見出し画像

あみの3ブログ

中地山城@富山県大山町中地山 令和四年(2022)4月28日

お城検索は→こちら

とやま城郭カードは→こちら


中地山城跡は、北を常願寺川、西を小口川、東を和田川にはさまれた台地上にあります。最高所の標高は380mで台地の西麓には中地山集落があり、往時は城下町の性格を持っていたと考えられます。
 城を築いたのは戦国時代の武将で現在の岐阜県飛騨市神岡町を中心に勢力を伸ばしていた江馬輝盛といわれています。輝盛は越後の上杉氏と親交があり、越中で戦う上杉氏に協力するため永禄年間(1558~1570)に城を築いたようです。、、、現地説明板より


場所は富山県大山町中地山
富山ICからだと国道41号線「下熊野南」交差点から県道68号線(富山外郭環状線)を走り、立体交差する開発交差点から県道43号線(富山上滝立山線)に入ります。「大山寺」まで行くと道は分岐しますが、常願寺川を渡らずそのまま県道43号線を道なりに立山・有峰口方向に進みます。常願寺川を左手に見て進むわけですが、途中にダムがあります。ダムを過ぎると「小口川」を渡り、大きくカーブすると右手の山に登る分岐が現れますが、右手前方向に(まるでUターンするような)側道なので見逃しやすいです。
この側道を山に向かって登ると「中地山集落」に到着します。

自分は「池田城」の帰路に訪れたので反対廻りとなりました。常願寺川の右岸から「有峰口」で川を渡り、左岸の県道67号線に入り、県道43号線を通って中地山に向かう分岐に至りました。富山市内向きでは分岐がハッキリわかりました。



この分岐から数分で中地山集落に到着。



右手に見える「中地山公民館」に車を停めさせてもらいました。
ここには城址案内板や説明板も設置してあります。



公民館からの城址遠景



公民館前から登城口までは案内板に従って進みます。


民家の間を通って突当りの山が登城口


砂防壁と斜面の間に舗装された道があり、なだらかな坂道を登って行きます。



数分で城域に到着。現地説明板があります。





佐伯先生作図、安田城資料館提供資料より



城域メッチャ広いです。
ザックリ言って下段(南側)に外堀
中段に東から「D郭」(馬場・馬屋跡)
内堀が裾野をぐるっと南から東面を取り巻き一部は北東方向にまで伸びている
土橋を渡ると「C郭」(外郭)
山頂に「虎口」伴う「A郭」(主郭)が構え
隣の頂に「B郭」(屋敷跡)
さらに北東に伸びた内堀を挟んで、奥の院というか「E郭」(出丸)が存在する
そんなイメージです。

中地山城跡実測図、、、現地説明板より
カラーなので自分のようなジジィには分かり易い(^^)/



【外堀】
現地説明板の背後にある窪地(南西側)



外堀の中央に半島のように突き出た曲輪



「水場」外堀南東側




【D郭(馬場・馬屋敷)】
西側より遠景


鉄塔が建つ一帯が小高くなっており、曲輪は更に一段高くなっている(写真右側鉄塔、左側が曲輪跡)


D郭削平地



D郭西側から内堀を見下ろす
けっこう高低差があるので内堀の辺りは自然貴兄の谷部を利用しているのかもしれない


D郭南側から見た内堀
底幅が広く平坦に土木工事されている印象、曲輪法面との相互関係も取れている




【C郭(外郭)】
現地説明板から内堀に架かる土橋を渡って北進、城内に入る



土橋から内堀東方向


土橋から内堀西方向


「C郭」削平地


同上段
傾斜地なので居住性はどうだったんでしょか?



C郭から主郭方向




【A郭(主郭)】
C郭から主郭に向かうと巨石がむき出しになった場所がある



もちろん自然配列なのだろうがうまく利用して通路をまげているな?という印象を持った
通路を90℃曲げて主郭に導く
なんだか虎口のような配列に見える



本当の虎口はこちらかな



堀切っぽい



主郭台地



少し掘り下げた空間は何の目的だろう?



主郭東側にある尖山?
見張り台か?



急な斜面をよじ登って見た
てっぺんには平坦面が無く、日本の杉の木が生えていた
でも人一人立っているスペースはあるかも



この、とんがり山の斜面はB郭のある丘との間にある谷部にまで延びで、巨大な切岸を形成している。
主郭側切岸との間に竪堀を施し、B曲輪との行き来はこの斜面の縦土橋を通らせるイメージ
そこを上段から狙い撃ちしようというものでしょうか?



主郭切岸とB郭側



【B郭(屋敷跡)】



B郭土塁



B郭切岸



B郭台地




【E郭(出丸)】
北東方向に伸びる尾根の先端に築かれた曲輪
B郭とは内堀で隔てる
B郭側切岸とE郭側切岸の間底幅10m以上の巨大な空堀
自然地形を利用したものでしょうが、土木量は非常に大きいと感じます



E郭の東側の内堀に架かる土橋


土橋上から内堀、西方向



土橋を渡るとE郭の切岸が立ちはだかる



土橋から西側に回り込んで、小高い丘の方向から攻める




当日の行動履歴
ヤマップより




【番外編】
E郭と間違えて、D郭からどんどん北東方向の尾根を進んでいきました。
途中水堀のような水路と遭遇、立派な施設ですがまったく水の流れが無く停滞している
いったいどこからどこへ流す目的なんでしょうか?
水路西方向(D郭方向)


水路東方向にはトンネルが掘られている


この山城には外堀、内堀の他に、総構の水堀まであったのか~(笑)



【中地山城】
《なかちやまじょう》


名称(別名);
所在地;富山県大山町中地山
城地種類;山城
標高/比高;370m/60m
築城年代;永禄年間
廃城年代;天正年間
築城者;江馬輝盛
主な改修者;
主な城主;在城・河上中務(江馬氏家臣)
文化財区分;市指定史跡
主な遺構;土塁・空堀・土橋・櫓台
近年の主な復元等;


※出典、、、
地図;
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「城歩き」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事