ヌヌマチガマ入口から十数メートルで撮影しました。
とはいっても1990年代ではなく2000年代初頭で、
友人と一緒の時に手伝ってもらったものです。
前回も申しましたが一人での撮影では失敗に失敗を重ね、
これが唯一の画像になってしまいました。
あ~あ、なんか悔しいです。
ちなみにこの画像は自分がアラサーだった頃でして、
今では50代のしがないオッサンになっています。
奥の闇からさらに奥へと続くような、
いかにヌヌマチガマが巨大であることが、
それなりに理解していただけるかと思いますよ。
現に進めば進むほど漆黒の闇でした。
勿論、フラッシュライトは携行していましたし、
普通に立って歩くことは可能でした。
ただ、全体図の画像を見ればわかるように、
あの近辺は少し狭まっていましたので、
圧迫感というかなんというか、
そういった意味では、
なんとなくですが不気味でしたね。
この場所で何百人も亡くなっているし、
しかもその最後が毒殺という悲惨な最期を考えると、
少し憂鬱な気分にもなったのを覚えています。
しかも下を照らすと遺品がまだ残っていました。
1990年代でも遺骨や遺品収集をなさっているはずですが、
それでも明らかに軍靴(ぐんか)のソール部分や、
食器のかけらや小さなビン(薬瓶かな?)が落ちていましたね。
自分はボランティア活動で入ったわけではありませんから、
そういったものはそのままにしておきました。
それに断定はできませんが、
遺骨の破片もあったような気がします。
曖昧な表現しかできませんが、
頭蓋骨とか大腿骨といった、
明らかに人骨と判別できるようなものではなく、
石でも木片でも食器のかけらでもプラスチック片でもなく、
何とも形容しがたい手のひらサイズの「破片」が、
所々落ちていたのはハッキリと覚えております。
もしそれらが人骨の一部であるならば、
ボランティア活動等で遺骨収集をなさっていただいても、
それでも残ってしまうほどに多くの人が亡くなった、
ということではないでしょうか。
そう考えると、
あまりにも悲惨な事実を否応なく体験してしまったようで、
暗闇の中一人ポツンと佇んでは、
何とも重苦しい気分にもなりました。
合掌
次回以降に続きます。