりきれず、だからといって皇族に戻れず“哀れで醜い可愛い„私の娘だ」

しかしそれでも難色を示す宮内庁の若い職員には、


「“黙れ!小僧!„だったらお前が白菊の心を『救えるのか』」

と一喝されました。その後その職員に、

「親と云うものは、出来の良い子は確かに可愛いもんだ。しかし出来の良くない頑固な子でもやはり可愛いんだ。うちの娘はその両方だよ」


そう仰り苦笑いされながら

「ハハハ・・・・だから余計に可愛んだよ」

そう仰りました。しかし内心では、難儀な娘よと思いながらも、騒ぎを引き起こして結婚した頑固な娘を、又こうして世間の非難も、もろともせずに受け入れてくれた父宮の深い慈愛に、白菊夫人はただただ感謝の涙を流すばかりでした。


松本一洋 『砧』



「君様のお支度が整いました」

老女の花吹雪の声に我に帰った白菊夫人は萌黄色の小袿に緋の切袴の袿袴姿になられた母宮の、威厳と品格に満ちた美しい姿をじっと見ました。恐らくこの数年で白いものが増えたであろう髪は全くそれを感じさせないほどに黒々と染められ肩の下まで垂れておりました。


松本一洋 『女人高野』

夫人は常々、あれだけ若々しく美しかった母宮のご容姿を衰えさせた自分は何と罪深いことだろうと思っておりました。しかしそれでもこうして装束姿になられて、儀式に向かわれる母宮の姿は誰が何と言っても、美しくそして神々しいと思うのです。

袿袴になられた後、これからキチンとお化粧(おしまい・御所言葉)をされ、お髪をまとめティアラを身に付けられるのです。

「まぁそんな目をして、ご覧になって、やはりこの姿は米国帰りのあなたから見れば奇異に見えますか?」

娘の白菊がじっと見つめるので、妃殿下はやや皮肉めいた口調で仰いました。その言葉だけでも週刊誌の大見出しが出る言葉です。しかし口調とは裏腹にこうして目の前に不安の種であった娘が、いるのが嬉しいのです。

「おたた様のこのお姿を見ますと、本当にこちらにいるのだなと思うのです。お装束になられた君様はとても美しくて・・・・」

そう言うと、夫人は黒漆に文が散らされた箪笥の側により、引き出しを開けて、蒔絵を施した文筥を取り出しました。この雅な筥には、宮中のお儀式には欠かせない象牙の大扇子が、入っているのです。


貞明皇后ご使用の象牙の扇子

その象牙の大扇子は代々のお世襲品で、前の御代では東宮妃殿下がお持ちになられていたのです。先帝が、御譲位された時に先の東宮妃殿下、元皇后陛下より数々のお世襲品と共に譲り受けられたのでした。

「君様、これで宜しいでしょうか」

妃殿下は支度の為に鏡の前の椅子に座っておりました。

「ありがとう、それでいいのよ、白菊、あなたの物も、撫子のものと一緒に出してしまいなさい」

「私は・・・・もう・・・・扇子を持つ資格はないです」

「そんな分け無いでしょう。例え体調が、良くないと言っても、威儀を正す事は大切ですよ。戻って来たあなたは、佐義宮皇嗣家の長女なのだから」

妃殿下は娘の姿を鏡越しで見ながらそう仰りました。

「おたた様」

撫子の姫宮が、やや難しい口調で声を掛けました。妃殿下は

「分かっています」

と仰り、

「ご免なさいね」

そう一言夫人の方へお顔を向けて仰り、お顔を鏡の正面に向けて、お化粧(おしまい)を始められました。何と無しに気まずい雰囲気になりましたがその時、姫宮の着付けをしていた唐糸が七十路を過ぎた年の功で

「おめでたい新年に皆様方のお姿を拝するのは嬉しい事でございます。お賑やかな、お声を伺いこちらのお屋敷に花が咲いたようでございます」

「ちょとお歳がいっていますけどね」

その唐糸に対して花吹雪が、テンポ良く言いますと、妃殿下も姫宮も夫人も『そうね』と言って笑いになりました。

薄いクリーム地に金糸など光るラメ糸で織られたその名の通り、スペインのマジョリカの陶器の模様を写し取った、マジョリカお召しを着た夫人は落ち着いた色彩ながらも、半襟は蝶を刺繍したのを付け、緑帯びた水色の兵児帯を占めていました。髪が白髪なので、撫子の姫宮たちはもっと濃い色のマジョリカを着たら言いと、進めたのでしたが、こちらで良いと、夫人はそのお召を着て新年の装いとされたのでした。


マジョリカお召

母宮と同じく袿袴姿になられた姫宮も同じく鏡台前の椅子に座られてお化粧を始めました。美容師が、来ていますので老女の花吹雪は呼びに行き、唐糸は支度の後片付けをしました。鏡台は三つありますから、夫人もそこへ座っても良かったのですが、夫人はそうはせずに、母宮方の脱いだ襦袢等を畳んだり唐糸と立ち働いていましたが、丸で侍女のような姿に口には出さなくとも、その場にいるものは、気の毒にと思っているのでした。


鈴木康之 『衣かへ』

流石に皇嗣妃殿下は、

「そんなに無理しなくとも良いのですよ。少しこちらで休みなさい」

姫宮も
「そうよ、お姉様も一緒に髪をセットしてヘアバンドでも付けたらどう」

とんでもないと、夫人はそう言ったのですが、疲れたというのも正直な思いでしたので、母宮の言われた通り素直に椅子に座りました。


堀井香玻 『異端の女』

やがて美容師によってお髪をまとめられてしっかりティアラを身に付けられたお二方は、誠にきらびやかな華やかさと雅なお姿になられました。妃殿下は大宮様のご成婚の際新しく作り直された、波をイメージした第一ティアラ。撫子の姫宮は妃殿下がご成婚の時に、先代の妃殿下より譲り受けられた、七つの真珠を付いたアールデコ風のティアラを付けておりました。


松岡映丘 『みぐしあげ』



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