18日。 強い風と雨の降る中を、歩きました。
四万十川をどうしても見たいと思ったからです。
何日か前のニュースで、四万十川の水が涸れていたと聞いていましたが、
さすがにきょうはあるだろうと思いながら、歩きました。
大正15年6月に架設されたそうです。
これが、あこがれの四万十川の清流です。
会場の幡多信用金庫に着きました。
この大会を主催されているところです。
今年は第30回目ということでした。
選者の吉川宏志さんの講演、表彰式、歌の選評など、
1時から4時まで、50人ほどの参加で行われました。
もうお一人の選者、沖ななもさんは来られていませんでした。
初めてお会いできるかと楽しみにしていたのですが、残念でした。
わたしは、ここで「中村ロータリークラブ賞」をいただきました。
家持の詠みし延槻河涸れて底石あまたただ転がれる (わたしの歌)
家持ーやかもち 延槻河ーはひつきがは
大伴家持は越中の国司として赴き、5年を今の富山県で過ごしました。
延槻河はいま早月川と呼ばれるようになりましたが、家持はそこで、
立山の雪し消らしも延槻の河の渡り瀬鐙浸かすも (家持の歌)
歌意 立山の雪も消えてきたらしいなぁ。
延槻河を渡るとき、瀬を通ったが、馬の鐙が水に浸かってしまったよ。
水量の多いはずの早月川が、今年の夏の暑さで干上がったという
ニュースを聞いて作り、応募していました。
まさか入選するとは思わず、お知らせが来たときはびっくりしてしまいました。
吉川宏志さんの歌の額。
沖ななもさんの歌の額。
そのほか、たくさんの歌人、俳人、柳人の額が壁いっぱいに飾られていました。
4時に終わり、みんなで記念写真を撮っていただき、解散です。
4時48分の<あしずり>14号に載るため、ハイヤーを呼んでもらっていました。
5分もかからず、親切な運転手さんに送られて、お土産も買うことができました。
中村駅から出る<あしずり>です。
太平洋が広がっていました。
水平線が丸いですね!
お土産です。
「人生たの四万十」が気に入りました! ❤
家に着いたのは、午後11時過ぎでした。
行かなかったら後悔していたでしょうね!
行けて、帰ってこられて、本当に良かったです。
着いた日の夜の天気予報とニュースで、
「明日は強風のため、瀬戸大橋が渡れないので、<南風>は
高知と多度津の間の運行になります。」と言っていたのですよ!
朝から昼頃までの何本かは、運休が決まっていました。
無事、予定どおりの行動ができて、本当に良かったです!
きょうの潮流(21日付け)
戦争中、ラジオでウソの戦況を垂れ流し、国民を戦争に駆り立てた大本営発表。ところが、NHKはいまだに戦争
責任を検証し明らかにしていません。
▼「いつからラジオは時の権力の『御用機関』になってしまったのだろうか」「自分の足元はどうなんだ」。『ラジ
オと戦争』の著者・大森淳郎さんの問題意識です。30年余ディレクターを務めた後、NHK放送文化研究所でこの
テーマと向き合いました。資料と格闘し、当時の職員たちの証言を聞き取ります。
▼同盟通信の配信記事を削除、加筆し「戦果」を伝える。アナウンサーは「雄叫(おたけ)び調」へと変化。戦争協
力は「仕方なかった」ではなく、職員らが「全身全霊」をかけていたことが浮かび上がってきました。
▼大森さんには、もう一つ執筆の動機があります。日本軍「慰安婦」を取り上げた「ETV2001」が2001年、
安倍晋三氏の圧力によって改変された事件です。大森さんは、検証番組の放送を求める職員有志に加わり話し合いを
続けましたが、実現に至りませんでした。
▼「身を挺(てい)してでも真相究明のために闘うことはできなかったのか」。自問自答し、戦時ラジオ放送のこと
は人ごとではない、放送の公共性とは何かを追究したいと思うようになりました。
▼ロシアのウクライナ侵略、イスラエルのガザへの攻撃。国内では軍事費の増額、敵基地攻撃能力の保有と岸田政権
の下で進む戦争国家づくり。「新しい戦前」ともいえる現在、メディアはもちろん、市民一人ひとりに問いかけてい
ます。
(しんぶん赤旗より)
天気も祝福してくれて予定通り。
四万十良き思い出の地になりましたね。
想いでの旅になりましたね。
これからも頑張ってください。
一度行きたいと思っていた四万十市、こういう嬉しい
ことで行くことができて、喜びが倍になりました。
とても良い思い出になります!
これからもがんばりたいと思います。
とても思い出深い旅になりました。
先月の旅がもう最後かなと思っていたので、思いがけない
良い旅ができて嬉しいです。
あまり体調が良くなかったので、前日まで迷いに迷って……。
ほんとに、思い切って行って良かったです。
これからもがんばります。
短歌も家持の故事と現代のニュースを織り交ぜて、素晴らしい作品ですね。元々の知識や教養がないことには出来ませんね。選者の先生方の歌も素晴らしいと思いました。
良いご旅行もでき「人生たのしまんと」ですね。
以前旅行した事がある町なので、懐かしく思い出しました。
お返事が大変遅くなって申し訳ありませんm(_ _)m
家持が国司となって赴任したのは、今の富山県、
私の故郷でもあるので、親しみを感じていました。
実家の近くには「鵜坂神社」があって、家持の歌碑が
ふたつ建っています。
これからも、地道に勉強していきたいと思います。
ご入選 おめでとうございます。
ますますのご発展のほどを
白桂さまのブログでも勉強させていただいてます。
ますます精進したいと思います。