僕の最も好きな映画監督で、サスペンスの神様と言われている巨匠アルフレッド・ヒッチコックに関して、久々に取り上げてみたい。
先月、ヒッチコックの新たな本が出版された。イギリスの作家で、ヒッチコック関連本をこれまで4冊出版しているトニー・リー・モラル氏著の『ヒッチコックとストーリーボード』というタイトルの本だ。今年の2月に英国で出版されたが、実はこの本のハードカバー/英語版オリジナルを今年7月に訪れた英国ケンブリッジの本屋さんで見て一瞬買って帰ろうかとも思ったのだが、大きくて重い本だったので荷物になると思い、買わずに泣く泣く帰国。でもやっぱり欲しいと思い、帰国してからAmazonで洋書を買おうと思ったのだが、案の定英国で見た価格よりかなり高かったこともあり、これまで買うのを躊躇していた。しかし、今回日本語に翻訳されたバージョンを本屋さんで発見し、思わず購入したのだ。
この本は、ヒッチコック映画の名シーンが如何に構成され、映像化されていったのかを、“ストーリーボード”(絵コンテのようなもの)などの貴重な資料をベースに解き明かす内容となっている。ヒッチコックはそのカメラアングルや映像に拘ったことでも有名で、多くの監督が影響を受けてきたが、その構成の秘密に少しだけ垣間見たような感覚になる本である。本の帯には、“もうひとつの『映画術』”と書かれているが、ヒッチコックと言えば、ヒッチコックとフランスの映画監督トリュフォーの映画対談を纏めた『映画術』がヒッチコックのバイブルとなっていることで有名だが、まさにストーリーボードの観点からヒッチコック映画の秘密に迫る内容となっている点で、もうひとつの映画術かもしれない。
取り上げているのはヒッチコックの下記9作品におけるストーリーボード。どの作品も、ヒッチコックの名作として名高い作品ばかりで、特に僕の好きな『疑惑の影』、『めまい』、『サイコ』、『鳥』に関する内容は興味深かった。最後の章では晩年の2作品、『トパーズ』と『ファミリープロット』に関しても少し触れられている。
- 三十九夜
- 疑惑の影
- 白い恐怖
- めまい
- 北北西に進路を取れ
- サイコ
- 鳥
- マーニー
- 引き裂かれたカーテン
ヒッチコック映画における印象的なシーンの全ては、ストーリーボードによって緻密に練り上げられている。まさに映画の青写真、脚本として重要な要素となる。実際のストーリーボードはイラストレーターが描いているわけだが、このイメージや制作過程にヒッチコックは深く関わり、何度も打合せを重ねながら構成されていった。ストーリーボードの時点である意味ヒッチコックの映画は“完成“しているとも言えるほど、重要な要素だったわけだが、その意味でストーリーボードはヒッチコック映画の命でもあり、ここまで深くストーリーボード制作に関与した映画監督は他にいないとまで言われている。この本を読んでいると、如何にヒッチコックがストーリーボードに拘り、それによってあの『サイコ』のシャワーシーンなど、インパクトのあるシーンが産まれたのかを知ることが出来るし、映画の舞台裏に潜入したような感覚で裏話を色々と読むことが出来るので、ヒッチコックファンには貴重な文献である。
『めまい』の幻想的なシーンや、『北北西に進路を取れ』で有名な広大なとうもろこし畑で農薬散布機に襲われるシーン、あまりにも有名な『サイコ』でのシャワーシーン、『鳥』で鳥が襲撃してくるシーンや、鳥の目線で町を俯瞰するシーンなど、ヒッチコックのトレードマークとも言える名シーンの数々が、ストーリーボードとして綿密に作りこまれていたのだ。
この翻訳版はフィルムアート社によって翻訳されているが、フィルムアート社と言えば、僕の“ヒッチコックバイブル”として長年愛読してきた『ヒッチコックを読む』というヒッチ映画読本・ガイドブックを出版しているが、また一つヒッチコックに関する貴重な文献を手掛けることになったようである。