有機フッ素化合物(PFOS・PFOA)とは?懸念される影響について
PFOSとPFOAは、どちらも「PFAS」と呼ばれる有機フッ素化合物群の一種です。
これらの物質は20世紀半ば以降、多くの製品に使用され、私たちの生活の中で役立ってきました。しかし、徐々に人体や環境に対しての有害性が明らかとなり、近年ではPFAS汚染が「命の問題」として、世界的に取り扱われるようになりました。
PFOSとPFOAは有害性が高い割に国内においての認知度はまだ低く、自身がどのような脅威にさらされているのかを自覚している人は少ないようです。この2つの物質について学ぶ際には、前提として「PFAS」や「有機フッ素化合物」についても、大まかに知っておく必要があるでしょう。
今回はPFASや、その種であるPFOSとPFOAについて解説をしていきます。
目次
- 有機フッ素化合物「PFAS」とは?
- アメリカ(EPA)の規制
- 日本での認知
- 水道水への影響
- さいごに
有機フッ素化合物「PFAS」とは?
有機フッ素化合物は天然にはほとんど存在しない物質で、主に人間によって作り出される化合物です。
この「有機フッ素化合物」という名称は、単独の物質を指す言葉ではなく、有機物質中にフッ素原子が含まれている広範な化合物の総称になります。種類数は定かではありませんが、理論上は膨大な数の種類を作り出すことができます。そして、その中でニュースなどでも多く取り上げられるようになったのが「PFAS」と呼ばれる有機フッ素化合物の一群です。
■PFAS(ピーファス)
perfluoroalkyl substances and polyfluoroalkyl substances
ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物
PFASは、水や油をはじき、熱に強く、薬品にも強い、そして光を吸収しないといった独特の性質を持っており、20世紀半ば以降、世界中で多くの製品に用いられてきました。
・焦げつかないフライパン
・ハンバーガーや揚げ物などを包む包装用品
・撥水加工の衣類(レインウェア、ウィンタースポーツ用品など)
・タッチスクリーンを滑りやすくするためのコーティング
・軍事施設などで使用される泡消火剤(AFFF)
・スキーやスノーボードのコート剤
・歯間フロス
・化粧品(ファンデーションなど)
・シミ防止加工されたマットレス など
PFASの性質である「化学的安定性」は、上記のような用途に利用され、私たちはその恩恵を長い間受けてきました。しかし、この化学的安定性にはデメリットもはらんでおり、近年では世界的にその有害性が問題視されています。
【PFASの人体への有害性】
── 確実性が高い ──
・甲状腺疾患
・血中コレステロール値の上昇(心疾患の原因に)
・肝疾患
・腎臓がん
・精巣がん
・低出生体重(胎児)
・免疫力低下(胎児)
・乳腺発達の遅れ(胎児)
── 確実性が中程度 ──
・炎症性大腸炎(潰瘍性結腸炎)
・乳がん
・妊娠しにくくなる
・妊娠による高血圧/子癇前症(血圧を上げる)
・流産リスクの増加(流産、死産など)
・精子数と運動能力の減少(胎児)
・性的成熟の早期化(胎児)
・肥満(胎児)
“化学的安定性”とはどういうことかというと、外部からの作用に強いことを意味していて、つまりは自然界で分解するのに多くの年月を要するということになります。その理由は、PFASを構成している炭素原子(C)とフッ素原子(F)の結合が、有機化学によって作り出される結合の中で、最も強い結合の一つになっているからだと言われています。
一説によれば、完全に分解されるまでには数千年もかかると言われていて、気の遠くなるような年月を要するということから「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」という代名詞がつけられています。また、この化合物は人体に対しても蓄積性があるため、暴露した場合には体内に溜め込まれることになります。そのため、若いころにPFASに暴露した人は、長期にわたってこの物質の有害性と一緒に生きていくことになるのです[※1]。
PFASは成人よりも子供の方が暴露しやすく、胎児においては臍帯血経由で、乳児においては母乳経由でPFASが受け渡されます。もちろん、それ以降であっても、汚染された水を飲んだり、汚染された食べ物(農作物や水産物など)を食べたり、汚染された大気やほこりを吸ったりすると、PFASを暴露することになります[※2]。
また、PFASの有害性は人間だけではなく、動物(食用・野生)の世界にも及びます。泡消火剤などの使用によって、土壌が汚染され、それが地下水や河川、海も連鎖的に汚染するため、貝類やカニ類、淡水魚はもちろんのこと、食用の豚や鶏、極端な例では北極に生息するホッキョクグマの体内からも、PFASの一種であるPFOS(後述)が検出されています。
PFASは目に見えないという理由からか、多くの人は軽視しがちですが、たとえ少量の暴露であっても深刻な健康被害に繋がる恐れがあるため侮ってはいけません。
ニュースや新聞などの見出しでは「PFAS」という総称でとりあげられる場合もあれば、「PFOS」や「PFOA」といった具体的な名称でとりあげられる場合もあります。
※1. PFASの一種であるPFOSの場合、体内から95%を排出できるまでに約40年かかるといわれています(ただし、暴露が繰り返されれば、その分だけ期間は長引きます)。
※2. PFASは血液、肝臓、腎臓などのタンパク質と結びつきやすい性質をもっており、女性よりも男性で高い数値を示すことが多いと言われています。
PFOS、PFOAとは
PFASと似た名前を持つものとして、「PFOS」と「PFOA」という物質があります。
■PFOS(ピーフォス)
perfluorooctanesulfonic acid
ペルフルオロオクタンスルホン酸
■PFOA(ピーフォア)
perfluorooctanoic acid
ペルフルオロオクタン酸
PFOSとPFOAは、4,730種類以上あると言われるPFASのうち、過去に最も多く使用されてきた物質です。PFASは「パーフルオロアルキル化合物」と「ポリフルオロアルキル化合物」に大別されますが、PFOSとPFOAは前者の「パーフルオロアルキル化合物」に属します。この2つの物質は、炭素原子(C)が長鎖状に8つ並ぶ構造を持っていることから「C8」と呼ばれることもあります。
現在分かっているPFOSとPFOAの人体に対する有害性については、次のような報告がされているようです。
【PFOS】
・胎児に影響を及ぼす(動物実験による報告)
・中程度の急性毒性:消化管に影響を及ぼす(動物実験による報告)
・中程度の急性毒性:肝臓に影響を及ぼす(動物実験による報告)
・中程度の急性毒性:軽度の皮膚刺激(動物実験による報告)
・中程度の急性毒性:眼刺激(動物実験による報告)
【PFOA】
・皮膚に付着した場合 ── 発赤、痛み
・眼に入った場合 ── かすみ眼
・吸い込んだ場合 ── 咳、咽頭痛
・飲み込んだ場合 ── 腹痛、吐き気、嘔吐
・胎児の発生毒性等(動物実験による報告)
また、発がん性については、PFOAが国際がん研究機関(IARC)で「グループ2B」に分類され、「人に対して発がん性がある可能性がある」と評価しています。
日本では、2020年4月に厚生労働省によって、PFOSとPFOAの飲み水の指標である「暫定目標値[※1]」が導入されました。暫定目標値は、PFOS・PFOAの合計で「1リットル当たり50ナノグラム(50ng/L)」[※2]とされています。そして、その翌月である2020年5月には、環境省が同じ値を環境水(河川と地下水)の「指針値」として導入しています。
※1. 体重50kgの人が70年間、毎日2L飲み続けても問題ないとされる値。
※2. 1ng = 1gの10億分の1。
アメリカ(EPA)の規制
PFOSとPFOAのアメリカでの水質管理は、2016年より生涯健康勧告値[※1]という指標が設けられています。日本の暫定目標値(両物質の合計50ng/L)は、この生涯健康勧告値(両物質の合計70ng/L)を参考にして2020年に設定されていますが、現在ではこの暫定目標値に対して、有識者などから「緩すぎるのではないか」との声が上げられています。といいますのも、現在設けられているアメリカの生涯健康勧告値は、2022年に大幅に修正されたものになっており、その値は「PFOS:0.02ng/L」、「PFOA:0.004ng/L」と、限りなくゼロに近い値になっているからです。この大幅な修正は、PFOSやPFOAの人体に対する有害性の高さが、より明らかになってきたことを示唆しています。
さらにアメリカでは2023年3月半ばに、法的拘束力を持つ規制値案(PFOS・PFOA、それぞれ4ng/L以下)[※2]が公表されていて、2023年内には正式に決定される見通しとなっています。規制値案にある「4ng/L」という値に関しては、現実的に調べることができる「検出限界値」を採用しており、PFASに対するアメリカの本気度がうかがえます。
日本でも暫定目標値の大幅な強化を期待したいところですが、関係省庁が進める議論の中では、WHO(世界保健機関)が提案している緩い暫定基準値(100ng/L)が引き合いに出されるなど、PFASに対する対応がアメリカをはじめとした世界各国よりも遅れているようです。
※1. 1日2L、70年飲み続けても健康に影響しないとされる値のこと。
※2. 一見すると生涯健康勧告値の方が、値が低く、厳しく取り締まられているかのように見えますが、これはあくまでも目標値であり「法的拘束力」はありません。それに対して、規制値案では「法的拘束力」を持たせているため、案が決定されれば、両物質に対する取り締まりが以前よりも強化されることになります。
日本での認知
現在のところ、日本での認知は各国での認知と比較すると、それほど高いとは言えません。その理由は、政府や企業などがPFAS汚染に関する情報を積極的に公開することが少ないため、国民に対して情報が十分に届けられていないからと言われています。また、PFASに対する研究がまだ十分に進んでおらず、情報の不足もその一因として挙げられています。
ただし、沖縄県においては、国内で最も多くPFAS汚染の被害を受けているということから、認知というレベルを超えて、個々人の「命の問題」として多くの人々に捉えられています。例えば「嘉手納基地」の近くを流れる河川から高濃度のPFOSが検出され、その推定原因として基地内で使用されてきた泡消火剤(AFFF)が挙げられていることは、多くの沖縄県民にとって深刻な話題として受け止められています。沖縄県は米軍に対して調査のための立ち入りを要求するも今日に至るまでずっと拒否され続けており、確定的な原因を明らかにすることができずにいます。軍事施設周辺のPFAS汚染は、嘉手納基地だけではなく、普天間基地、キャンプハンセンなどでも見られます。
また、沖縄以外にも横田基地(東京都福生市)や、厚木基地(神奈川県大和市)、横須賀基地(神奈川県横須賀市)などの周辺環境、自衛隊施設(48か所)においても汚染が見られます。
PFAS汚染は他にも、産業界からの流出によって引き起こされる場合もあります。例えば、アメリカ企業の3M社やデュポン社の汚染問題は「ダーク・ウォーターズ」という映画で認知している人もいるかもしれません。また、日本において言えば、大阪府摂津市にあるD社の近くを流れる淀川から、高濃度のPFOA汚染が過去に確認されているため、周辺住民の方たちはよくご存じだと思われます。
しかし、PFASの危険性の高さや、汚染エリアが世界的に広まっているという危機的状況の割には、国内の認知度はまだまだ低いと言えるでしょう。
水道水への影響
たとえば、PFASを含む泡消火剤が軍事施設などで漏出した場合、その付近一帯の土壌は汚染され、その汚染が数十年かけて地下にまで到達し、やがて地下水も汚染されることになると考えられています。
また、PFASが工場などから河川に排出された場合も、汚染された河川水が海に流入して海水となり、その海水が蒸発したものが雨水となって地上に降り注ぎ、そして地下水を汚染すると考えられています。
PFASは、こういった水の循環にのって環境を汚染し続けており、その過程では動植物も汚染されるため、肉・魚・野菜といった食べ物も汚染されることになるのです。
また、河川の水や地下水は、私たちが利用している水道の取水源にもなっていますので、水道水もPFASの影響を受けることになります。しかし、各地域に設けられている浄水施設では、粒状活性炭などを使った高度な浄水処理を導入しているため、一定の安全性は保たれているようです。たとえば、大阪市東淀川区にある柴島浄水場では淀川の下流域から取水を行っていますが、水道水に含まれるPFAS濃度は暫定目標値(50ng/L)よりも下回っています。
【柴島浄水場:水道水に含まれるPFAS濃度(2020年)】
・最大値(PFOA):11ng/L
・平均値(PFOA):8ng/L
・最大値(PFOS+PFOA):11ng/L
・平均値(PFOS+PFOA):10 ng/L
大阪市「水道水への影響について」より
https://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000564338.html
ただし、ここでいう「一定の安全性」というのは、あくまでも暫定目標値である「50ng/L」と比較した場合の話であって、この「50ng/L」という目標値をどう評価するかによって、この安全性の高低は変化することになります。
さいごに
私たちは生涯使う水の多くを水道水から得ています。水道水は、浄水場が行う水質管理により一定の安全性が確保されていますが、水道水に対する懸念が完全に払しょくされたとは言い切れません。
水道水をより安心して飲めるようにしたいとお考えの方は、浄水器や整水器の設置を検討しても良いでしょう。これらの機器には、活性炭などによって水道水をろ過する浄水機能があります。ただし、ろ過能力は機器によって異なりますので、「どのような物質をどれくらい除去してくれるのか」をしっかりと見極めたうえで選ぶことがポイントになります。
※以下の記事では「浄水機器の選び方」について詳しく解説しています。
ぜひ参考にしてみて下さい。
【浄水器の効果とは?浄水器を効果的に使うポイントや選び方を解説】
https://www.nihon-trim.co.jp/media/1664/
参考文献
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