… 霊的

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ちゅうたしげる詩集

2021年11月05日 11時37分59秒 | ちゅうたしげる詩集
ちゅうたしげる自選

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プロローグ

2021年11月05日 11時36分29秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
インスピレーションはなぜ、どのように起きるか。
またどのような人物によく起きるのか。
はなしはかんたん、
現実から逃避したい人間によく起きる。
なぜなら現実に生きていることが、そういった人には苦しすぎるからだ。

インスピレーションには、現実逃避以外に効能があるか?
ない。
インスピレーションはさらにいえば、神経をまいらせる病気といえるから。
インスピレーションが昂じると、パラノイア(幻想)となる。
パラノイアと空想癖とはさして違いはない。
あなたは、インスピレーション派か?
そうだ。
幼いときから空想を描いて楽しんできた。
生きるのが苦しいのか?
現世は苦しいものだ。
ただ他人よりも少しだけつらさが大きいだけのことだ。
みんなは鈍感すぎる、生きていくのにちょうどよいくらいに。
本当は、生きているのが恥ずかしい。そして悲しい。

イメージを描いてみろ!
豆科の植物で蔓を巻くのがあるだろう。
たとえばサヤインゲン、サヤエンドウ、ソラマメ。
たとえばその花がみごとに透きとおるような紫だったら、
おまえはその花をまじまじと見つめることができるか。
私にはできる。
しかし誰よりも恥ずかしく胸ときめかせて。
その花がまた、ことにかわいげで小さな花としたら、
おまえも見つめることができるか?
もちろんできるだろう。
だが私が、まじまじと花を見つめることができるのは、妻のおかげだ。
妻の名は、見保という。

その花をたとえるには、一つの言葉で足りる。
けれどもその花をたとえようと、見つめているまに、
夜が来て、花は二つの花びらを閉じ、
すべてを隠してしまうのだ。




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2021年11月05日 11時36分07秒 | ちゅうたしげる詩集
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故郷

2021年11月05日 11時35分23秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
おぼえているだろう、
あの夏蝉のなく声を
ひと夏中、耳の奥でうなっていた。

遠い歴史を刻んだ石碑が一つ、
木陰にひんやりと立っている。

石碑は何代も昔の蝉の声をおぼえていた。

この土地から離れ難いのは、
私の魂だけではない。
昨日亡くなった明治生れのじいさんの
魂もそうだ。

人がかんたんにあの世に行かなくなったので、
私の村もかわってしまった。
土や緑がよそよそしいのだ。

人生がつまらないということは、
大した発見でもない。
はかない存在。

おぼえているだろう、
一日中休まずうなる蝉の声を、
あれは嘆きではなかった。

蝉の腹の空気がシンドウシテイル。



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秋晴のなかに

2021年11月05日 11時35分02秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
秋の風が吹くころ
小橋の上を
赤とんぼの群れが
渡っていった。

夕暮れの赤いひととき

今はもう
赤とんぼはいない。

冷たい風が心にしみるからではない
平和の風景が
失われたから。



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秋晴

2021年11月05日 11時34分42秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
谷の音に
目を覚まし
霧が晴れるのを待つ

少し小寒い朝
私の心は
洗われていく

あの青い空の光のなかに
竜の親子がなかむつまじく
暮らしている。

雲は、人間の心に
一つ 二つ 卑しい影を落とした。



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風が雲を

2021年11月05日 11時33分28秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
風が雲を追い払った。
そこに見えるのは
初冬の冴えた空
澄んだ 光り

何年か前に植えた
桧の葉に
ちらちらと光が
とりついている。

山仕事の
数秒の間隙、
私は、
明日を見た。



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2021年11月05日 11時33分06秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
切れない鎌で
枯れ草を刈る
ひいばあちゃんも
ここで草を刈った。

この私は鎌の研ぎ方を
知らない。



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木聖人

2021年11月05日 11時32分46秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
光る汗の玉が
私たちの言葉
それぞれの季節の色に輝き、
それぞれににおう。

夢を追うのは
渡り鳥だけではない。
輝く生命はみな
夢を追う。

明日、君が旅立てば、
私は静かに
森に入って、
一日中、木と語り合うだろう。



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2021年11月05日 11時31分36秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
死はすでにとり憑いている。
若い肉のなかで苦しみうごめき、
水がとぎれ、
流れが止まる。

豊かな葡萄の房と、
苦い薬酒を
テーブルに並べ、
人生は喜ばしいものであるはずだ。
だが人は、わびしい小石になる。

もちろん幸福ではなかった。
しかし最後に、
生きたものとしての
無言のあいさつをかわす。



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私の目の前を通りすぎていく人

2021年11月05日 11時30分46秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
私の目の前を通りすぎていく人
言葉少なく、挨拶をかわし
心なしか肩を下げて
さみしい目をした男が
通り過ぎる。

虚ろな目をして
じっと見つめ、
何かにあこがれたような顔の
若い女が
黙って通りすぎた。

女は女なりに
男は男なりに

互いに何かを生みだすでもなく
互いに触れ合うのでもなく

ただ いたわる気持ちの響きだけを残して
通りすぎた

私のまえを通りすぎていく人に
私は呼びかけもせず
手を差し出しもせず
触れ合ったような心の響きだけを感じて
見送る。

彼らも私も
いつか遠い星の世界で
笑うことがあるだろうか

心は、響きあうためにある。



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私の命

2021年11月05日 11時30分23秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
私の命には限りがある。
だが私は、私の生を永遠の中にカプセルしたい。

私の言葉は、限られている。
しかし私はその中に永遠を閉じ込めたい。

その昔エジプトの王は、
ピラミッドの中に自分の命を埋めた。

永遠の命こそ、
われわれのかかえる最後の矛盾だ。

この矛盾の中で、
水に溺れる男のように、

わなにかかった獣のように、
むなしいあがきをつづける。





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岩さん

2021年11月05日 11時29分40秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
中国山地の静かな村の夕暮れ、
赤とんぼの群れもとうに消えて、
冷たい頬に夕日が赤く射す頃、
岩さんの馬車は勢いよく村の石ころ道をゴトゴトいわせて帰ってくる。
「とし子ちゃんのお父ちゃんじゃ!」
どんなに遊びほうけても、
子どもたちはかならず馬車に駆けよっていく。
「おう、乗れ!」
と岩さんは、
しわくちゃの顔のなかの白い歯をおれたちに向けた。
おれは、としちゃんの横に乗って、
快い疲れと振動に身をまかせた。

おれの家の西側に、
夏には涸れてしまう小さな谷水が流れていた。
谷をへだてた向う側に高い柿の木が何本かあり、
小枝の間を夕日がなごりおしそうに射した。

その柿の木の下をくだっていくと、
一本の梅の木と小さな池があって川亀と、魚が何匹か泳いでいた。
ここが岩さんの家だ。
岩さんの家はおれの家よりも小さく、
いろりの上の煙り抜きも小さかった。

土曜日の午後、
おれは三つ上のとし姉ちゃんとおはじきをして遊んだ。
一遊びすると、
としちゃんはおれの知らぬ間に庭先を出て、
道の遠くの方を見つめている。
「どうしたん。」
とおれが尋ねると、
「馬の音がしたような気がしたんじゃ。おとうちゃんが帰ってくるころじゃがなあ。」
と気になってしかたがないようだ。
おれはまだ日が高いじゃないか、
と西の空を見上げた。
としちゃんは、
「おとうちゃんはまだかなあ。」
とおばさんに聞いている。
「時計を見てみい。まだ三時じゃ、もうすぐしたら帰る。」
とおばさんが答えた。
としちゃんは安心してまたおれとおはじきを始めた。

夕暮れも遅くなって、
としちゃんが本気でそわそわしはじめると、
馬の蹄の音と一緒に岩さんは帰ってくる。
「お父ちゃんじゃ!」
ととしちゃんは大きな声をあげた。
としちゃんの顔がうれしそうに緊張した。
だが、
今度は庭を出ていかない。
何やらごそごそ手伝いのまねを始めた。
おばさんは先から、
夕飯の用意や風呂の用意でいそがしそうだ。

家中の者がいっぺんにばたばたと動きだした。
みんな、
岩さんの機嫌をうかがっている。
岩さんは、ちらっと玄関をのぞいたが、
おれの方ににかっと白い歯を見せてすぐ馬小屋へ行った。
「とうちゃん、茶を飲みんせえ。」
とおばさんが声をかけるが、
「ええ、後じゃ。」
と言って、
岩さんはかたくなに断る。
体中に一日の疲労を漂わせながらも、
岩さんはいこじになったように馬の世話をして、
片時も休まない。
みんなもそれに合わせたように動く。
おれはぽつんと取り残され、
家の中でじっとしている。
ゆっくり休めばよかろうにと思う。
しかしこの家の人たちは、
忙しそうにする中で家族のつながりを確かめているのだ、
と思った。

やっと夕飯の用意ができ、
おばさんは茶碗を並べている。
としちゃんと、
としちゃんよりもまだ五つ上のよし姉ちゃんは先に風呂に入らされ、
湯をかける音が聞こえた。
この家の人を観察している間におれは、
「帰る」という言葉を言い損ねてまだごそごそしていた。
というよりこの家の人は、
おれのことには全くかかわりなくいつもの順序で夕飯にありついたのだ。

「茂君、どうするんじゃ。まだかえらんでも叱られんのか。」
と、おばさんが言った。
帰りそこねたおれは、
まるでまだとしちゃんと遊んでいる続きのようなふりをしていた。
「帰る。」
と言ってぞうりをはきかけた。
するとじいさんが、
「飯う食うて帰るか。」
と言った。
おれは、もじもじして
「いらん。」
と言った。
「まあ、食うて帰れ。」
と、またじいさんが言った。
おれは困って、もぞもぞした。
その時、
「食うて帰れ、食うて帰れ。」
と岩さんが強く言った。
まったく有無を言わせないような調子だ、
でも不思議と少しも無理強いという感じがしない。
疲れた体に力をこめて岩さんが呼ぶのに引き寄せられ、
おれは箸を持った。
岩さんは、
心から満足そうな顔をした。

「今日は、どこらへんを歩いたんなら。」
と、じいさんが岩さんに話しを向けた。
「布原を行きょうたら、知ったもんにおうてのお。」
と岩さんは答えて、
首を振りながら今日一日あったことをひとしきり話して聞かせた。
じいさんも、おばさんも、
合い槌を打ちながら耳をかたむけた。
おれは、
岩さんが今日のうちにどんなに遠くまで行ってきたのか、
話しを理解しようと一心に耳をそばだてた。
おぼろげにしか分からなかったが、
それはおれがまだ行ったことも見たこともない新鮮な世界の話だった。

「銭じゃ、銭がなけらにゃあいけん。土地やら物たあ、銭じゃ。」
と岩さんは、
岩さんらしく単純明解な結論をあたえた。
「人間は動かにゃつまらん。動いただけが銭じゃ。」
細い体に力を込めて話す岩さんを頼もしそうに眺めて、
おばさんも、じいさんもうなずいた。
岩さんは、
馬車ひきで儲けた金を貯めて新しい納屋を建てた。
それが岩さんの誇りだった。

一通り話しおわると、
岩さんは話しをおれの方に向けた。
「茂君は、まっちゃんの子どもかのお。なんぼうになるんなら。」
「六才。」
「とし子よりゃ、三つこめぇんじゃ。」
と、おばさんが言った。
「子どもにゃ罪はねぇけぇのお。」
とみんなを見まわして、
岩さんは言った。
晩酌が効いてきて、
岩さんの口もなめらかになっていた。
じいさんはおれの方をちらっと見て、
「そうじゃ、そうじゃ。」
と岩さんに合わせた。
おれはその言葉の意味を探ろうとしたが、
よくのみこめなかった。

今度は調子をかえて岩さんが言った。
「上田淵のばあさんにゃ世話になったけぇのお。」
まるでおれに教えているようだ。
おれは、ひいばあさんのことだと思った。
これにはじいさんも、
文句なく同意した。

おれのひいばあさんはよく自家製の豆腐を作った。
幼いおれの手をひいてあの柿の木のある道を下って岩さんの家へお裾分けをした。
そのことをおれは思いうかべた。
その頃ひいばあさんは、
病気で入院していた。
おれはうれしさをこらえて、
黙って飯を食った。
おかずは、
村の小売店で買ってきたあり合わせのものが多い。
岩さんは、文句も言わず食べた。

「上田淵の兄さんは、戦争でお国のために戦死したんじゃけえのお。」
と岩さんが遠くを見るような目で言った。
ひいばあさんの一人息子のことだ。
「むかしゃ、何でもねえことでじきに死にょうたんじゃ。結核どもなりゃじきじゃ。今なら助かるがのお。」
眉にしわを寄せて岩さんが言った。
後でおれの母親に聞いたところ、
岩さんの母親は若くして結核で亡くなったらしい。
その上じいさんが連れてきたお妾さんも、
結核で亡くなったらしい。
戦後間もない頃のことだ。

「うちゃあ、病院がでい嫌れいじゃ。」
とおばさんが言った。
「入院するぐれい馬鹿げなこたあねえ。患うぐれえなら死んだほうがましじゃ。」
と岩さんが言った。
たぶん岩さんの口癖だろう。
おれはなぜこんなことを言うのかと悲しかった。
じいさんはつづけて、
よい機嫌で戦争の話しをした。
岩さんのおやじは戦争に行って、
生きて還った古参兵だ。
岩さんは、
じいさんの自慢話を誇らしそうに聞いた。
「戦争は、するもんじゃあねえ。」
とじいさんは言った。
おれは、感心した。

その時、
としちゃんとよし姉ちゃんが風呂場から出てきた。
「出たか、はよ着かえて飯う食え。」
と岩さんが言った。
「あれ、シイ君まだおったんか。」
と、としちゃんが言った。
としちゃんは、
うれしそうに膳についた。
岩さんは娘を眺めて、
あれを食えこれを食えと言った。
岩さんが機嫌がよいので、
としちゃんはいっそう嬉しげにした。
いったいどうしたのか、
という顔だ。

じいさんも、おばさんも食べおわって、
岩さん一人機嫌よさそうに晩酌をした。
飯はそこそこにして、
「もう一杯。」
と長い腕をおばさんの方に伸ばした。
おばさんは、飲み過ぎだと怒った。
けちって出ししぶったが、
渋々戸棚から一升瓶を出して一杯だけ注いだ。
晩酌一杯を楽しみに仕事をしているのだ、
と言い張った。
大きな声をするなと、
おばさんがたしなめた。
おれはそろそろ帰り時と思って、
玄関を出た。
暗くなった道をひとり走って帰った。
「食うて帰れ、食うて帰れ。」
と言った岩さんの真顔が、
とうぶんおれのまぶたからはなれなかった。

あれからまた、
もう一度だけ岩さんの家で夕飯を食べた記憶がある。
としちゃんは、
おれがいると岩さんの機嫌がよいからと、
おれにまた夕飯を食べろと言った。

岩さんは、身を粉にして働いた。
日曜日は馬車を牽かない代わりに、
田んぼに出てごそごそせわしなく動いた。

おれはこんなに働いて、
いったい岩さんは報われることがあるのだろうかと考えた。
たぶん報われないだろうと思った。
しかし岩さんは、
報われることを疑ってもみない様子だった。
納屋を建て直したのが、
岩さんの自信になったのだろう。

だが、納屋がどうしたというのだ。
岩さんは、それ以上に身を削って働いているのだ。
やはり報われてはいないのだとおれは思った。
それならばおれが岩さんのために、
何か喜ぶことをしてやれないか。

そうだ大きくなったら岩さんのことを小説に書こう。
そう思うと、
おれは秘な喜びを感じた。









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紙飛行機

2021年11月05日 11時29分17秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
あかりは、鶴を折るのではない
紙飛行機を折る
黄色い紙の飛行機だ。

二つ折ったのだ
それを重ねたら おもしろい
と言ったのは 俺だ。

父さんにも飛ばさせてくれ
と言ったのも俺だ。
だが うまく飛ばなかった。

あかりは、もう一つ折った。
赤い飛行機だ。
そして俺の机の上においた。

俺はその上に 本を置いた、
誰かの詩集だ、
「つくったからね」とあかりが言った。

黄色の上に赤色
水色の上に緑色
その上に紫色の紙飛行機を重ねた。

今度はうまく飛んだ。
あかりが、拾い集めた。
全部重ねて飛ばしたのだ。



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祈り

2021年11月05日 11時26分50秒 | ちゅうたしげる詩集
     一

夜のとばりがおりるころ
私の瞳は静かに閉じられ
悲しい音色が聞こえてくる

暗闇の世界にこだまする
魂の叫び
私の心は開いていく

暗黒の世界こそなつかしい
私の故郷のにおいがしてくる
平和な世界

人はそれぞれに暗闇を背負い
黙して語らず
歩いていく方向に注意する

私に聞かせてくれ
あなたの魂を
そっとささやくように

そして私は理解するだろう
この世の不安と安楽の秘密を
一人たたずんで


     二

朝焼けの空
朝日に照り映える川面
まぶしく輝く横顔

新しい音楽にさそわれて
光の舞が立ちあがる
心躍る瞬間

みずみずしい新緑におおわれて
起き上がる獣たちの影
誕生の季節

やさしい男女が一組
はじめて結ばれた
朝の気配


     三

争うのではない
傷つけあうのでもない
たくましく伸びた手足を
踊らせるのだ

私一人が犠牲となって
踊り出すのだ
誰も笑いはしない
誰も驚きはしない

私の裸体は恥ずかしげもなく
人々の前にさらされ
たくましく伸びた手足が
踊り出すのだ

誰も不思議と黙して語らず
じっと目を見すえている
そして隠されたほんとうのリズムに
あわせてふるえだすのだ


     四

どうだ聞こえてくるか
あの遠い光の影からやってくる
一人の小さな少年の声

歌ではないのだ
小さな少年の独り言なのだ
わからずにはいない

理解できるのだ大人達にも
誰にでも呼びかける声
誰にもささやかれる声

一生忘れられない
その細やかな声の音
寂しげな眼差し

誰でもないそれは私のことなのだ
私の声 私の眼差し
誰にでも呼びかける

一度聞いたら忘れはしないだろう
少年の日のすがしさ
天にも昇る心


     五

もちろん誰も助けはしない
神さえもいない
ひとり歩くことができるのみだ

だが一人の歩みは万人の歩みと重なり
太い道をつくる
誰もが歩いていける道を

誰のものでもない
歩くもののためにある道
ひとり歩くもののためにある道


     六

やっとわかったのだ
朝は誰にも明けていくものだと
光は万遍に照らすものだと

万人を助けるのは政治家ではない
清らかな一滴の水なのだ
それは遠い空から落ちてくる

そして人は一人で歩むことを知る
暗闇を背負った人々は
黙って通りすぎる

またしても帰ってくるのだ
暗黒の世界へ
そして一条の光が行く先を照らす


     七

傷ついたのはおまえではない
血を流したのは私達なのだ
のどもと深く流しこんだ熱湯は
おまえを苦しめたのではなく
私を苦しめたのだ

苦しみうごめく虫けらのように
うつぶせたのは私だ
そして苦悩から解放される約束を
私に与えたのはあの人だ

ああその約束を待ちわびて
長い苦悩の中にいた
長い年月
私が得たのはうつろな約束ではない

そうだ空虚な約束事ではなかったはずだ
だが約束は約束にすぎない
またしてもさまよう日々がやってきて
暗黒の世界へと導くのだ


     八

十分ではないか
やっと食うための術を得たのだ
それが十分ではなくても
やっと食えるだけのものであっても


     九

そうだその日一日の感謝を表そう
満ち足りていようがそうでなかろうが
一日の日を平穏に無事に過ごしたということが
精神の奥底で清らかなめぐみとなる

今日のあなたはどうだったのか
今日の私も奇跡のように
いつもの私だった
そうだ奇跡だ

そして祈りが始まると
静かに手を合わせる人々がいる
私は黙って歩みを進ませ
喜びにあふれるのだ


     十

一輪の花がある
それを私は胸にさす
それはあなたが私に贈ってくれたもの
花は大きな花びらを開いたまま

春がやってきて 野原一面に花を咲かす
それを手折って花輪をつくる
誰に贈るものかはわからない
誰のものでもない喜び

清らかな雪解けの流れだ
私の心を流れている水は
誰が手に汲んで飲むのかわからない
誰のものでもないうるおい

静かに手を合わすと
聞こえてくる静かな音色
それは少年の日の歌でもない
それは遠い日の子守歌





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