僕はアートが好きで、高校時代を過ごしたニューヨークでは美術部に入り、自分でも精力的にアート作品制作(主にペン画とポップアート)に取り組んでいた。この頃に美術部の先生だったナタリー・シファーノ先生に指導頂き、描くこともさることながら、アートを観賞することも自分の趣味の一つとなった。
80年代で特にハマったのがアンディ・ウォーホルとロイ・リキテンシュタインで、他にも時代の寵児となっていたキース・へリングも好きだったが、他にも摩訶不思議な絵が魅力だったエッシャーや、ピカソ、モネも好きで良くMOMA (NY近代美術館)に通っては観賞していたものだ。
そして、その後80年代の後半から結構好きだったのが、トーマス・マックナイトである。一度はどこかで観たことのあるかと思うが、当時はその洗練されたオシャレなセンスとポップな雰囲気から一世を風靡したと言えるほどの人気で、マックナイトのポスターを部屋に飾るのがオシャレの定番になっていたように思う。まさに時流にも乗ったアーティストであった。日本で言えば、同じ80年代に活躍した永井博 (大瀧詠一の名盤『ロング・バケーション』のジャケットイラストを手掛けたことで有名)や、『ハートカクテル』で人気となったわたせせいぞうにもどこか色使いやオシャレなタッチが似ており、画家というよりはイラストレーターの域に近いかもしれない。マックナイトは日本の景色なども描いており、これは神戸を描いたものだ。
トーマス・マックナイトは1941年生まれで、今年83歳。マックナイトは、モントリオール、ニューヨーク、ワシントンD.C.の郊外で育ち、コネチカット州ミドルタウンの小規模なリベラル・アーツ・カレッジ、ウェズリアン大学に通った。大学3年時にはパリに滞在。ウェズリアン大学を卒業後、コロンビア大学で美術史を学び、その後、1964年にタイム誌からの仕事を得て8年間働く。1972年に、マックナイトはタイム誌を離れ、ギリシャのミコノス島に避暑に向かい、そこで本格的に絵を描き始める。1979年、ミコノス島で休暇に訪れていたオーストリア人学生レナーテと出会い、翌年に結婚。1980年代を通じてマックナイトは、制作数が限定されたセリグラフ(シルクスクリーン)で人気を得るようになった。現在はニューヨークの北にあるコネチカット州に住んでいるらしい。
正直、マックナイトの絵は、ポップアートと呼ぶべきかちょっと迷うところだ。何か主張したいことがある絵というよりは、オシャレなタッチで描いた、今の時代の“風景画”、“イラスト”とも言えるからだ。マックナイトは一貫して窓の中から外の景色を眺める風景画を描き続けている。物凄い数の作品を制作しているが、パステル調で捉えたリゾートなどの風景を描き続けているが、インテリアとしてポスターを部屋に飾るにはちょうどいい洗練されたタッチで、変な癖が無いので万人受けしやすい作品だ。マックナイトの絵を飾るだけで、部屋が一気にオシャレになるのだ。その意味では商業的なアーティスト/イラストレーターでもあると言えるので、この観点ではポップアートともとれるが、これも独特な作風 & 個性であり、決してアーティストとしての価値を下げるものではない。
描いた景色は基本リゾートが多いが、マックナイトが一番愛し、絵を描くことになった原点でもあるギリシャのミコノス島を描いた作品が一番多い。他には主にカリフォルニアやフロリダにありそうな海沿いの美しいゴルフコースが見える窓辺、アリゾナやニューメキシコにありそうなカラフルでポップな建物を眺める窓辺、そしてニューヨークなどの摩天楼を見つめる高層アパートメントからの眺めなどを好んで描いた。欧州では主にギリシャ・ミコノス島、ベニスなどが多く、アメリカ国内はかなり幅広くリゾート地を描いているが、どれも統一感のあるクオリティで、オシャレな風景画となっているのだ。そして、そこには常に“窓”がある。
僕も80年代当時凄く好きで、それ以降もアメリカの住まいで、フレームに入ったマックナイトのポスターを部屋に飾ったりしていた。本物のシルクスクリーンではなく、あくまでも印刷されたポスターなので、絵としての価値は無いが、いつも部屋を楽しく彩ってくれていた。実は、今でも2枚のポスターを持っている。1枚は正方形で中盤サイズのフレーム付きポスターだが、もう20年以上も自宅のトイレに飾っている。それがこちらの『Golden Gate』というタイトルの絵だ。これはサンフランシスコの市内にある丘にあるアパートの窓から、ゴールデンゲートブリッジとアルカトラズ島を眺めたもので、僕の大好きな街であるサンフランシスコを描いた作品で、このパステルブルー調の色合い含め、昔からお気に入りのマックナイトポスターだ。
もう1枚は実家の廊下に飾っているこちらの大型フレームポスター。確かこれは以前サンノゼのアートギャラリーで見つけて気に入ってしまったもので、パステルブルーの木製フレームが美しい、かなりの大型ポスターである。ポスターよりも、むしろ木製フレームの方が高いかもしれない(笑)。正方形ではなく、縦型の大型ポスターという点も結構レアだ。タイトルは『Monte Carlo』ということで、まさにモナコの海岸線を描いた作品。グレース・ケリーが大好きな僕としては、モナコは特別な場所なので、この絵も気に入っている。
1990年頃に購入したこちらの大判マックナイト画集、『Windows On Paradise』を所持している。テーマ別に彼の作品を掲載しており、大判だけに見応えも抜群。この画集も時々懐かしくマックナイトを思い出した時に眺めて楽しんでいる。
トーマス・マックナイトの描く窓からの景色は、かなりデフォルメされているので決して写実的ではないのだが、それでいて崩し過ぎでもなく、見事にその景色を再現しながら、現場の美しさや空気感までオシャレに届けてくれるような気がして、その景色にとても癒される。上記本のタイトルにもあるが、彼の絵は一貫して“窓”というものを通して、理想郷へと誘ってくれる。そんな魔法の窓を見せてくれるのが、トーマス・マックナイトなのである。