大阪アジアン映画祭 (3月5日~13日)で上映されるインド映画、『カイト』の字幕翻訳が一応終わりました。まだまだこれから、「仮ミックス」と呼ばれる字幕を仮に映像とドッキングさせたものが出てきて、それをチェックする作業が残っているのですが、ちょっと一段落、というところです。
仮ミックスは、私だけでなく字幕制作会社の担当さんも同時にチェックして、いっぱいダメ出しをしてくれます。そのダメ出したるや、毎回うならされるプロの味。年に2、3本しか字幕をやらない私などと違って、いかにすればわかりやすく見やすい字幕になるか、という基本が体にしみこんでいる担当さんたちは、こちらの未熟な字幕をビシバシ直してくれるのです。字幕翻訳者のクレジットは、これらの担当さんたちと連名にしてもいいのでは、と常々思っている私です。
『カイト』のセリフは、英語・ヒンディー語・スペイン語が入り乱れていて、その字幕処理に窮しました。どうなっているかは、ご覧になってみてのお楽しみ。でも、言葉が通じないという設定のせいもあって、恋人たちは言葉を交わさず見つめ合うシーンが多かったり、また、大規模なアクションなどセリフのないシーンも多かったので、インド映画としては字幕の数はとても少なくてすみました。
これがシャー・ルク・カーン主演作となると、こうはいきません(笑)。映画の長さで違ってきますが、字幕数はコンスタントに2000を超え、2800を超えた時もありました。「あ、今度の映画は2500行かなかった。ラッキー!」てなもので、それでも2400とかになると、パソコンに打ち込むだけでも重労働です。1行10字でもいいんですが、それを2400行打ち込むのを想像してみて下さい。げんなりするでしょ? 観客の皆さんも、2400回現れるセリフを読むのは大変ですよね。でも、シャー・ルクのあのマシンガン・トークだとそうなってしまうんですよー。
おっと、シャー・ルクではなくて、リティク・ローシャンのことを書こうと思っていたのでした。リティクは、DVD化されている『アルターフ 復讐の名のもとに』 (2000)や『家族の四季 -愛すれど遠く離れて-』 (2001)、また、2009年の東京国際映画祭で上映された『チャンスをつかめ!』 (2009)等で、日本でも結構お馴染みの男優です。彼は特にダンスがうまく、『家族の四季』の後半で見せた数々の超絶ダンスは、今でも目に焼き付いています。
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そのリティクですが、最近ぐっと演技力を付けてきた感があります。特に昨年は、『カイト』と『願い』(原題:Guzaarish グザーリシュ)で素晴らしい演技を見せてくれました。首から下が不随となった青年が安楽死を願う、という『願い』の方についてはいつかまた書くことにして、『カイト』でもその演技力はいかんなく発揮されています。これまでは、どちらかというとボリウッド映画的お約束表情が多かったリティクですが、『カイト』では実に豊かな感情表現を、その表情によって見せてくれるのです。
さらに、相手役のメキシコ人女優バーバラ・モリも大健闘。美人&ナイスバディなだけではなく、演技もしっかりしていてこれまた魅力的です。映画祭の公式サイトに「日本人の血も引きメキシコで活躍する女優」とあったのでWikiで調べてみたら、父親が日系ウルグアイ人で、父方の祖父が日本人とか。してみると、「バーバラ森」さん(!)なのでしょうか。母親はメキシコ人で、すでに両親は離婚しているそうですが、姉も女優として活躍中。また、兄弟も1人いて、キンタロー・モリという名前だそうです。森金太郎さんですね~。何だか、親しみがわいてきてしまいます。
『カイト』の監督アヌラーグ・バスは、これまでもピリッとしたエンタメ小品、という感じの映画を撮ってきた人です。注目されたのは『殺人』 (2004/原題:Murder)からで、バンコクを舞台にしたこのセクシー・サスペンス映画は、男優イムラーン・ハーシュミーをスターダムに押し上げたほか、追随作品を多く生みました。その後、韓国ロケを敢行した『ギャングスター』 (2006/原題:Gangster)もヒット、イムラーン・ハーシュミーのほか、男優シャーイニー・アーフージャー、女優カングナー・ラーナーウトというスターを誕生させました。
アヌラーグ・バス監督はカングナー・ラーナーウトがお気に入りのようで、続く『大都会の生活』 (2007/原題:Life in a Metro)でも主演者の1人として起用、『カイト』でもリティク演じるJ(ジェイ)の偽りの恋人役を演じさせています。彼女も雰囲気にある人なので、もっと出番があってもよかったのでは、という感じです。
そうそう、『カイト』をご覧になる時注目して、というか、注耳していただきたいのが、リティクの歌声。「Kites in the Sky」という歌を、とてもいい声で歌っています。確か、プレイバック・シンガーとしてはこれがデビューのはず。そのシーンのMVがあったので、一足、いや一耳お先にどうぞ。
なお、「Love」を「Luv」と書くのもアメリカ式というか、ネットの影響のようです。SMSなどで短い文を送る時は、もう英語の規則なども無視して、「i luv u」(「I love you」のこと)と書いたりするみたいですね。 それから、ソーナム・カプールが演じるヒロインの名前はシムラン。シムランには恋人がいて、その名はラージと言います....と聞けば、インド映画ファン歴の長い方はピーンと来るはず。そうなんです、『シャー・ルク・カーンのDDLJ ラブゲット大作戦』 (1995)(もう、この名前イヤ! 以下『DDLJ』で)の主人公たちの名前そのままなんですね。 『I Hate Luv Storys』は公式サイトのストーリーからもわかるように、映画のスタッフとして働くジェイとシムランの物語なので、一種の映画界バックステージものと言えます。そのためもあって、『I Hate Luv Storys』の製作会社であるダルマ・プロダクションの作品『たとえ明日が来なくても』 (2003)を始め、これまでインド映画史に残るラブ・ストーリー映画がいっぱい引用されているのです。ダルマ・プロダクションは、『何かが起きてる』 (1998)などの監督カラン・ジョーハルの父、ヤシュ・ジョーハルが設立した会社なんですね。ここは最大手のヤシュ・ラージ・フィルムズとも密接な関係があり、カランが裏方をしながら『DDLJ』に出演もしたのは有名な話です。 この両社の作品のほか、『心が望んでる』 (2001/原題:Dil Chahta Hai)など、もういちいち憶えていられないぐらいたくさんの映画が引用されています。時にはBGMでなつかしい曲が流れ、時には劇中劇でパロられ、時にはセリフの中に入れ込まれて....という具合に、ジェイとシムランのラブストーリーなどそっちのけになってしまいそうなぐらい、出てくるんですねー。 実はパロディ的な引用だけでなく、冒頭には『DDLJ』のシャー・ルクとカージョル、『心が望んでる』のアーミル・カーンとプリティ・ジンター、『僕と君』 (2004/原題:Hum Tum)のサイフ・アリー・カーンとラーニー・ムケルジーが、一瞬ですが出演します。あの芥子菜畑も出てきます! 映画祭でご覧になる方は、絶対に遅刻しないようにして下さいね。 余談ですが、劇中劇でヒーロー役をしている男優(シャー・ルク・カーンのパチもん、という役どころですね)は、品川庄司の庄司智春に顔がソックリ! だからこの映画が選ばれた--って、んなことないよね、吉本興業さん。
一方、沖縄国際映画祭で上映される『I Hate Luv Storys』ですが。こちらもイムラーン・カーン演じる主人公の名前は「ジェイ」なんですね。インド人の名前だと「ジャイ」が一般的なので、劇中でも「ジェイです」「え、ジャイ?」と言われたりする場面があります。「Jay」の頭文字の「J」を取ったのか、それとも英語風に読ませたのか。アメリカ人は「Ajay(アジャイ)」を「エイジェイ」と読んだりするそうなので、そのうち「ジェイ」も市民権を得るかも知れません。