さてさて最後の日は、荷造りをほとんど終えた上で、割と近所の映画館メトロへ。夜中の1時40分という便なので、ホテルも1日分取っていて、映画を見たあとはあわてて戻り、シャワーを浴びて部屋で夕飯を食べて空港へ、という心づもりです。映画館メトロは、以前そこの近くのホテル、というか、映画館リバティの並びにあるホテル、ウェストエンドによく泊まっていたため、映画館メトロまで徒歩5分ということから、よく足を運びました。レジデンシーになってからは、結構かかるのでタクシーを使ったりしていたのですが、昨年は「歩いて帰れるかも」と試しに歩いたら、途中でメニエル病の発作を起こしてしまい、道ばたの鉄柱にしばらくしがみついて目まいが治まるのを待っていた、という苦い思い出があります。ところが今回、レジデンシーのあるDN(ダーダーバーイー・ナゥオーロジー)ロードとメトロのあるMG(マハートマー・ガーンディー)ロード(午後から夜には屋台の衣料品店がわちゃっと集まって出店し、壮観な風景が出来する)の間にあるクリケット・グラウンドの真ん中に、道があるのを見つけました。通り抜けのためだけにできた細い道で、クリケットの試合を見に来る野次馬がたむろしたり、通勤通学に使う人がタッタッタと歩いていく道があったのです。それを使うと、おお、時間短縮で20分あれば余裕で着きます。ということから、最後の日に2本見ることにしたのでした。
1本目は、『Tera Kya Hoga Lovely(テーラー・キャー・ホーガー・ラブリー/お前はどうなるんだろうな、ラブリー)』というコメディです。このセリフ、『炎』(1975)を見た人なら絶対憶えていると思うんですが、村から食料を略奪してくるのに失敗した盗賊3人が首領ガッバル・シンにいたぶられる場面で、その中の兄貴分格カーリヤーがガッバルに言われる言葉なんですね。というわけで、ちょっとはイケてるコメディかも、と思って見たのですが、全然ダメでした(シクシク)。お話は、ラブリーという聡明な娘(イリアナ・デクルーズ)がいて、大学院で人類学を学んでいるのですが、色が黒いばっかりにお見合いで断られ続け、たまに承知した相手からは莫大な持参財・持参金を要求されてしまう、さて、このラブリーの結婚、一体どうなるのやら、というのが基本となるストーリーです。
両親は多大な持参財を要求した相手の言うことを聞き、トラック一杯の電気製品やら家具やらを相手に届けようとしていたところ、何とそれを相手から派遣されたトラックを装う泥棒に盗まれてしまいます。その事件の捜査に来たのが、町の警察署の警部ソームビール(ランディープ・フーダー)で、実は以前、ラブリーの見合い相手になった人物。ラブリーの見合写真が色白に修正してあったのを母親が怒り、彼自身もむかついて、見合いの場まで来ていながら縁談を断った、という因縁のある男でした。でも、持参材強奪捜査を担当するうちに、ソームビール警部はだんだん、ラブリーのことが憎からず思えてきます...。
一番のウリは、色白のイリアナ・デクルーズが焦げ茶のドーランを全身に塗って色黒娘に扮するところなんですが、そのお化粧がいまひとつなうえ、イリアナ・デクルーズがもう大根もいいとこで、魅力も演技力も限りなくゼロに近い出演ぶり。相手のランディープ・フーダーも、いつもはいい演技を見せてくれる人なんですが、つられてかいいところがまったくありません。小さな、95人の席しかないスクリーンでしたが、私を入れて観客はたった3人。この閑古鳥ぶりはまあ、仕方がない出来ですね。予告編はこちらです。
Tera Kya Hoga Lovely | Official Trailer | Randeep Hooda, Ileana D’cruz | Releasing on 8th March 2024
ただ一人だけ、ランディープ・フーダーの部下である女性警官役の人がなかなか達者で、コメディエンヌぶりも板についていたため、あとで調べてみると、何とNetflixで見られる『ソーニー』(2018)の主演女優ギーティカー・ヴィディヤー・オーフランでした。『ソーニー』のようなシリアスなドラマに向く大人しい顔、と思っていたら、過剰な化粧にバングルじゃらじゃらの田舎くさい女性警官を巧みに演じていて、結構笑わせてくれました。この人、一昨年の東京国際映画祭で上映されたアマン・サチデーウ監督作『アヘン』(2022)でも、食べ物の宅配業に雇われたものの、豚肉製品の入ったバーガーを届ける仕事が来て悶々とするムスリム女性を演じ、やっぱり演技がうまかった覚えがあります。顔が地味なので損していますが、もっと有名になってもよさそうな感じです。頑張れ、ギーティカー!(下写真右。左はランディープ・フーダー)
あと、もう1本見たのは、現在公開中の映画の中で、『Shaitaan(悪魔)』が出てくるまでは唯一のヒット作品だった『Article 370(憲法第370条)』です。すでに一度チェンナイで見ているのですが、以前の記事にもチラと書いたように、映画の感触が「出来はいいんだけど、内容は危険なのでは?」となったことから、それを確認するためにもう一度見てみたかったのでした。
「憲法第370条」は、パキスタンとの関係下で微妙な立場にあるカシミール州の自治権を認めたものです。詳しくはこちらの記事を読んでいただきたいのですが、2019年の総選挙の前にそれを廃止しようとする動きがモーディー政権と与党インド人民党(BJP)から出て、総選挙での勝利を背景に、結局「憲法第370条」は廃止されたのでした。こうしてカシミール州の自治権は奪われ、他州と同じくどころか中央政権の直轄下に置かれる存在となったのですが、本作の中ではパキスタンのテロリストと繋がるカシミール州を叩いた英雄的行為、という風に描かれていました。そしてモーディー首相はまさに英雄扱いで、チェンナイの映画館で見た時は人々が劇中のモーディー首相を讃える感じで騒いだりし、かなり驚きました。観客の中にはムスリムの人も目立ったのですが、ヒンディー語話者のヒンドゥー教徒が騒いでいたのでしょうか。
この首相役は「モーディー」とは名乗らせておらず、そのあたりは巧妙だな、と思うのですが、何と、演じていたのがアルン・ゴーヴィルなのです。そう言ってわかる日本人はおそらくいないと思いますが、1987-88年のテレビドラマ「ラーマーヤン」でラーマを演じた男優です。この37年前のドラマでは、ラーマが登場するシーンになると人々がテレビの前でお灯明を上げ、花をまき散らした、と言われていますし、アルン・ゴーヴィル自身も「ラーマ様と同一視されるので、人前ではタバコも吸えなかった」と語っていましたっけ。モーディー首相を演じる人は、インドでは特に決まっておらず、中国映画で一時よくあったそっくりさん俳優起用(毛沢東役は古月、とか)のようなことはありません。しかし、今回の配役は、その裏に深謀遠慮がある感じがしてなりません。
本作のストーリーは、その第370条が議会で廃止決定されるまでを描いたもので、物語は2016年から始まります。カシミールで、あるテロリストの行方を追っていたNIA(国立捜査諜報機関)のズーニー・ハクサル(ヤーミー・ゴウタム)は、捜査の末そのテロリストの居場所を特定するのですが、さらなる事件に発展する恐れを感じた上司からはストップがかけられます。納得できないズーニーは同僚の助けを借りて居場所を襲撃、彼を射殺するのですが、命令違反として首都勤務に左遷されてしまいます。ところがズーニーが首都にいた2019年2月14日、プルワーマーで、カシミールのジャンムーからスリナガルに向かい移動しつつあった、中央警察予備隊の大規模な車列が自爆テロに襲われて、40人の隊員が死亡する、という事件が起きます。その中には、ズーニーと一緒にテロリストを殲滅した仲間もいました。
2019年2月26日、インド政府はパキスタン領内のバーラーコートを報復爆撃しますが、これは48年ぶりのパキスタン領内への攻撃でした。その後、BJP政権はさらに紛争が顕著になりそうなカシミール州について、州独自の憲法と言える第370条を廃止することを考え始めます。首相と内相の意を受けた政務次官ラージェーシュワリ・スワーミナータン(プリヤーマニ)は、ズーニーに注目し、この決定の裏付けとなる昔の書類を探すよう依頼します。ズーニーと同僚はある図書館でそれを発見、テロリストたちの襲撃にも遭いながら、ラージェーシュワリーのもとへ届けます。そして第370条廃止法案が作成され、8月5日、首相は大統領の署名をもらい、内務大臣が議会にはかります。こうして8月9日にカシミール州再編法が議会を通過、成立したのでした。
以上が大雑把なストーリーですが、ここで予告編を見ていただきましょう。なお、もっと詳しい解説がアルカカットさんの「Filmsagar」にアップされていますので、こちらも見てみて下さいね。
Article 370 | Official Trailer | Yami Gautam, Priya Mani | 23rd Feb 2024 | Jio Studios | B62 Studios
これからもおわかりになるように、サスペンス・アクション映画としてはとてもよくできた作品です。監督はアーディティヤ・スハース・ジャンバーレーという人で、長編はこれが初めてのようですが、短編では受賞もしたりしている監督です。そして、監督以上に注目されるのが、プロデューサーであり、脚本執筆にも加わっているアーディティヤ・ダルという人物です。アーディティヤ・ダルは、日本でもソフト発売されている『URI サージカル・ストライク』(2019)の監督で、この映画で女優としてブレイクしたヤーミー・ゴウタムと2021年に結婚しています。『URI』の中でのヤーミーの役は、主人公を演じたヴィッキー・コウシャルの認知症の母の介護人、その実は政府諜報機関のエージェント、という、今回の役柄ともちょっと被る役でした。2009年にカンナダ語映画でデビューし、初のヒンディー語映画『ドナーはヴィッキー』(2012)で注目を浴びることになったヤーミーは、その後も”きれいどころ”的存在の役柄がほとんどだったのですが、『URI』では強い女性の役がぴったりハマり、今回そのイメージをさらに強固にした、という感じです。
そこで、『URI』と本作『Article 370』がどうしても二重写しになるのですが、何か臭うなあ、と思っていたら、前にも書いたようにジャーナリストのナンディニー・ラームナートが書いた『Article 370』の映画評で、なるほど、総選挙で現在のBJP政権に勝たせるために、政権賞賛映画を作る、という作戦の第2ラウンドだったのか、とわかった次第です。作品自体の出来がいいことがかえって「困ったちゃん」で、この日も結構席が埋まっていました。今チェックしてみると、興収は10億ルピー(18億円)を突破、「100カロール・クラブ入り」を果たしました。総選挙はこれからですが、BJPが勝つと今後もこういう傾向は続くかも知れません。ボリウッド、ますます危うくなりそうです。
さらにオマケですが、鉄の女的イメージの政務次官ラージェーシュワリ・スワーミナータン役のプリヤーマニは、何と、テルグ語映画『ヤマドンガ』(2007)でいじめ抜かれていたヒロイン、マヒを演じていた女優でした(「熱風!南インド映画の世界」のスチールには、こんな寝てる顔しかない...)。すっかり貫禄がついて、最初は全然わからず、2度目に見てやっと気がつきました。今後、こういう「強い女」の役柄が増えるかも知れません。
さて、最後にちょこっとだけご紹介したいのが、こちらは興収ではボロ負けの『Crakk - Jeetegaa ... Toh Jiyegaa(クラック――勝てば...生き延びる)』。主演はマッチョなアクションスター、ヴィドゥユト・ジャームワール。そして、その敵役としてアルジュン・ラームパール、他には女優のノーラ・ファテー、エイミー・ジャクソンが出演していますが、アクションができる女優として起用されたようで、ストーリー自体にはあまり深くからみません。監督は、以前ヴィドゥユト・ジャームワールの『Commando 3』(2019)も監督したアーディティヤ・ダット。著名な作詞家「アーナンド・バクシーの孫」がウリの監督で、2005年にデビューしてからすでに6本撮っています。最初に、予告編をご覧いただきましょう。
Crakk - Jeetegaa Toh Jiyegaa | Official Trailer | Vidyut Jammwal, Arjun R, Nora F | Aditya D | Amy J
前半は、主人公シッドゥ(ヴィドゥユト・ジャームワール)と4年前に亡くなった兄二ハール(アンキト・モーハン)との様々なシーンが描かれます。兄ニハールは、生命を危険にさらすゲーム「マィダーン(戦いの場)」に参画し、最後の対戦相手デーウ(アルジュン・ラームパール)との対決に敗れ、命を落としたのでした。その最後の対決とは、飛行機から投げ出されたバイクを追って空中に飛び出て、バイクに手がかかれば背中のパラシュートが開く、というもの。デーウは見事バイクに手をかけますが、二ハールは失敗し、亡くなったのでした。シッドゥはリベンジとばかり自分も「マィダーン」への参加資格を得、世界中から集まった50人ほどの挑戦者と共に次々と難関を突破していきますが、そんな中で耳に入ったのは、兄の死は仕組まれたものだった、という噂でした...。
前半は退屈で、一瞬寝落ちもしてしまったのですが、後半に入り、命がけのゲーム「マィダーン」が始まると、これはもう手に汗握る戦いぶりで、まさに殺人ゲームと化していく様には唖然としました。何頭もの犬をけしかけるゲームがあるかと思えば、失敗すれば銃を持った人間に殺されていく殺人ゲームもあり、まるで、今村翔吾の「イクサガミ」を実写で見ているみたいでした。映画評はおしなべてけちょんけちょんで、「イカゲームのチープで愚かなヴァージョン」という評もありましたが、それなりにお金をかけて外国ロケも敢行し、ゲームの装置もよく考えられていて(でも、何かのゲームからのパクりかも知れない)、このアイディアへの凝り方を別方面に生かせば見応えのあるアクション映画になったかも、という感じです。とは言え本作品はやはりゲームオタクにしかウケなかったようで、製作費4億5千万ルピーで興収は1億7千万ルピーと、惨憺たる興行成績でした。
とまあ、こんな作品しか見られなかったムンバイ滞在第2回目、今度からは時期を変えて来るかなー、とは言え、もうそうそう何度も来られないかなー、とか思いながらムンバイを離れたのでした。