空と無と仮と

1990年代の沖縄旅行 「白梅」戦跡巡り② 八重瀬公園(本部壕)②

八重瀬岳の麓に本部壕があったとのことですが、
1990年代当時はどこにあるのか、
正直言ってサッパリわかりませんでした。



(中略)
 八重瀬岳の中腹に公園ができているが、その後方に野戦病院の“上の壕”がいまでも残っている。
 「白梅学徒看護隊之壕」の碑が立っている。“下の壕”は農地整備で消えてしまった。

荒崎盛暉他『新版 観光コースではない沖縄』(高文研 1983年)


その当時は実のところ、
上記引用の文献しか持ち合わせていなかったので、
「白梅学徒看護隊之壕」の碑の下側あたりをグルグルと、
あるいはウロウロしていた記憶がございます。
「手術壕」とも呼ばれる「上の壕」から、
配水池がある間ですね。
ちなみにその当時は配水池がなかったと思います。

ま、この程度の予備知識ですから、
見つからなくても当然ですね。

それでも何か痕跡があるのではないか、
入口の片鱗ぐらいはあるんじゃないかと期待して、
あっちヘこっちへとガサ藪まで入りこんだのですが、
結局は分からずじまいでした

ただ、2014年に発掘調査が行われた模様で、
それを琉球新報が報じておりますので、
参考がてら以下に引用いたします。




八重瀬・第一野戦病院本部壕 構造の詳細判明

 沖縄戦で白梅学徒隊が看護要員として動員され、戦後、落盤により立ち入りが困難だった第24師団第一野戦病院跡(八重瀬町富盛)の本部壕の内部調査が行われ、構造を詳細に描いた見取り図が4日、公表された。
 これまでは元衛生兵が記憶に基づいて描いたスケッチや、1977年に厚生省(当時)が行った遺骨収集の際に作成された概略図などしかなかった。専門家は調査成果について「詳細な見取り図で非常に貴重な戦跡が残っていることが判明した。安全対策を施し、本部壕を保存・活用すべきだ」と話している。
 白梅同窓会の依頼を受けた沖縄平和ネットワーク文化財・ガマ部会が2012年12月から内部調査を進めていた。同日、元学徒らに作製された壕内の見取り図や遺留物について説明した。
 同窓会の中山きく会長(85)は「ちょうど69年前の6月4日、この本部壕で解散命令が出された。見取り図は私たちの記憶を補うだけではなく、沖縄戦を語り継ぐ上でも非常に重要な資料になる」と話した。
 調査結果によると、本部壕の内部は東西約70メートル、南北約40メートルに広がる。八重瀬岳の北の斜面に四つ、北東に一つ、計五つの入り口があった。
 それぞれの入り口から坑道が南側(第1~4坑道)と南西側(第5坑道)に延びており、中で東西の二つの坑道に交差し、つながっていたことが確認された。
 調査開始時は落盤でどこに入り口があるのかも不明だったが、第2、第4坑道の上部から穴を開けて進入。第3坑道と、第2坑道の南半分を除くエリアを計測し、図面化した。
 当時は坑道に沿って負傷した兵士が寝かされており、2段ベッドの骨組みとみられる木材、未使用の薬品アンプル、薬ビン、茶碗、軍靴なども見つかった。
 白梅学徒隊は県立第二高等女学校の生徒で編成され、動員された56人のうち、22人が死亡した。第一野戦病院には、ほかに手術場壕(上の壕)、新城分院(ヌヌマチガマ)などがある。
 同窓会では本部壕の見取り図などを記載した説明板を近くに設置したいとしている。内部調査後に再び入り口がふさがり、入れなくなっている。(安田衛)

琉球新報デジタル 2014年6月5日 10:08 



2014年の調査では入口が分からなかったそうです。
年月を考えれば当然かもしれませんね。

ガマのような自然洞窟なら数千年、
いや、数万年ぐらいも現状を維持できるかもしれませんが、
人工的に掘られた壕はそうはいきません。

落盤や崩落といった自然災害や、
宅地や農地開発で後片もなく消えてしまった事例は、
この本部壕だけではありません。

当ブログでも取り上げた南風原町にある陸軍病院跡も、
崩落した人工壕が見受けられますし、
場所がわかっているんだけども、
実際に足を運んでみたら、
どこに何があるのかさえ分からないという状況は、
この八重瀬岳に限らず、
いたるところで出くわした記憶が蘇ってきます。

個人的な感想になりますが、
「ひめゆりの塔」や小禄「海軍壕」みたいな有名な場所を除き、
戦跡の調査・発掘が本格的におこなわれたのは、
2000年代以降だと思いますね。

1990年代は、
まぁ、
色々な事情があるのだと思いますけれど、
大体が未整備のまま、
特に指摘しなければわからないような戦跡が、
圧倒的に多かったような気がします。

でも、これまた個人的感想ながら、
そのような場所に実際に行ってみて、
ガサ藪をかき分けたり、
丘や谷を登ったり降りたりして探検したことは、
それはそれで面白かったですね。

次回以降に続きます。

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