長野善光寺の境内の散策です。
善光寺には、境内に色々な見所があります。
気に留めずに歩いていると気付かないようなものもありますが、ちょっとしたものに意外と善光寺が関わっているのがわかったりするので、何か楽しいです。
2011.1.7 時折
今日はとても寒い日でした。
積もりはしませんが、時折ハッキリと分かるぐらいに雪が降ります。
仁王門には、足が丈夫でありますようにと、草鞋が奉納されています。
おいらもいっぺん奉納した方が良いのかな?
大勧進のお堀も、すっかり凍っています。
寒いはずです。
お堀の水が凍ってるんですから...
今日は、以前このブログ記事でも紹介した「賓頭盧尊者像(びんずるそんじゃぞう)」を別の場所で見つけました。
本堂の正面の階段を登った所にもありますが、いつも多くの人が囲んで触っています。
前回見たものと、今回見つけたものと、本堂のものと、都合3ケ所に三つの「賓頭盧尊者像」が存在しています。
どれがご利益があるとかないとかではないと思います。
ただ本堂以外の二つの「賓頭盧尊者像」の周りにはあまり参拝客がいないので、じっくりと触る事ができます。
頭が良くなるようにと、賓頭さんの頭をしっかり撫でました
高尾灯籠は、江戸吉原の三浦屋四郎左衛門が奉納した燈籠です。
三浦屋は吉原にあった遊郭で、遊女高尾太夫の供養塔として造立された言う事です。
高尾太夫とは吉原で筆頭となった遊女が襲名した大名跡で、吉野太夫・夕霧太夫と共に三名妓の1つに数えられています。
古典落語の「紺屋高尾」は名作ですね。
あまりの寒さに、境内の茶店で名物の「甘酒」を戴きます。
冷えた体に、熱~い甘酒。
生き返ります
生き返った所で、散策を続けます。
大衆信仰のお寺である善光寺は、謡曲にも数多く謡われています。
「土車」「柏崎」「山姥」「道明寺」「藤」なども救いを求めてくるのは同じで、昔から善光寺は誰からも頼られ、誰をも受け入れてきた事を物語っています。
「むじな灯籠」は、その昔下総の国のむじなが殺生をしなければ生きていけない自分を恥じ、人の姿に化けて善光寺に参拝しました。
むじなは、灯籠を寄進したいと願っていたらしいのですが、宿坊でうっかりむじなの姿のまま入浴している所を見られ、逃げ去ったそうです。
むじなを不憫に思った宿坊の住職が願いを叶えるために、この灯籠を建てたそうです。
このように善光寺には、じっくりと見て歩くと、多くの発見があります。
まだまだ、たくさんのものがありますが、少しづつ紹介して行きたいと思っています。
長野善光寺、奥深いです
ブログランキングに参加しています。
いつも応援に感謝しています。ありがとうございます
善光寺には、境内に色々な見所があります。
気に留めずに歩いていると気付かないようなものもありますが、ちょっとしたものに意外と善光寺が関わっているのがわかったりするので、何か楽しいです。
2011.1.7 時折
今日はとても寒い日でした。
積もりはしませんが、時折ハッキリと分かるぐらいに雪が降ります。
仁王門には、足が丈夫でありますようにと、草鞋が奉納されています。
おいらもいっぺん奉納した方が良いのかな?
大勧進のお堀も、すっかり凍っています。
寒いはずです。
お堀の水が凍ってるんですから...
今日は、以前このブログ記事でも紹介した「賓頭盧尊者像(びんずるそんじゃぞう)」を別の場所で見つけました。
本堂の正面の階段を登った所にもありますが、いつも多くの人が囲んで触っています。
前回見たものと、今回見つけたものと、本堂のものと、都合3ケ所に三つの「賓頭盧尊者像」が存在しています。
どれがご利益があるとかないとかではないと思います。
ただ本堂以外の二つの「賓頭盧尊者像」の周りにはあまり参拝客がいないので、じっくりと触る事ができます。
頭が良くなるようにと、賓頭さんの頭をしっかり撫でました
高尾灯籠は、江戸吉原の三浦屋四郎左衛門が奉納した燈籠です。
三浦屋は吉原にあった遊郭で、遊女高尾太夫の供養塔として造立された言う事です。
高尾太夫とは吉原で筆頭となった遊女が襲名した大名跡で、吉野太夫・夕霧太夫と共に三名妓の1つに数えられています。
古典落語の「紺屋高尾」は名作ですね。
あまりの寒さに、境内の茶店で名物の「甘酒」を戴きます。
冷えた体に、熱~い甘酒。
生き返ります
生き返った所で、散策を続けます。
大衆信仰のお寺である善光寺は、謡曲にも数多く謡われています。
「土車」「柏崎」「山姥」「道明寺」「藤」なども救いを求めてくるのは同じで、昔から善光寺は誰からも頼られ、誰をも受け入れてきた事を物語っています。
「むじな灯籠」は、その昔下総の国のむじなが殺生をしなければ生きていけない自分を恥じ、人の姿に化けて善光寺に参拝しました。
むじなは、灯籠を寄進したいと願っていたらしいのですが、宿坊でうっかりむじなの姿のまま入浴している所を見られ、逃げ去ったそうです。
むじなを不憫に思った宿坊の住職が願いを叶えるために、この灯籠を建てたそうです。
このように善光寺には、じっくりと見て歩くと、多くの発見があります。
まだまだ、たくさんのものがありますが、少しづつ紹介して行きたいと思っています。
長野善光寺、奥深いです
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前に行った時お濠には亀がわんさかいて
甲羅干しをしていました
亀も冬眠中ですね
画像には人が写り込まないようにと、人が通り過ぎるのを待ったり、フレームをずらしたり、結構苦労しています。
お堀を写した時も、廻りは人だらけでした。
亀は冬眠中だったのでしょうね。
残念ながら、姿は見えませんでした。