そこで、東京工業大学(東工大)学長の益先生の講演を聴く事ができました。
衰退してから久しい日本の半導体産業の将来についての講演でした。
その中で興味深い話がありました。
一つは大学入試の成績と卒業時の成績には相関がないという話でした。
つまり、入試で好成績だったとしても必ずしも優秀ではないということです。
そうなってくると何のために受験勉強をしているのかということになりかねません。
ガリ勉をして成績を上げても付け焼き刃でしかないということになるでしょうか。
益学長は高専出身でした。
高校の普通科では2、3年の時に多くの人が大学受験の勉強に明け暮れています。
高専では高校の2、3年に相当する時に専門の勉強ができ、これが「学校としての本来のあるべき姿」と言われていました。
私は変人で中学3年の時にもう受験勉強したくなくなりました。
そこで高卒よりは条件良く就職出来、専門知識を身につけられる高専を受験する事にしました。
落ちたら工業高校を受験するつもりでいましたが運良く高専に入学出来ました。
その後、父の助言もあり地元の国立大学に編入学する事ができました。
普通の人が経験する「大学受験」を経験せずに国立大学を卒業しました。
周りの人には「裏街道を通って来た」と説明しています。
色々なことが有りましたがこの選択は間違っていなかったと思っています。
益先生の見解は若い時の自分の選択を肯定してもらったようで嬉しくなりました。
高専出身者の弱点は英語と数学です。
この点については受験勉強はそれなりに効果があります。
ただ、受験勉強は受け身のもので、与えられたテーマに関して自分で考えて取り組む、あるいは与えられなくても自分でテーマを決めて何かを始めるという能力は身につきません。
受験して1年から入学してきた3年生では出来ないけれど編入学して来た高専出身者は同じ年齢でもそれが出来ると話されていました。
入学したての1年生に夢を語らせてもすぐに出てくる人は少ないそうです。
大学に入ることが目標になっているからだからということです。
だからと言って高校ー大学進学を否定する訳ではなく「多様性が必要」というお話でした。
(高専出身者は専門馬鹿になりがちで視野が狭いという話があります。)
でも、最も多感な時期に受験勉強に明け暮れるのはもったいないと私は思います。
昨年の大学進学率は56.6%で過去最高だったそうです。
それだけ多くの人が受験勉強をしているということです。
新社会人の指示待ち族が増えている原因の一つかもしれません。
もう一つは何か新しい事を始めようとしたときの批判に関する話です。
「そんな事は失敗するからやる必要が無い」という批判が多いと言う話でした。
出来ないという批判は誰にでも出来る事で、「出来ない」という批判をするのであれば「こうすればできる」という意見を示さなければ批判する資格がないと言われていました。
「出来るかどうかわからないから挑戦する」これが出来なければ新しいものは生み出せないという話です。
結論を出さずに批評しかしない評論家はいらないということです。
最後は大学教育の話です。
「学生のあるべき姿とは何か」という話でした。
とかく「学生はこうあるべき」と教員などの大人が学生に押し付けをしているのがよくないという御意見でした。
学生自身が「自分で考えて将来のあるべき姿を思い描けるように指導していくことが大切」と言われていました。
東工大ではそのような取り組みを行っているそうです。
一昨日は色々とためになる話をたくさん聴くことが出来、本来の題目と違った面で充実した研究会でした。