スーパーで食べ物を物色していたときのことだ。
ひで氏です。
魚売り場で威勢のいい声が聞こえている。
「さあー今日はぶり!ぶり!活きのいいぶりが今日は大変、大変おもとめやすくなってまーーすぅ!ぶり!ぶり!ぶり!」
スーパー内ではなんらかのテーマソングが鳴っている。そこにこの声が混じって売り場は大変な活気が出る。
しかし、これは録音されたものが再生されている。
誰もが見たことがあると思うが、この手の録音されたセールストークを延々と機械で流すというのは今に始まった商法ではない。凝ったものになると再生機器にセンサーが付いていて無人の時は黙りこくっているのに、自分が横を通った瞬間突如「おっかいどくッ!!」などと大音量で流れて心筋梗塞を起こしそうになったことがある。
同じことを言うだけなら、生身の人間を使って何度も言わせるより機械に一度録音してエンドレス再生すれば一人分の手が空く、ということだろう。
録音された声は疲れを知らない。
常に同じテンションで同じメッセージを発し続ける。だからこそ、録音するときの声の主のテンションは相当なエネルギーだ。当たり前といえば当たり前だがものすごいハイテンションのものが多い。
逆に、「えーと…あー、ぶり。ぶり…やったかな。まぁどっちでもいいか…みんなおんなじようなもんやわ…はーしんど」
みたいなメッセージが延々流れていたらそれはそれですごい。逆に買いたくなる。
とにかく思ったのは「これをレコーディングするときの状況というのはかなりすごい光景だろう」ということだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
都内某所。
小さくはあるが技術に定評のあるレコーディングスタジオに向かう男がいた。
虎魚 海(おこぜ・かい)。42歳。
株式会社トーキングフィッシュ 代表取締役社長。
スーパーの魚売場で流れるセールストークを専門に録音・販売する、今世界が注目する「フィッシュトーク」の第一人者だ。フィッシュトークが違うだけで、その魚売り場の売り上げは激変する。
虎魚が手がける売場は、1日で億単位を稼ぐという。
レコーディングスタジオに入っても、最初の30分は控え室で気持ちを高めるのが虎魚のやり方だ。
「虎魚さん、ご準備できましたらお願いしますー」
スタッフの声がかかり、すっと立ち上がった虎魚はブースへと向かう。
ブースの入り口にはひざまづいて待機しているスタッフ。横には青い紐がついた、白の発泡スチロールの箱。そう、鮮魚を入れるあれだ。スタッフがおもむろに箱を開くと、溢れんばかりの氷に包まれたそいつが顔を覗かせる。
今回の依頼魚、ぶりだ。
尾ひれをしっかりとつかんだ虎魚はブースへ入る。
そしてヘッドフォンをつけ、深呼吸をする。
その空間にいるのはマイクと虎魚とぶりだけだ。コンデンサーマイクと対峙しながら、虎魚が脳内に思い描いているのはカートを押しながら夕食のおかずを物色する主婦の集団と、店内所構わず流れる音楽や競合の生鮮食品店の雄叫びだ。
溶け込みすぎてはいけない。
目立ちすぎてもいけない。
瞬間、目を見開いた虎魚の口から言葉が溢れ出た。
ひで氏です。
魚売り場で威勢のいい声が聞こえている。
「さあー今日はぶり!ぶり!活きのいいぶりが今日は大変、大変おもとめやすくなってまーーすぅ!ぶり!ぶり!ぶり!」
スーパー内ではなんらかのテーマソングが鳴っている。そこにこの声が混じって売り場は大変な活気が出る。
しかし、これは録音されたものが再生されている。
誰もが見たことがあると思うが、この手の録音されたセールストークを延々と機械で流すというのは今に始まった商法ではない。凝ったものになると再生機器にセンサーが付いていて無人の時は黙りこくっているのに、自分が横を通った瞬間突如「おっかいどくッ!!」などと大音量で流れて心筋梗塞を起こしそうになったことがある。
同じことを言うだけなら、生身の人間を使って何度も言わせるより機械に一度録音してエンドレス再生すれば一人分の手が空く、ということだろう。
録音された声は疲れを知らない。
常に同じテンションで同じメッセージを発し続ける。だからこそ、録音するときの声の主のテンションは相当なエネルギーだ。当たり前といえば当たり前だがものすごいハイテンションのものが多い。
逆に、「えーと…あー、ぶり。ぶり…やったかな。まぁどっちでもいいか…みんなおんなじようなもんやわ…はーしんど」
みたいなメッセージが延々流れていたらそれはそれですごい。逆に買いたくなる。
とにかく思ったのは「これをレコーディングするときの状況というのはかなりすごい光景だろう」ということだ。
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都内某所。
小さくはあるが技術に定評のあるレコーディングスタジオに向かう男がいた。
虎魚 海(おこぜ・かい)。42歳。
株式会社トーキングフィッシュ 代表取締役社長。
スーパーの魚売場で流れるセールストークを専門に録音・販売する、今世界が注目する「フィッシュトーク」の第一人者だ。フィッシュトークが違うだけで、その魚売り場の売り上げは激変する。
虎魚が手がける売場は、1日で億単位を稼ぐという。
レコーディングスタジオに入っても、最初の30分は控え室で気持ちを高めるのが虎魚のやり方だ。
「虎魚さん、ご準備できましたらお願いしますー」
スタッフの声がかかり、すっと立ち上がった虎魚はブースへと向かう。
ブースの入り口にはひざまづいて待機しているスタッフ。横には青い紐がついた、白の発泡スチロールの箱。そう、鮮魚を入れるあれだ。スタッフがおもむろに箱を開くと、溢れんばかりの氷に包まれたそいつが顔を覗かせる。
今回の依頼魚、ぶりだ。
尾ひれをしっかりとつかんだ虎魚はブースへ入る。
そしてヘッドフォンをつけ、深呼吸をする。
その空間にいるのはマイクと虎魚とぶりだけだ。コンデンサーマイクと対峙しながら、虎魚が脳内に思い描いているのはカートを押しながら夕食のおかずを物色する主婦の集団と、店内所構わず流れる音楽や競合の生鮮食品店の雄叫びだ。
溶け込みすぎてはいけない。
目立ちすぎてもいけない。
瞬間、目を見開いた虎魚の口から言葉が溢れ出た。
「さぁーーーーーそこの奥さーん!今日はぶりがお買い得!ぶり!ぶり!今夜はぶりできまり!ぶりぶりぶりぶり!たーーいへんお買い得に…」
それはしばらく続いたが、あっけないぐらいすぐに終わった。
ブースから出てくる虎魚。出てくるということは今のがOKテイクであり、すべて終わったということに他ならない。
虎魚に聞いてみた。
「主婦も闘い。時間と財布との。魚コーナーの前を主婦が通り過ぎる時間知ってます?平均18秒。そこで選んでもらわんとあかんのです。僕はその日の魚の目を見て言うこと決めてます。魚がこれ言え、って教えてくれる。主婦の時間を、魚の命をもらって仕事させてもらってる。尊い仕事です。」
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きっとこんなドラマがあるだろうことはたやすく想像できる。
そのときふと気付いたのだ。まさにスーパーの魚屋さんで働いた経験のある友人の存在を。
思い切って久しぶりにコンタクトしてみた。ご無沙汰である、実は聞きたいことがある、スーパーの魚屋で鳴っている録音について、…と事情を説明した。
回答を待ちながら、
私は業界の一番深いところに足を踏み入れてしまったのではないか、もう引き返せないのではないかと不安を感じ始めていた。
すぐに回答がきた。
「他は知らんけどウチはバイトが朝イチで調理場でテレビ見ながら吹き込んでたでー」