僕が最も好きな映画監督、アルフレッド・ヒッチコック。これまで殆どのヒッチコック作品を観てきたが、実は昨年ミニシアターで公開されていたヒッチコックのドキュメンタリー映画、『ヒッチコックの映画術』を残念ながら見過ごしてしまっていた。しかし、先月WOWOWで放送されたのを録画して、1年越しでようやくじっくり観賞することが出来た。
“サスペンス映画の神様”と称されるヒッチコックだが、1980年に80歳で亡くなってから既に44年。来年は監督デビューした1925年から100年が経つという記念すべき年でもある。ヒッチコックの斬新なカメラワークや独特な演出手法・テクニックは独特なものがあり、その後多くのサスペンス映画が、“ヒッチコック的”なとか、“ヒッチコック風サスペンス”と言われるくらい、彼の映画スタイルはサスペンス映画界に強烈なトレードマークを残し、今なお映画ファンを魅了し続けている。僕も幼い頃に観た『サイコ』や『鳥』に衝撃を受けて以来実に多くのヒッチコック映画を観てきたが、大学の卒論もヒッチコック映画に関する論文を書いたほどのヒッチコックマニアである。
このドキュメンタリー映画『ヒッチコックの映画術(英語タイトル: I am Alfred Hitchcock)』は、2022年にイギリスで公開された作品だが、古今東西の映画に精通し、「ストーリー・オブ・フィルム」など、映画そのものを題材にした映画ドキュメンタリーを数多く手掛けて活躍するマーク・カズンズ監督による作品だ。
死後40年以上経つヒッチコック本人が、現代の観客たちに向けて自作の数々をあれこれ解説してくれる内容になっており、かなり斬新な構成だ。語りの声はどう聴いても、馴染みのあるヒッチコック自身の独特な声で、往年の“ヒッチコック劇場”のように、人を食ったような独特の語り口で面白く解説するスタイルなのだが、語っている内容に”5G”やら、”スマホ”などの現在の言葉も出てくるので、明らかに生前に録音されたものではない。どうやっているのかと思ったら、どうやらこの語りを担当したのはイギリスの人気芸人A・マッゴーワンという人らしく、まさにヒッチコックの声・語り口そのままと言えるほどクリソツな声で、正直驚いてしまった。
このように、ヒッチコックの声を利用したドキュメンタリー進行はかなり面白く、昔のインタビュー画像などからの本物の声は一切使っていないところも普通のドキュメンタリー作品と違って斬新である。6つの章にわけて、ヒッチコック自ら多くのヒッチコック映画の解説をしていく展開だが、サイレント時代のモノクロ映画から、『ロープ』、『泥棒成金』、『裏窓』、『めまい』、『サイコ』、『北北西に進路を取れ』、『鳥』、『マーニー』、『引き裂かれたカーテン』、『フレンジー』など多くの名作から懐かしい映画のワンシーンをふんだんに盛り込んでいて、とても充実した内容。女優もイングリッド・バーグマン、グレース・ケリー、ティッピー・ヘドレンなど、ヒッチコックが愛した主演女優たちも多く登場する。
内容も単に映画をなでるだけではなく、ヒッチコックが拘った表現、テーマ、映画テクニック、などに沿って映画の裏側を解説しており、その意味ではヒッチコック研究文献としては定本となっている『ヒッチコック/トリュフォーの映画術』にも通ずるマニアックな内容となっており、かなり見応えのある秀逸なドキュメンタリーであった。まあ、ヒッチコックファンの間では既にお馴染みとなっている内容も多かったのは事実だが、ヒッチコックをあまり知らない人にとっては、かなり興味深い内容になっていると感じた。
このドキュメンタリーを観て、またヒッチコック映画がむしょうに観たくなってしまった。殆どのヒッチコック映画をDVDで所有しているのだが、もう随分と長い間観ていない作品も多いので、また改めて観たらきっと新鮮な面白さを発見することになるだろう。ヒッチコック映画は普遍的な映画の面白さが凝縮されている作品が多く、またサスペンスの演出技法も映画好きにはたまらないものがあるので、あまりヒッチコック映画を観たことが無い人は、入門書としてこのドキュメンタリー映画の観賞からヒッチコックワールドに足を踏み入れるというのもおススメである。