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胸の小鳥

2021年11月05日 11時21分41秒 | ちゅうたしげる詩集
                                        ”
 胸の小鳥が騒ぐので、おれは夢の林に入って行った。

 道端にはきのこが腐れ果てていた。木は褐色の葉をぱらぱらと振り落とす。獣の糞が石の上に落ちている。胸の小鳥はおれの喉を突き破って林の奥に飛び立った。

 谷の流れが聞こえる。苔むした大木がひっそりと立っている。その木に蔦が空に向かって絡まっている。その蔦の葉に黒い虫がうごめいていた。
 こんな処にシンデラ姫はいないだろう。七人の小人の家もないだろう。もちろんおれは魔女でも王子でもない。童話の世界はいつもハッピーエンド。
 この道はパッピーエンドに終わらない。終わりのない終わり。

 その昔、おれが南国の街で革命運動の活動に没頭して、あたら若い日々をむやみに浪費していた頃、この森の向こうの空は晴れ上がって汚されることのない清浄な空気が村を包んでいた。村人は秋の取り入れに忙しく働いて、この森に入る者は誰もいなかった。きのこは生えるだけ生えたら、ひとりでに気象の変化とともに朽ちていった。獣たちは森の豊かさに守られて幸福に棲息していた。夜明とともに木々のこずえから小鳥がかまびすしく鳴き、森に反響させた。

 一羽の小鳥がおれの胸に棲み着いたのはいつごろだったろうか。おれは小鳥を抱いたまま街を捨て、村に舞い戻った。それから、おれは日課のようにこの森を散策して、胸の小鳥を解き放つのだった。だが夜になったらいつの間にかその小鳥は暗い森を抜けだしてねぐらを求めておれの胸に帰ってくる。おれは二十代のほとんどの日々をそうして過ごしたのだ。

 ある春先の雪の日。大輪の花のような重い雪が森に降りそそいだ。寒い冬に耐えて木々は凍結していたままだった。森の奥から張り裂けるような音を発して雪の重さに耐えかねた木の幹が折れていった。雪崩のように折れた木は次の木の上に倒れかかり、次々と森は爆音とともに崩れていった。無残に折れた切り口からきつい芳香が流れた。

 その日の夜、胸の小鳥はおれのもとを去ったまま戻ってこなかった。おれは独り夜が明けるまで小鳥の帰りを待った。しかし小鳥は戻ってこなかった。

 それから季節はめぐりおれは鳥のことをいつの間にか忘れ去っていた。結婚して子どもも産まれ、おれは毎日仕事に出て、そして夜は家族とともに幸せな団欒を過ごした。森に入ることもなかった。おれは気がついたら三十才を越えていた。

 ある日、頭痛がするのを覚えた。きりきりと痛む。おれは頭の手術をすることになった。頭蓋骨を切り取って脳を調べたのだ。
 切り取った頭のなかから出てきたものを医者は手にとって見せた。

 それは朽ち果てた鳥の死骸だった。







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