The Alan Smithy Band

The band is on a mission.

百人一首名人の憂鬱

2018年02月03日 | ヒデ氏イラストブログ
誰もが経験することだと思うが、やたらと不運が続く日というのがあるものだ。

ひで氏です。

この日は朝から不穏な空気があった。まず手袋を無くしたのだ。バスを降りて手袋をしようとしたら片方ない事に気付いたのだ。
ほんの少し前に買ったばかりの手袋だったのだが、案外すんなりと事実を受け入れた。というのは実はその前の日にコンビニに寄った時に傘立てに挿した傘を忘れていっていたので、なんとなく何かよくないことが始まったのかもしれない、という予感はあったのだ。

そしてその日は1月の後半だったが、百人一首大会の運営の一部を担うという日であった。
朝から不気味な不運のサインを立て続けに感じた上で、その日に普段と違うイベント事が設定されていることにより一層私ひで氏の予感は強まったのだ。

実は珍しく準備は万全にしていた。

大会の中での私の役割は、「集計係」だ。かなりの人数で行われるこの大会の個人と団体の取り札の数を書いた紙をPCに入力していくという作業で、とにかくシンプルにPCだけを持って行って臨めるようにと、完全に充電をして持っていく手はずを整えていた。

いよいよイベントが始まり、PCを持って会場入りした私は、ステージ横の集計場所にPCを一旦おいて会場を練り歩いた。
真冬だというのに会場は相当な熱気で、札が読み上げられる度に細かく分かれた各グループで動きがあり、歓声があがった。

いよいよ集計の段になった時に私はそろそろPCをセットしようとPCのところに行き電源を入れた。

最初に画面にでたのは、カラカラのバッテリーのイラストだった。目を疑った。

なぜだ。昨日充電していたはずなのに。

しかし同時に悟ったような自分もいた。こうなるとわかっていた、という自分だ。
朝のサインはこれだったのだ。不幸は度重なる。むしろ腑に落ちた気がした。

しかし一刻を争う状況だった。なんせ集計票はほぼ集約を終わろうとしている。すぐに入力を開始しなければ、結果発表に間に合わない。
とりあえず、電源アダプターを置いている部屋までダッシュで帰らねばならない。

会場は土足厳禁だったので、下駄箱に靴を置いていた。とりあえずそこまで走った私は、靴をすごい勢いで取り、無造作に足を突っ込んで走り出した。そのままではかかとを踏んだ状態だったので、走りながらなんとか靴を履き切ろうとして、かかとを踏み鳴らすようにして走った。

だが一向に妙なところに引っかかった靴のかかと部分が本来の私のかかとにかかってくれないのである。
仕方なく手を使って直そうとした。右足を曲げて出来るだけ上に延ばし、右手の人差し指で靴のかかと部分に指をひっかけて自分のかかとにひっかけようとしたわけだ。

その瞬間、とんでもない激痛が私の右ふくらはぎを襲った。漫画の擬音にするならば「ピリーーーーッ」という、電気が走ったような、長くもなく短くもなく、また刺すような嫌な種類の痛みだった。

私はこの時三つのアクションを同時にしていたわけである。「前へ進む」「片方の足を曲げる」「手でかかとを触る」。
自分的にはフィギュアスケートのビールマンスピンぐらいのイメージだ。もちろん右足は全然あがっていないのだが。



瞬間的にこれはまずい痛みだというのはわかった。何せもうこの瞬間以降、足を引きずってしか進めなかったし、とにかく感じたことのないような痛みだったのだ。文字通り「ほうほうのてい」で電源ケーブルをなんとか取りにいき、会場に戻ったはいいが、この時点で私は、「全速力で出ていったはずなのに足を引きずって帰ってくる奇妙な男」に変貌していた。

とにかくそんなことよりも集計を早く終えなければという思いだけで、舞台袖で慌てて電源ケーブルをPCにつなげ、PCを立ち上げた。
そして今度画面に表れたのは「Windowsを構成するための準備中...電源を切らないでください」という画面だった。

悪夢とはこのことだ。

つまり、昨日なぜか充電がうまくいっていなかったのもおそらくこれが関係しているのだ、電源を落としたつもりが自動更新が始まり、何らかの理由で更新が終わらず、それによってバッテリーが枯渇していたのだ。さらにいまもなお更新中のため、下手に触れない。

結論から言うと結局他の人のPCを使って集計するなどしてなんとかちょい遅れで集計は済んだのだが、
朝のあの予感から、ここまで来ますか…と笑うしかなかった。そうしている間にも足の痛みは治まるどころかむしろ増しており、一連の不運をあざ笑う笑い声のようなリズムでジンジン ジンジンと私のふくらはぎで熱く波打っていたのである。

百人一首大会も終わったというのに、一向に治まらないこのふくらはぎの痛みの正体を確かめるために私ひで氏は帰り道、足を引きずりながら整形外科の扉をくぐった。名前を呼ばれこれまた足を引きずりながら診察室まで入り、ドクターは私のふくらはぎを入念に診察した。ついた診断は、

肉離れ。

人生で初めての肉離れだった。ま、できるだけ安静にするしかないよというドクターの声が耳の中で徐々にくぐもって行く中で、今一度頭を整理していた。

コンビニに傘を忘れ、手袋をなくし、肉離れを起こし、コンピュータが機嫌を損ね、集計係が集計に失敗したのだ。5つの不幸が矢継ぎ早に舞い降りただけだ。その一つ一つをまた起こった順に思い出した。よくもまあこんなにも重なるものだ。


「…てたん?」



その瞬間、ドクターが自分に何かを聞いていることに気付いた。「え?」と聞き直すと、ドクターは質問を繰り返した。それは医者から患者へのごくごく当然の質問だった。

「いや、何してたん?」


瞬時に自分のビールマンスピンの失敗が脳裏に甦り、耳が紅潮した。この場合の完璧な回答はおそらく「フットサルです」であることもわかっていた。しかし咄嗟にそんな嘘をつくことは出来ず、その代わりの防衛本能とでもいうべきものだろうか、手で口をやや隠すようにして少しせき込みながら言った。

「ひゃ…百人オホン一首です」


ドクター:「え?」


私は腹を括った。「百人一首大会です」


少しの間をおいて「あ…、そうなん」と言っただけで、驚くことにドクターはそれ以上聞いてこなかった。意外過ぎて言葉を失ったか、おそらくは私が日本でも有数の「肉離れを起こしてもおかしくないような体勢も辞さないレベルの、ちぇすとーーー!と札を跳ね上げるような超一流の百人一首プレイヤー」だと思ったのだと思う。



もはや補足するつもりもなかった。ここまで散々不名誉な出来事が続いている中、一日の終わり、最後くらいは一流アクロバット百人一首プレイヤーと思わせたままにしていたとしても懲役刑などにはならないはずだ。


帰り道は特別寒かった。いつもの倍かかるこの足では帰るまでの道のりが永遠のように感じられた。
それでも病院で得た自分自身のポジティブなイメージが影響したのか、はたとある事を思い出し電話を手に取り、すでに電話帳に入っているその番号にかけた。この電話の結果次第では物事は上向いてくるのかもしれない。そう思った。



バス会社のお忘れ物センターには、



もちろん手袋は届いていなかった。














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