Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

SS すみれ色の風 (14)

2015-11-19 01:47:58 | SS 恋人同士

 アンドレの案内で中庭に着いたフェルゼンとソフィアは、夫人がいかに熱心に丹精込めてばらを育てているかをすぐに察した。同系色を同じ区画にまとめて植えたり、鉄製のアーチに沿って茎を這わせたりと、あれこれ工夫してばらのある庭作りを楽しんでいる様子が伺えた。

 

 「甘くて素敵な香りが漂っていますわ。いつまでもここにいたくなります。」

「ソフィアさん、ありがとう。」

「ジャルジェ夫人、見事な庭です。秩序正しさを保ちながらも、自由にアレンジを楽しんでおられますね。スウェーデンの私の屋敷にも、このような庭を作ってみたくなりました。」フェルゼンは心からそう思った。

「あらフェルゼンさま、簡単ですのよ。ばらって子育てと同じです。しっかりと愛情をこめて世話してあげると、ちゃんと応えてくれるのです。特別な技術などいりません。」

「オスカルもあなたの期待に応えて、見事に大輪の花を咲かせましたね。」

フェルゼンの言葉を聞き、オスカルは頬が赤くなった。

「フェルゼンさま、上手いことをおっしゃいますね。私はオスカルに対し親としてずっとすまない気持ちでいっぱいだったのです。大人の都合で軍人として育てた結果、女性としての幸せを得られないまま人生を送ってしまうのではないかと。」

 「母上----」

「奥さま----」

「オスカルを男として育ててしまったため、申し訳ない気持ちでいっぱいになり眠れない夜もありました。そんな私や将軍を、オスカルは一度も恨むことはありませんでした。」

「母上、私はそのことは全然気にしていません。だから負い目を感じなくてもよろしゅうございます。」

「オスカル----。ありがとう。」

 

 オスカル----お前をしっかり受け止めてくれるアンドレと心が通じたせいだろうか、非常に柔和でたおやかな表情をしている。オスカル自身は意識していないだろうが、お前がアンドレに向ける視線は彼をいとおしむ慈愛に満ちている。あのような表情のオスカルを見るのは初めてだ。良かった。もうこれからはお前一人で悩み苦しむ必要はない。いつもお前の横にはアンドレがいる。私はお前の気持ちに気づいてやれなかったし、気づいたところでその気持ちに応えることはできなかった。私の心はあの方に向けられているから。どうか末長くアンドレと幸せに生きていってほしい。愛する人と添い遂げられるのは最高の幸せだ。----声に出して言うことはできなかったが、フェルゼンは心の中でそう呟いていた。

 

「皆さま、こちらにお掛けになってください。」アンドレは湿っぽくなったその場の雰囲気を変えようとし、スッとソフィアの後ろに回り、椅子を後ろに引いた。

「ありがとうございます、アンドレさま。」

「今、お茶を持ってまいります。少々お待ちください。」

「あらアンドレ、それは誰かに任せて、あなたもこちらに来て座りなさいな。」

「いえ、奥さま。これくらい、どうってことないですから。大丈夫です。すぐに戻りますので、皆さん、ご歓談を続けてください。」全員が座ったのを見届けると、アンドレはテーブルを離れ、飲み物を取りに行った。

「アンドレさまって、ご自身で何でもなさる方ですのね。」

「最高の夫を持ったな。オスカル、このたびの結婚、本当におめでとう。相手がアンドレと知った時、正直驚きもしたが、お前の勇気ある決断に俺は尊敬の念を抱いた。国王さまも王妃さまもよく許してくださったな。」

「ありがとう、フェルゼン。君ならきっとわかってくれるはずと手紙を書いた時から思っていた。私たちの結婚の許可は、きっと王妃さまが国王さまに働きかけてくれたのだと思う。だから王妃さまには本当に感謝している。」

「愛する人と結ばれ、その人と苦楽を共にし、年を重ねていくのが一番幸せだ。残念ながら私にはそれができない。だからお前の手紙を読んだ時、どうか私の分まで幸せになってほしいと切に願った。」

「お兄さま----。」

「アンドレは幼馴染で、子供の時からずっと一緒に育ってきたので、いつもそばにいるのが当たり前のように思っていたのです。恋愛の対象として考えたことはなかった。そのためずいぶん彼を傷つけてしまいましたが。」

「オスカルさま、私、今日初めてアンドレさまにお目にかかりましたが、ひと目見てすぐ、身分や家柄といったことがとても些細に感じられました。アンドレさまは控えめで落ち着いていて穏やかで、相手を包み込む温かさがある。それでいていざという時は真っ先に立ちあがり、オスカルさまをお守りすることでしょう。言葉はそれほど多くないけれど、心の奥にとても熱い信念をお持ちの方とお見受けしました。」

「恐れ入ります、ソフィアどの。」

「君がアンドレと結婚すると知って、がっくりきた人も多いだろうな。たとえばジェローデルとか。」

「お兄さまったら!」

「失礼。これは言い過ぎだったかな。」

 

 カタカタと何かがこちらに近づいてくる音がした。紅茶、コーヒー、カヌレ、マカロンを乗せたワゴン車を、アンドレが押して戻ってきた。

「皆さま、お待たせしました。フェルゼン伯、お飲物は何になさいますか?」

「アンドレ、そんなことは自分たちでするから、君も座ってゆっくり話をしようではないか?」

「もったいないお言葉です、伯爵。でも私なら大丈夫です。伯爵、コーヒーと紅茶のどちらがよろしいですか?」

「すまないな、アンドレ。ではコーヒーを。」

「かしこまりました。」

アンドレは慣れた手つきでポットからコーヒーを注ぎ、フェルゼンの前に置いた。

「こちらのお菓子と一緒にどうぞ。」

「まあ、これはマカロンですね。それからこちらは----何でしょう?」

「カヌレといって、もともとはボルドーの女子修道院で古くから作られているお菓子です。これはアンドレの祖母が焼いたものです。私たちは子供のころから、これを食べて育ちました。」

「ああ、あの方ですね。覚えていますよ。私がまだオスカルを男と信じていた時、王妃さまの馬が暴走したことがあった。おまえは命がけで馬に飛び乗り、王妃さまを抱き抱えて命を救ったが大けがをした。私がこのお屋敷にお見舞いに来た時、包帯を取りかえるため、その方が人払いをしたので、『何だい、気取っているんだな。男同士でも 体は見せられないというわけか』と言ったら、「でてけ~っ」と大声で怒られましたよ。あははは----」

「そんなこともあったな。あれはまだ私たちが18歳のときだったろうか?」

「そうだな、そのくらいだろうな。」

「まあ、そんなことがあったのですか?」

「あれは私の不注意でした。本来なら私はあの時、国王さまから処刑を命じられてもおかしくなかったのです。それをオスカルが国王さまに裁判を要求し、フェルゼン伯も一緒に嘆願してくださり、私は事なきを得たのです。」そしてあの時、俺はいつかオスカルのために命を捨てようと決意した。しかし---それは敢えて今、ここで言わなくてもいいだろう。俺一人の胸に秘めておけばいい。

 

続く



6 コメント

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控えめなアンドレ (marine)
2015-11-19 20:09:35
りら様こんばんは。
SSの更新ありがとうございます。
決して有頂天にならず、ジャルジェ家の中では身に余る光栄とばかりにどこまでも控え目ですよね。でもそこがアンドレの良いところですよね。
フェルゼンも、2人の幸せそうな様子を見てどれだけ嬉しかった事でしょう。友人としてオスカルの幸せは誰よりも望んでいた1人ですから。
感の鋭いソフィアも、アンドレを見た瞬間、オスカルが彼に惹かれた理由を理解したことでしょうね。

バラの香りに包まれてマカロンやカヌレに美味しいお茶、良いですね~。

りら様も「あさが来た」ご覧になってらっしゃるんですね。嬉しいです。
やはりあの炭坑夫達とのシーンは、オスカルと衛兵隊とが対峙するシーンを思い浮かべたのが私だけでなかったのがわかって嬉しかったです。(暴発で誰も怪我しなくて本当に良かった)
それに、玉木さんが九州に来た時、「私は旦那様がいてくれるから張り切って働ける」ようなことを言ってたのが、まんまオスカルの「お前がいてくれるから私は思うままに動ける」と被ってしまいました。
まぁ、玉木さんはアンドレというには軽すぎるし(おふゆちゃんとどうにかなっちゃいそうだし(;゜ロ゜))、あさも、最近は、共も付けずに京都まで行ったり、お琴よりもそろばん、学問、な所はソフィアにも通ずるかなぁとか色々妄想しています。

「まれ」にもまんまベルばらネタが出てきたとはびっくりしました。見てみたかったです。
すみません、朝ドラネタが過ぎました。
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marineさま (りら)
2015-11-20 00:40:55
 コメントをありがとうございます。

 marineさまに教えていただき、先週土曜日に「あさが来た」をまとめて見てから、すっかりはまりました。今では「あさが来た」を、夜11時に見ています。しかしつい一日の疲れでうとうとして、見そびれてしまうことも---。炭鉱夫たちとの対立は、もうあと2週間くらい続くのかと思ったら、先週のうちに解決しましたね。オスカルとアランは剣を交えましたが、あさは相撲対決を申し出る。屈強の男たちだって、あさが相手ならひと勝負してみたくなって当然ですよね。

>玉木さんが九州に来た時、「私は旦那様がいてくれるから張り切って働ける」ようなことを言ってたのが、まんまオスカルの「お前がいてくれるから私は思うままに動ける」と被ってしまいました

 そうなんですよ。あんなふわふわしていて、頼りになるのかならないのかよくわからない夫を、あさは信頼しています。玉木さんが飄々といい味を出していますね。

 これから時代は明治を迎え、はるはどんな人生を歩んでいくのでしょう?適度にユーモアをちりばめた台本が絶妙で、ぐいぐい惹かれています。

>「まれ」にもまんまベルばらネタが出てきたとはびっくりしました。見てみたかったです。
 
 こちらも再放送があれば、見たいですね。

 SSにお付き合い頂き、ありがとうございます。だらだらとまさかこんなに長くなるとは思ってもみませんでした。表現力が足りず、拙い物語ですが、引き続き読んでいただけると本当に嬉しいです。
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りらさま、こんばんは。 (まい)
2015-11-20 23:34:33
SSを拝読させて頂きました、ありがとうございます。アンドレの様子は、まるでうちの端正な面立ちをした主人(50)みたいだなと...そんな風に思ってしまいました。自分のことよりまず他人さま優先で隅々まで細かい配慮が行き届き、どんな面倒な事も率先して引き受ける、手先が器用で性格穏やかで優しく、誰からも信頼の厚い社交性のある人ですので、やっぱりアンドレみたいだと...。
あんなに優しい人でなかったら我儘で勝気な私なぞはとうに離縁されてしまっているでしょう、本当に...。
「ちょうど今までの人生の半分の25年間を一緒に過ごしてきたけれど、どうだった?」って先ほど突然に真顔で問われても、こちらも照れ隠しで言葉を濁してしまいましたけれど...。


SSの中でのアンドレ...気が利くのは素晴らしいけれどずーっと気を遣い過ぎだと心が疲れてしまうから気をつけてね、と声を掛けたくなってしまいました(^_-)-☆ オスカルを守るという使命感は素晴らしいけれどアンドレの命はオスカルの命でもあるのだから「命を捨てよう」と思わず、オスカルもそれを望んでいないし、どうか自分をも守って二人で幸せな道を歩んでほしいなと思います(^-^)

パリのテロから一週間経ちましたね。茫然自失でした。移民が多いというフランス、特にサンドニはイスラム教徒が多いとか・・・。過激派とは無関係な善良な方々が偏見や差別をこれ以上受けることのない平穏な日常が少しでも早く訪れることを切に願います。
私なりの祈りの方法として,
1849年10月17日(何と結婚記念日!)にパリで死したショパンの「革命のエチュード」「ノクターン13番」を、犠牲になられた方々の無念さを想い、その鎮魂歌として一週間弾いておりました。最後は「アーメン」で終わるこの壮大なノクターンに万感の思いと祈りを込めて....。
(長くなって申し訳ありません)
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まいさま (りら)
2015-11-21 16:36:16
 コメントをありがとうございます。

>「ちょうど今までの人生の半分の25年間を一緒に過ごしてきたけれど、どうだった?」って先ほど突然に真顔で問われても、こちらも照れ隠しで言葉を濁してしまいましたけれど...。

 旦那さまは人生の半分をまいさまと過ごしてこられたのですね。コメントからとても仲の良いご夫婦の姿が目に浮かびます。旦那さまはまさに「実在するアンドレ」ではないでしょうか?まいさま、本当に素敵です。旦那さまの問いかけに、まいさまも照れずにお返事を---は無理でしょうか?今からでも遅くないので。

>オスカルを守るという使命感は素晴らしいけれどアンドレの命はオスカルの命でもあるのだから「命を捨てよう」と思わず、オスカルもそれを望んでいないし

 時代にもよるでしょうか?「ベルばら」の舞台は18世紀の革命直前のフランス。軍人であり、命を張って日々生きるオスカルに、アンドレも命がけで従卒の務めを果たす。だから多くのファンは感動するのですよね。そして---原作では短すぎた二人の恋人期間を、もっと味わわせてあげたいと願うのです。

>パリのテロから一週間経ちましたね。茫然自失でした

 フランス旅行を計画されているまいさまにとって、とてもショックだったろうなと思いました。理由は何であれ、罪のない人の命を奪うのは絶対に許せません。残された人の心の傷は、簡単に癒えないと思います。

>1849年10月17日(何と結婚記念日!)にパリで死したショパンの「革命のエチュード」「ノクターン13番」を、犠牲になられた方々の無念さを想い、その鎮魂歌として一週間弾いておりました。

 音楽には、芸術には、武器以上に人の心を動かす強い力がありますね。時間はかかってもこの悲しみ・苦しみを乗り越え、次の世代に平和な時代をパトンタッチしていきたいです。ショパンは素晴らしい曲をたくさん作っていますね。曲の時代背景や作曲者の想いを知ると、それまでと違った響きを感じます。
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りらさまへ (まい)
2015-11-22 00:48:42
こんばんは。ご丁寧なお返事をいつもありがとうございます。恐縮しております。

主人には照れくさくて返事をしていないのですが11/23の私の誕生日に(多分向こうから何か言ってくるのでそのタイミングで)気持ちを素直に伝えてみようかと思っています。


そうでしたね....。明日の命さえ保障のない革命前夜の不穏な世情・互いの病・身分の障壁....等、それらを受け入れ乗り越えて命がけで愛し合い悔いなく(短くても中身の濃い)生を全うした二人の生き方だったからこそ感動したのでした。アンドレが「オスカルのために命を捨てよう」と決意したことも自然な成り行きであったのですよね。
つい、「どちらかが居なくなったら生きてはいけないだろう」という、平和な時代に生きる私たちの観念に当てはめてしまったものでして^^;すみませんでした。

SSの影響からか、今日、会社の帰りに寄った店でカヌレを見つけて思わず買って帰りました。ボルドーの伝統のお菓子だって書いてありましたね。SSの場面を思い起こしながらコーヒーとともに夕食後にいただきました。表面がカリカリ・中身はフワフワして美味しかったです(*^-^*)

朝ドラの時間帯はちょうど出勤でバタバタしており全然観てなかったのですが、marineさまはじめ皆様に大変好評のようですし視聴率も高いみたいなので、途中からでも解るかどうか...?ですが今週放映分すべてを今日まとめて録画しましたので明日にでも観てみようと思っています。

新しいSS、男同士で何を話すのか続きがとても気になります!
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まいさま (りら)
2015-11-22 08:36:25
今日11月22日は「いい夫婦の日」。そして明日はまいさまのお誕生日。おめでたい日が続きますが、何か御祝いをなさいますか?まいさまが旦那さまと仲睦まじく歩まれてきた日々に「(*^▽^)/★*☆♪おめでとうございます」と心を込めて言わせてくださいね。順風満帆な日々ばかりではなかったと思います。それでも25年という年月を、共に過ごされたのは奇跡であり幸せなことですよね。昨今の世界情勢や頻繁に起きる自然災害を思うと、当たり前の日常に感謝したくなります。まいさま、今日と明日は幸せなピアノ曲を弾きますか?どんな曲でしょう?傍らで幸せそうに聞いておられる旦那さまは、オスカルのヴァイオリンに聞き惚れるアンドレそのものですね。

カヌレを召し上がったとのこと。時々あのようなカリッと香ばしいお菓子を食べたくなりますね。オスカルの時代にも既に作られていたので、おやつや食後のデザートとして食べていたかもしれません。

朝ドラ、すっかりハマりました。明日からはまた、九州の炭鉱で、鉱夫たちに檄を飛ばすヒロインあさが見られるかも。前向きで元気なヒロインが登場するドラマはいいですね。まいさまの感想を聞きたいです。

ステキな2日間をお過ごしくださいね。
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