分析するスタイル

2016年09月22日 | ■病気に関すること■

寝ても覚めても自分を分析している。
ここ長いこと情緒不安定が続いている。
原因は自分の病気のせいからくる
なんの理由もない情緒不安と
その他くだらないこと。

医者のアドバイスを思い出して
無理なものからはきっぱり遠ざかる。
それは逃げていることだとしても
構わない。
まっすぐ問題を受け止めてしまう
自分は器用な避け方も出来ないし
今の自分に何か良い方法など?
浮かぶわけもない。

追求していくスタイルを
また一つ増やした。

自分と自分が、会話をしていく。
一方はカウンセラー
みたいなやつの設定で
聞くに徹して、ひたすら質問していく。
いつもの自分自身が、その質問に
答えていく。

カウンセラーみたいなやつは
あたしの言いたいけど言葉にするのが
難しいことが何かを感じとろうとしたり、
心を探ろうとしたり、それって
こうじゃない?って、理論的に内容を
まとめていく。

おかげで、あたしはだいぶクリアになってくる。

カウンセラーみたいなやつは
一つ一つ思い出させていこうとする。
それに従っていくと思い出す内容によって
動悸がしてきたり息苦しくなっていく
ものもある。

あたしはその時に自分のその状態を
じっと観察する。

このことを思い出すことがなぜ動悸
に繋がるんだろうか?と考える。

そこですごく冷静になれる方法は
引くことだ。

引いて、見る。

思い出しているシーンが自分の目線
だったら、そこからずっと引き
天から見る。そういう風に目の前で
見ている自分の視野を広げて
自分を遠くから周りとセットで見ると
世界観が自分中心じゃなくなって
自分のいる場所で自分に何かが起きていて
しかし周りにもいつもの日常が流れている
ことがわかる。
自分の居場所だけで大事件が起きてるの
ではないことが、そこで初めて認識される。

自分の味方になるものが
視野に入ってくるまで視野を広げる。

そこからまた質問が繰り返される。
その時どう思った?
思い出すのが何故嫌なのか?
何を避けたがっているのか?
いろいろ。

原因をいくら探ろうとしても
全然わからない。
だから原因探しは諦める。
そして不快に思うことに対して
いったい何が不快なのかを考える。

本当にそこまで思うほどのことかな?

脳は思い込みや受け止め方一つ
理性的ではないものだ。
脳が間違い感違いすることは多い。
脳のフィルターかかっているかも
しれない。

自分が思っていることが
本当にそうなのか?


問う必要があり続ける。

こう言う風に考えていくと
冷静にしかも核心にせまっていける。
気分が暗くなりすぎることもない。

脳が感違いするのなら
逆手にとって、良いものをインプット
させていかなくてはと思う。
もちろん冷静なことが一番良いのだが。

本で見たが
人の脳は理性的な部分がサボリ魔で
直感的な根拠のない部分がかなり
働くらしいが、
(あくまでも、そうらしいという話)
その根拠のないやつってのが原始時代に
ちゃんと根拠のあった部分らしい。
原始時代には適応するが、現代には
ちぐはぐになってしまうってことらしい。

なるほど普段からものを理論的に
考えていけたら、とても良い効果
があるだろう。

ニュースとかと同じで
信じるに値する根拠が大事なのだろう。
自分の考えが思い込みかもしれない
可能性は十分すぎるほどある。
何故なら色々な角度から検証しては
いないものだからだ。
そのソースは?
思い込み脳かも。

怖いニュースを見て
犯人と出くわしたらどうしようと思う前に、
でくわす確率を考えるのも手だ。
意外なことの確率が結構低かったり
高かったりするから。

そんなことを考えていながらも
心は病気している、
これはどういうことだ。

心じゃなく脳かもしれない。
心が傷つくは比喩なのかも。
心を図に表すというのも手だろう。
把握できない曖昧なものだから
自分がどういうタイプかなどを
分析している方が良い気がするが

不思議なことは幾らでもあるし
全てが理論的に片付くわけではないから

あくまでも一つの手段に過ぎない。
でも無いよりはマシなもの。

あたしは分析を続けよう。