一体、ピアノはいつから楽器の王様になったのだろうか。
確かにピアノは、大きな図体と圧倒的な質量、漆黒の外観、金色に輝く内部、豪奢な木材。それに比べれば、弦楽器なぞただの木片に過ぎないと言わんばかりである。そして、名立たるピアノ・コンクールとその勝利者たち。
しかし、その陰にどれだけの敗退者、挫折者がいるだろうか。
*
『ピアノを尋ねて』は台湾の劇作家、作家による小説である。この作品ではピアノ自体は背景である。ピアノ音楽も、グールドやリヒテル、ラフマニノフ等が織り込まれているが、いずれも多かれ少なかれ屈折した心理をもち、苦難の道を歩んだ音楽家たちである。グールドに至っては、コンサートを拒否し、スタジオに引きこもって録音三昧だった。
この小説の登場人物たちもストレートなピアニスト人生を歩んではいない。ピアノは、時には黒々と大きく見え、時には霧に覆われて姿を曖昧にする。ピアノや音楽に、人生の様々な関係性や変化に(静かに)翻弄される登場人物たち。それに同性愛、老い、諦めという変数が奥行きを与えている。見方を変えれば、個性も国籍も異なる一人一人のピアノとの叙唱のようだ。
*
人の深奥の繊毛に宿る神の冷酷さ。一方、俗世ではボタンの掛け違い、すれ違い。鬱屈した世界観は亀裂を生み、時を重ねるごとに精神と肉体は痛めつけられ、やがて、両者は固化し、カタストローフを待つのみとなるのではないか。
楽器の王として永く君臨して揺るがないピアノ。最大化し、最大の張力を誇る弦を繊細なハンマーが撫でるようになった。それに魅入られた人々にとっては表象にとどまらず、魂さえを奪いとるような存在なのかも知れない。それを避けるためには、もはや自らハンマーを握る他はないのだろうか。∎
クオ・チャンシェン著、倉本知明訳『ピアノを尋ねて』(新潮クレスト・ブックス)新潮社、2024年8月刊.
Panasonic / LUMIX LX9